第10話 書斎の秘密
エマとともにクロフォード家に着くと、彼女はまず出迎えた執事に事情を説明した。それを聞いた執事は、慌てた様子でアルベルトのところへと駆けて行く。やはり突然のことに連絡体制が混乱しているのだろう。アルベルトに魔王軍襲撃の情報は伝わっていなかったようだ。
一つ目の仕事を無事に終え、とりあえず安堵を浮かべたエマは、今度はそのままある書斎へと俺を案内する。
「ここは昔、お祖父ちゃんが使っていた書斎なんだよ。」
エマはそう言いながら、部屋のドアを開けて中に入る。促されるまま中に入った俺は、ぐるりと部屋を見渡した。窓際に大きな執務用の机が腰を据え、中央には来客用のソファが置かれており、その周りを囲むようにたくさんの書籍が詰まった本棚が並んでいる。
「確か……この辺りに……」
俺が部屋の装いに感心している間に、エマは本棚の前に急いで向かうと何やら探し物を始めた。その様子を見て俺が何を探しているのかと尋ねると、エマは作業を続けながら説明する。
「昔ね……お祖父ちゃんから聞いた秘密の話があるの。その話をしてくれたのは私が5歳くらいの時だから、お祖父ちゃんがちょうど認知症になる前くらいかな?あの時、お祖父ちゃんは、もし何かあった時にはそのことを誰かに話しなさいって言ってた。いつもは優しい顔してるのに、その時はとても真面目な顔をしてて、少し怖かったからよく覚えてる。あ!これだ!」
そこまで話したところで、エマは目的のものを見つけたようだ。それは少し高いところに位置しており、背伸びをしてギリギリ届く距離。背伸びをしながら手を伸ばす彼女の後ろ姿……いや、見え隠れするウエストに見惚れてしまう。そんな俺に気づいていないエマが、やっと手が届いた書籍の一つをゆっくりと押し込むと、ガゴンッと何かが外れる音がした。かと思えば、その本棚がゆっくりと壁側に引き込まれ、そのまま横にスライドしていく。その様子を驚きながら見ていると、姿を現した小さなスペースに古ぼけたクローゼットが一つだけ静かに佇んでいる。
「お祖父ちゃん、若い頃はすんごく強くてカッコよかったんだって。もちろん、魔王軍なんて1人で蹴散らしちゃうぐらいに。お父さんからも"剛剣のダビド"についてはよく聞かされてたもん。」
再び話し始めたエマが、そのクローゼットの前に立った。だが、俺はというと1人で魔王軍を蹴散らすとか、どんだけ強かったんだと自分自身に恐怖を感じている。しかも、"剛剣"というかなり恥ずかしい二つ名を聞かされて、頭の中は大混乱だ。
「私も詳しくは知らないけど、お祖父ちゃんがなった"大将校"って帝国軍のトップ中のトップなんだって。今は誰もその役職に就いてないのは、お祖父ちゃんくらい強くて人望が厚い優秀な人材がいないからだって、お父さんが言ってた。」
「そ……そんなことはないと思うがの……」
「ううん……やっぱり魔王がいた時代とは違って今の世の中は平和に近いから、お祖父ちゃんみたいな人材が生まれにくいんだろうってお父さんは言ってたもん。でも、そんなお祖父ちゃんも勇者さまが魔王を倒した時、その役職から退いたんだよね。」
ゆっくりと振り返り、エマは寂しそうにそう告げた。その表情からは、祖父の勇姿を一目見たかったエマの本心が漏れ出ている。
思うに、当時の俺は平和を揺るがす存在である"魔王"を倒すことに人生を賭けていたのではないだろうか。だから、その目標を達成した時、大舞台から退くことを決意したのだろう。それは次の世代にバトンを渡す意味もあったはずだが、戦乱から平和へと世の中の潮流は流れ、結果的に当時の俺が期待したとおりにはならなかったということか。
そんなことを考えていると、エマが真剣な眼差しで告げる。その拍子に、双丘が大きく揺れた。
「でも、お祖父ちゃんは戻ってきてくれた。正直、みんなもう無理だと思っていたんだよ。けど、お祖父ちゃんは私たちの想像なんか乗り越えて、認知症に打ち勝っちゃった。だからこそ私思うんだ。今この街のピンチを救えるのは、やっぱりお祖父ちゃんしかいない!たぶん、この秘密もこの時のために残していたものだったんだよ!」
それは些か大袈裟ではないかと感じたが、エマが本気で言っていることはわかる。そこに水を刺すようなことはしない方がいいだろう。
「じゃが、わしはその秘密とやらを覚えとらん。そのクローゼットには何があるんじゃろうか。それをまずは確認することが先決じゃないかえ?」
そうなのだ。俺がエマに伝えた秘密とはいえ、俺自身が覚えていないのだから、中を見るまでは何とも言えない訳で。エマは俺にピンチを救えというが、そもそもこの中にそれを実現できる"なにか"があるのかさえ、正直疑問であった。
「とりあえず、開けてみるね。」
エマのその言葉にこくりと頷く。それを見てエマも頷き返すと、クローゼットに向き直ってゴクリと喉を鳴らした。そして、意を決してクローゼットの取手に両手を添え、ゆっくりとその扉を開いていく。長年放置されていたためか、錆びた部品がギィギィと音を鳴らし、積もり積もった埃が巻き上がる。そうして、扉を開き切ったところでエマが小さく声を溢した。
「つ……え……?」
その言葉を聞き、俺も横からクローゼットの中を覗き込むと、そこには見窄らしい一本の杖が置かれていた。昔の俺の二つ名が剛剣というくらいだから、もしかしたら背丈をも超える大剣なんかがあるのかもと期待していたが、あったのは高齢者が愛用するような一本の杖だ。
それを見て言葉を失うエマ。双丘も些か元気を失ったように見える。
だが、それも仕方がないかもしれない。街のピンチを救って欲しくて俺を頼り、俺から聞いた秘密に縋ってここへやって来たというのに、まさか秘密の内容がこんな杖だとは想像すらしていなかっただろう。
エマにかける言葉が見つからないので、とりあえず落ち込む彼女の代わりにその杖を手に取ってみた。持った感触、手触りなど、どこをどう取ってもただの杖であることに間違いはない。通常の杖より太く長いみたいだが、それ以外は普通の杖。さすがにこれで魔王軍を倒すことは不可能である。
改めてエマへと目を向ける。彼女はまだショックから立ち直れておらず、その横顔からは悲しみが感じ取れた。それを見て、再び自分の無力さを悔しく思う。孫の笑顔一つ守れない老いた自分に……これでは双丘への信仰などままならないではないか。
そう思った時だった。
手に持っていた杖の一部に突然亀裂が入った。何事かと思いその亀裂に目を向けると、その隙間から光る何がちらりと見える。
(なんだ……?中に……金属?)
自分の目線まで持ち上げてよく見てみると、杖の中に金属が埋め込まれているようだ。折れないよう補強のために通されたものかと考えたが、それにしては金属の占める割合が大き過ぎることに疑問が浮かぶ。
(いったい何のために中に金属なんか……)
そう考えても、その答えは作った本人にしかわからないだろう。そのまま観察を続けていると、ふと杖を持つ手がほんのりと温かいことに気づく。それは俺の体温ではなく、確実に杖から感じ取れるものだ。温かくなる杖なんて見たことも聞いたことないのでさすがに驚いたが、それ以上に信じられないことが俺の体に起き始めた。
(なんだか……力が漲って……)
手を通して杖から何かが流れ込んでくる感覚。
それは勘違いでもなんでもなかった。その証拠にさっきまで動かすことにすら苦労していた足や膝、肩や肘がスムーズに動かせるようになっているし、ぼやけていた視界には今でははっきりとした世界が広がっている。
突然のことに動揺が走るが、それに追い討ちをかけるように、今度は頭の中にいくつかの記憶が流れ込んでくる。それは俺が現役を引退した後、愛用していた大剣を息子のアルベルトに引き継いだ当時のものだった。
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