第8話 獅子に睨まれたジジイ

たくさん叱られた後、エマが気に入った服を数着ほど購入して俺たちは店を後にする。横を歩くエマはまだ少し怒っているようで、「お祖父ちゃんはいつからそんなにエッチになったの!?」なんて小言が聞こえてきたが、世の中の男なんてみんなそんなもんだと心の中で小さく笑った。


そのまま少しばかり2人で散歩をすることになり、エマの案内で街をゆっくり歩いていると、その途中である建物が目に入った。



「あ!あれは冒険者ギルドね!覚えてる?」



建物をぼんやりと眺めていると、そんな俺に気づいたエマがそう教えてくれた。しかし、聞いたことはあるような気がするものの、よく覚えていない俺は頭を横に振る。そんな俺を見たエマは、仕方なさそうに冒険者ギルドについて説明してくれた。彼女は驚くこともなく俺の記憶の薄さに慣れてきたようだ。もはや俺の記憶力には期待していないのかもしれない。


エマの説明によると、ギルドには冒険者ギルドと傭兵ギルドがあるそうだ。冒険者ギルドは国に公認された組織で、各都市に必ず存在している。基本的な仕事は治安維持や様々な依頼をこなすこと。もちろん、中には魔物の討伐なども含まれんるだとか。その反面、傭兵ギルドは非公式の団体だそうで、非公式らしい仕事をこなしているらしい。

エマから簡単な説明を受けながら建物を見ていると、甲冑を纏う戦士のような巨漢や見るからに動きの素早そうな軽装の者、古くて年季の入ったローブをを着た初老の者など、数多くの冒険者たちが出入りしている様子が窺えた。そんな喧騒をぼんやりと眺めていると、ある人物が俺の目に止まった。


そう……彼女は一瞬で俺の瞳を奪ったのだ。


短パンにビキニ、そこに胸甲を纏った彼女。ムチムチで白い太もももよし。いい感じに割れた腹筋もよし。だが、1番いいのは、何よりも胸甲から見え隠れするビキニと、それが包んでいる双丘に他ならない。ビキニは少し小さめで、双丘が窮屈そうな装いで今にも溢れそうな……



「お祖父ちゃん!!今、変な事考えてるでしょ!」


「ほえ……!?」



突然、目の前にエマの怒った顔が現れた。俺はその事に驚いて言葉を失ってしまう。どうやら、エマには俺が今考えていた事が想像できたらしい。「いったいなぜ……」と疑問を浮かべていると、エマから「いかがわしい表情を浮かべていた。」と言われ、完全に自身の失態だと気付かされた。どうやら、服飾店の時と同じ顔をしていたようだ。

さっき慎重さが大切だと心に誓ったばかりなのにと反省しつつ、なんとかその場で平謝りして許してもらう事に成功した俺は、立ち去る前にエマの目をこっそり盗んで冒険者ギルドへ向けて合掌する。


ーーー後で一人で来よう。


そう祈りを捧げて、俺はその場を後にした。



いくつかのスポットを訪れた後、昼食を済ませた俺たちはクロフォード邸へ帰ることにした。その途中で、アルベルトたちが勤務する兵舎の横を通ることになったので、少しばかり覗いてみることにした。だが、中にいるのは男の騎士ばかりでまったく興味が湧かない。エマは騎士たちと仲良さげに話しているようで、その様子から彼女が慕われていることがよくわかった。歩兵騎士団の団長の娘という肩書きもそうだろうけれど、それよりもなによりも彼女の人柄によるところが大きいのだろう。


だが、俺の心はすでに帰りたい気持ちでいっぱいだった。こんな男だらけでむさ苦しいところ、さっさとおさらばして部屋でのんびり秘密の書籍を眺めたい。俺が今一番信仰すべきは胸板ではなく、双丘なのだから。

そんな気持ちに駆られていると、後ろから突然声を掛けられる。



「おい!お前たち、こんなところで何をしている!」



勇ましさの中に美しさと気品を兼ね備えた声色にとっさに振り返ると、銀色の髪を携えた美しい女性が立っていた。


ーーーその容姿たるや、なんたるか。


銀色に輝く髪は頭の後ろで一つにまとめ上げているが、逆にそれが凛々しさを醸し出している。瞳は翠色に輝いていて、その奥には何か信念を感じさせられるほど、まっすぐな眼差しをこちらへ向けている。

そんな彼女の迫力と美貌に言葉を失っていると、エマが彼女に声に気づいたようだ。



「あ!アリシアさん!」


「ん?なんだ……エマじゃないか。」



駆け寄ってきたエマを見ると、彼女は厳しかった表情を緩め笑顔を溢した。そんな彼女を見て、この人は笑った方が何倍も可愛いなとかまったく関係ないことを考えつつ、つい視線を胸元へと落としてしまう。

騎士団特有のサーコートを纏ってはいるが、そこからでもわかる豊かな双丘。今すぐにでもそのサーコートを脱いでいただき、しっかりと拝ませてもらいたい衝動に駆られるが、さっきエマに怒られたことを思い出してハッとする。



(慎重に……慎重にだ。エマの前では忘れたらならん。)



だが、どうやらエマには気づかれなかったようだ。俺がそんなことを考えているなんて彼女は梅雨知らず、アリシアと呼んだ女性と楽しげに話している。

ホッと胸を撫でおろした後、俺は2人の様子を静かに眺めていた。女神が2人でなんの会話をするのやら。その様子は絵画の如く美しく感じた。



「……!?では、あの御仁はまさか……?」



エマがどうやら何かを伝えたらしく、アリシアが驚いた表情でこちらをチラチラと見ていることに気づく。おおかた認知症だった祖父が、突然快復したとでも伝えたのだろう。そりゃあ、そんなことが起きれば誰だって驚かないわけがないのだから。

そんなことを考えながら、立ったままで腰をポンポンと叩いていると、突然アリシアが深刻な表情を浮かべてこちらへ向かってきたことに気づいた。その足取りはとても力強く、女性とは思わせない獅子のような迫力があった。彼女の振る舞いに改めて驚き、突然のことに腰を抜かしそうになりながらもなんとか耐え切って大きく息をつく。すると、アリシアは俺の目の前で仁王立ちし、睨みつけるようにこちらに視線を向けた。



(……え?なに……?俺……なんかした……?もしかしてさっき信仰しようとしたのがバレたとか!?ハッ!!服屋でエマにしたことを告げ口されたとか……!?)



無言のまま俺を見据えるアリシアに対して、いろいろな想像が頭を巡る。しかし、そのすべてに覚えがあるので、もはや言い訳は叶わないことは確かだった。表情は崩さずとも、心の中では獅子に睨まれた兎状態。こんな老ぼれが現役の騎士から逃れられる訳もない。万事休すとはまさにこのことである。

そう観念し、煮て食うなり焼いて食うなり好きにしてくれとばかりに首を垂れていると、思わぬ出来事が訪れた。



「ダ……ダビドさま……う……うぅ……よかった……本当に……よかった……」



突然、涙を流して大声で泣き崩れるアリシア。その声は兵舎の中に大きく響き渡る。そして、それに気づいた周りの騎士たちもこの状況を理解したかのように一人、また一人と俺を見て涙を流し始めたのだ。いったいどういうことなのかまったく理解できない。アルベルトの妻エリザもそうだったけど、そんなに泣いてくれるなんてありがたい話だが、こんな老ぼれが認知症から復活したことがそんなに嬉しいことなのだろうか。エマもこちらを見て嬉しそうに泣いているが……


すでに欷泣の波紋は兵舎内へと波及している。その中心にいる俺はどうしていいかわからずに、ただ立ち竦んでいることしかできなかった。

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