第7話 信仰には慎重さが必要です。

クロフォード家の邸宅には広い庭園がある。そこには赤や青や黄色や緑と、美しい様々な花々が咲き誇り、通る人にまるで語りかけるように風と戯れている。この花々はエマの母エリザが趣味で育てているものらしいが、植えられている範囲はかなり広い。手入れには相当手間がかかるはずだが、エリザはそのほとんどを毎日1人で手がけているらしい。


その事に驚愕しつつ、エマに手を引かれて庭園を抜け、家の門を出てそのまま少し歩くと、人が多く行き交う大きな通りへと出た。


ーーー花の次は人と店。


大小多くの店が軒を並べ、その前を多くの人々が行き交っている様子に今度は驚いてしまった。通りの中央を走り抜けていくたくさんの馬車を見ても、ここがこの街のメインの通りなのだと理解できた。


エマが言うには、本日向かうのはこの街1番の服飾店。エマの行きつけでもあり、俺も昔はよくついて行っていたらしいが、そんな孫との思い出をほとんど覚えていないことが少し残念で寂しかった。


歩いて店に向かう傍らで街の様子を窺う。暮らしぶりはか平和そのもので、近くで魔王軍が暴れているという話が嘘のようだった。人々は豊かに、そして生き生きと生活をしている。それが街の活気からよくわかった。

だが、この人たちの笑顔を失わない為に、我が息子であるアルベルトを含む帝国の騎士たちが防衛ラインを死守するために尽力しているのかと思うと、何とも居た堪れない気分になる。息子には絶対に死んでほしくない。家族揃って幸せに暮らす。そう、戦争なんて起きないことが1番なのである。



「お祖父ちゃん、どうしたの?そんな顔して……」


「……いや、なんでもないぞぃ。」



俺の雰囲気を察して、エマが心配そうに顔を覗き込む。彼女は相手の気持ちを察する能力が高いらしい。昨日から俺に対する態度を見てそう思い、改めて優しい娘だと嬉しくなる。確かに、こんなことをしていて良いのだろうかという気持ちに苛まれたのは事実だが、俺は88歳の高齢者。それはそれでこれはこれだと思うしかない。体も満足に動かせない老人が、魔王軍なんて相手にできるわけもないのだから。今はアルベルトたちを信じて任せよう。


そんなことを考えながら、俺は無意識に横で上下に揺れるエマの双丘を眺めていた。普通に歩いているだけなのに、よくもまぁそんなに揺れてくれるものだ。何てけしからん双丘さまであることか。しかし、これだから信仰を止めることはできないのだ。こんな迫力のある双丘さまは、なかなか出会うことはできない。ましてや、そこにあざとさを兼ね備えているのだからな。



「なんちゅ〜孫じゃ……」


「ん?お祖父ちゃん……?どうしたの?」


「……い……いや、なんでもないぞぃ。」



口からボソリと本音が溢れた。同時に視線を感じて疑問を投げかけてきたエマに対し、平然を装いながら内心で反省する。信仰にはもっと慎重さが必要だな、と。


そのまま2人で大通りを歩いていくと、目的の服飾屋に辿り着く。外観に派手さはなく、ショーウィンドウには流行りの服がいくつか飾られているだけで、そこまで高級感は感じない。だが、その先入観は店に入ればすぐに払拭された。 

赤、青、緑など色鮮やかに細かく装飾されたたくさんの洋服たちが、我こそはと主張してくる店内。そこはまるで、小さなファッションショーが開催されているようだ。しかも、それぞれには大小様々な宝石が備わっていて、まさに高級ブランド店の装いを醸し出している。



「お祖父ちゃん!今日は私の服を選んでよ!いつもみたいに!」



目を丸くして固まっていた俺に、エマは嬉しそうにそう告げる。俺はというと、その言葉にハッとしてすぐにこくりと頷き返す。すると、エマはさらに嬉しそうな笑みを浮かべて店の奥へと消えて行った。その後をゆっくりと追いながら、たくさんの洋服たちを眺めていく。



(ワンピース……ジャケット……これはスカートかな?こっちは男性用のスーツだろうか。しかし、量が多過ぎる……)



見ても見ても見きれない量の洋服たち。右を見ても左を見ても、そこにあるのは服、服、服、服……

目が回りそうになるのを堪えながら、必死にエマの後を追うと、試着室のような個室が目の前に現れる。その中からは、エマが「こっちこっち。」と手招きをしている。



「今から試着していくから、お祖父ちゃんが好きな服を教えてね!」


「……ん……あぁ。」



拍子の抜けた返事をしてしまったが、エマは不満なく笑顔のまま個室のカーテンを閉める。店員が気を遣ってイスを持ってきてくれたので、遠慮なく腰掛けて持っていた杖に手を置きバランスをとる。そのまま孫の様子に耳を傾けてみると、中から「あれ……ちょっとキツイかな?」とか「これは出し過ぎかな?」などという想像力を掻き立てる言葉が聴こえてきた。まるでクラシックでも嗜むかのような装いでそれらの言葉たちと戯れていると、カーテンが勢いよく開かれて赤いワンピースを纏った孫の姿が現れる。



「……どうかな?似合ってる?」



恥ずかしげに髪に指を絡ませ、少し視線を落としてそう尋ねる孫の姿は何とも可愛らしい。今年で16と聞いていたので、まだまだ子供の域を抜けないかなと思っていたが、何とも大人気な雰囲気を醸し出すものだと感心させられる。赤は女を映させると言うが、それを改めて認識させられてしまうほどに。


しかし……



「良いと思うが、エマはもう少し大人っぽい服の方がええ気がするのぉ。」


「……え?そうかな?」


「そうじゃ。例えばよな……アレとか、ソレとか、コレもいいのぉ〜。」



俺がそう言いながら自分の好みの服をいくつか指差すと、店員たちがそれに合わせて指示した服を素早く、そして正確に取り上げていく。それはまるで、初めから示し合わせたような振る舞いだったので、こちらの方が少々驚いてしまう。店員たちはそのままエマの前まで来ると、彼女に見やすいように丁寧にそれらの服を提示した。



「お祖父ちゃん……本当にこれ、私に似合う……?」


「もちろんじゃ!」



目の前に並ぶ服たちを見て、若干だがエマは疑念を抱いているようだ。だが、多くは語らずニカッと笑みを向ける俺を見ると、仕方ないとでも言うように小さくため息を吐き、目の前に提示されている服の中から1番素朴そうな一つを取り上げて個室の中へと消えていった。

そうして、数分も経たないうちにエマが個室のカーテンを開く。現れた姿に俺は感嘆してしまう。



(むほほほほ!むほほほほいやないかぁ〜い!!)



エマが手に取ったのはブルーのドレス。

そのデザインはシンプルなものだが、胸元に散りばめられた宝石たちが、お互いに主張し合いながらも調和をとっている様から豪華さも感じられる一品。特に肩から腕にかけてはメッシュ加工されており、エマの白くて綺麗な肌がいい塩梅に見え隠れしている。さらに言えば、たわわな双丘がシルエットだけでなくその一部を隙間から覗かせており、はっきりと見えないその感じがなんとも言えない妖艶さを醸し出しているのだ。



(直接見えないところが、なんともスンバラシイ!!)



エマの顔には、先ほどとはまた違った恥じらいの表情が浮かんでいて、それについつい興奮してしまう。性癖の衝動に駆られ、「次はコレなんかどうじゃ?」と他の服を勧めていると、肩を振るわせていたエマがついに声を上げた。



「お祖父ちゃん!!コレ全部、肌見え過ぎ!!わざとやってるでしょ!」



そのあと、こっ酷く叱られました。やっぱり、信仰には慎重さが必要です。

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