第4話 驚愕の事実
ーーーこの大地はかつて女神たちによって創造された。
どの国でもそう語り継がれるように、この世界において女神の存在はとても重要なものであり、それは現在まで神話という形で存在している。
誕生の女神ルキーナ。
調和の女神コルディア。
知恵と知識の女神パラス。
神話の中では、特にこの3人の女神と人間のことが語られている。
誕生の女神ルキーナが世界を創り、この地を創り、生き物の形を創った。調和の女神コルディアが協調と理解を人に与え、その代わり他の生き物に本能を思い出させた。最後に知恵と知識の女神パラスが人に技術を与え、その代わり他の生き物に固有の力を育ませた。
そうして、三女神に特に愛された人間たちはこの世界で大きく繁栄し、独自の技術を発展させ、それぞれが国を作り、統治してきたのだ、と。
神話は語り継がれ、人の心に根差し、最後には人々に信仰心をもたらした。興った国は、それぞれの信心の下に女神たちへの信仰を始めた。中でもマレウスフィカレム帝国とコルディア司国はその信仰心が特に厚く、コルディア司国は名前のとおり調和の女神コルディアを、帝国に至っては三女神全てに対して信仰を深めている。
〜
「……で、私たちがいるこの国がそのマレウスフィカレム帝国ね!」
なんともはや。説明してくれると言うので情報の整理にはありがたい話だと思ったが、家族の紹介の後はまさかの神話……おとぎ話を聞かされるとは思ってもみなかった。もうちょっと現実的な情報が欲しいんだけどな。
だが、俺は待てよと認識を切り替える。今の話をおとぎ話と決めつけてしまうのは早計かもしれない。自分が置かれている現状を含め、少し想像を膨らませてみれば、全てにおいて自分の常識では測れないことが起きているかもしれないのだから。
そんな俺をよそに、我が孫は話を続ける。
「でね、ここマウレスフィカレム帝国は……」
エマの言葉を借りれば、この国は"帝国"という名がつくとおり、その頂点に皇帝が君臨し納める軍事国家である。帝国といえば君主制を敷く国家に聞こえるだろうが、蓋を開けてみればその体系は封建制に近く、皇帝から爵位を預かる貴族たちがそれぞれの領地、つまりは国内に点在する都市を統治しているのだ。
エマの父アルベルトはそんな貴族のうちの1人であり、本名をアルベルト=クロフォードという。彼はクロフォード家当主を務め、その役割は皇帝から預かったこの"クリフロード"という都市の統治と防衛だった。
「お祖父ちゃん!お父さんはね、帝国軍第一歩兵騎士団の団長なんだよ!昔のお祖父ちゃんと一緒なんだよ!」
エマはそう訴えるように俺の目を見た。その眼はまるで、俺に何かを思い出させようとしているようにも見えたが、そんな記憶は頭の中のどこを探しても見当たらなかった。
首を傾げている俺を見て、エマは悲しそうな表情を浮かべている。そんなエマを見ていると、俺自身もなんだか申し訳ない気持ちでいっぱいになるが、覚えていないことを偽ることもできないので、とりあえずこっちから話題を変えてみようと考えた。
「……ちなみにじゃが、わしって何歳?」
ちょっとだけ……恐る恐るそう尋ねてみた。自分がエマのお祖父ちゃんであることはわかったが、実際のところはそれ以外で自分のことに関する情報がまったくない。家族のこと、そして国や街のことも必要な情報だとは思うが、まずは自分のことをもっと知るべき……いや、知りたいと考えたのだ。もちろん、エマの気を紛らわせたいことも理由のひとつだった。
「……え?お祖父ちゃんの年齢……?えっと……ね。」
「父さんは今年で88歳になるよ。」
すぐに出てこず頭を捻っていたエマを見兼ねて、アルベルトが助け舟を出す。それを聞いたエマは、そうだったと嬉しそうに頷いて俺を見て笑う。
だが……
(88!?思っていた以上にご高齢者じゃないか!)
60代もしくは70代くらいかと想定していたので、その事実にはさすがに驚きを隠せなかった。そりゃあ体も痛いし、手も腕もしわくちゃな訳だ。
しかし、なんとか表情に出さないようにショックを堪えていると、エマが笑顔で俺の顔を覗き込む。
「そうそう!今年で88歳だった!88歳はおめでたい歳なんだよ!」
「……おめでたい?そうなんかえ?」
「そうだよ!8は無限の象徴で、それが重なる88は永遠の生を願う祝歳なんだから!」
本当に嬉しそうに笑うエマを見ていたら、なんだか少しだけショックが和らいだ。先ほどの悲しそうな顔は消え、どんなパーティにしようかとあれやこれやと悩んでいる姿はとても可愛らしく、自分が高齢者であることなどもはやどうでもいい気までしてくる。アルベルトとエリザもそれをにこやかに見守っている。
だが、これではい終わりとは言い難かった。なぜなら俺にはまだ気になっていることがあり、これちゃんと確かめないことにはエマたちと一緒に喜ぶことはできないからだ。それは目覚めてからずっと、自分の過去を思い出すことができない理由。アルベルトやエマたちが、俺が起きて話しかけただけであれだけ驚いていた理由である。
想像するに、俺は長い期間で何かの病を患っていたのではないだろうか。病のせいで、寝たきりで喋ることもままならない状況だったのではないだろうか。おそらくはすでに危篤状態だったとか……。それなのにも関わらず、突然やってきた快復の兆し……いや、これだけ元気な姿を見せていることに、彼等は驚いたのではないだろうか。
そう推論づけ、恐る恐るではあるが明確な意思を持って、目の前の彼等に問いかけた。
「わし……もしかして死にそうだったの?何か病気でもしてたんじゃろうか。」
その問いかけに対して、エマは少し不安な表情を浮かべ、アルベルトとエリザの方を向く。アルベルトはエリザの肩を抱きしめると、目を瞑って心を落ち着かせるように小さく息をついた。
「父さん、落ち着いて聞いてほしい。」
それだけ言いにくそうにするということは、よほど深刻なことなのだろう。だが、ここまできてやっぱり聞かないという訳にもいかない。
その言葉に俺が「大丈夫じゃ。」と小さく答えると、アルベルトも小さく頷いてまっすぐな瞳を俺に向けた。
「父さん。あなたはここ数年の間、認知症を患っていたんだ。」
その言葉は予想の遥か斜めを突き進んだもので、俺の頭の中は一瞬で疑問符に埋め尽くされた。
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