第2話 家族との出会い
突然の出来事で唖然としたままの俺であったが、再び戻ってきた少女に支えられて、今度はリビングらしき部屋へと連れて来られていた。
リビングとは言ったものの、そこはかなり広い部屋のようで、絵画や絨毯などの調度品揃えられ、ところどころには装飾が施されている。それに極め付けと言ってはなんだが、部屋の隅にはメイドらしき女性たちが等間隔に並んでおり、その振る舞いはまるで貴族のそれだった。
視界がぼやけているので、いろんな認識が追いついていない。いや、視界が鮮明であっても、たぶん追いついていないだろう。だが、この部屋に来るまでの間、さっきの少女が腕を組んでゆっくりと付き添ってくれていたのは幸いだった。
(あぁ……なんとも言えない至福の時間……)
持ち得る五感のうち、視界の乏しさは否定できないものの、腕に当たる確かな感触だけはしっかりと認識できている。これに比べたら広い部屋とかメイドとか、そんな悩みは些細なことだ。
ーーー感度は良好なり。
揺蕩んで止まないそれは、重力との永遠なる闘いを繰り広げているものの、いまだに重力側が劣勢を強いられるほどその張りは強く勇ましい。
これこそが至福。これこそが希望。これこそが願い。これこそが……
そこまで考えたところで、俺は少女からイスに腰掛けるよう促された。残念極まれり。
「お祖父ちゃんはここに座って……ママとパパがもうすぐ来るから……ね。」
受けたショックから、まだ立ち直れていないのだろうか。少し元気のない少女の指示にこくりと頷いて、俺はイスに腰を下ろす。もちろん、近くにはシンプルでありながらも高級感漂うソファが主人の帰りを心待ちにしているようだが、そこに案内されないのはおそらく少女の配慮。この体にソファは良くないと理解して、俺の体を気遣ってくれているのだろう。
彼女の優しさはその後にすぐに証明できた。イスに座ってなお、彼女は俺の体が倒れてしまわないように、横で支えてくれているのだから。
(おじいちゃん……か。これは本当にそういうことなのかもしれないな……)
いろいろと理解が追いついていないのだが、自分の置かれている現状はなんとなく理解しつつある。この娘が自分にとってどんな存在であるかはまだわからないが、今の自分はおじいちゃ……
「あぁ……お義父さま……」
ガチャリとドアが開かれ、別の金髪の女性が部屋に入ってきた。その瞬間、俺の思考は切り替わり、入ってきた人物の観察に移行する。横に立つ少女と比べると、彼女がすでに成人している事は明らかだ。服を着ていてもわかる長年培われたそのボディラインが、それを物語っている。視界が悪いので、そういう事でしか相手のことを判断できないことは心底悔しくもあったが、その反面嬉しくもあった。
女性は目の前に来るなりしゃがみ込み、俺の手を取った。ここまで近くにくれば相手の顔も認識できるのだが、とても綺麗な顔立ちの彼女がすでに泣いている事に少々驚いてしまう。彼女の手の温もりは温かく、俺に対する思いやりの感情がその手を通して伝わってくる。彼女は目に涙を浮かべたまま、優しくも儚げな笑みを浮かべて俺の顔をじっと観察したあと、頭を垂れて肩を震わせていた。
「ママ……よかったね。よかったね……」
そんな彼女に寄り添って、少女もまた涙を流している。それにそんな2人の様子を見てか、付き従ってきた執事らしき人物もハンカチで目元を拭っているようだ。
それからというもの、3人とも泣くだけで何も話してくれないので、何だか1人取り残されているような気まずい雰囲気を感じてしまう。が、今の俺がこの状況を打破できる策があるはずもない。こちらから口を開こうにも、何を話せばいいかわからないのだ。どうしようもない。
という事で、とりあえずは信仰を深める事に専念しようとすぐに気持ちを切り替えた。目の前でしゃがみ込む2人の女性。その胸元から顔を覗かせる神からの賜物。この素晴らしいシチュエーションを与えてくれた神さまに、俺は心の底から感謝を告げる。もちろん心の中でだが。
さっきのボディラインの話もそうだが、たとえ視界がぼやけていようとも俺の観察眼は健在なようだ。こんな絶好の祈りの場をこの逃すことがないのだから。
そんなバカなことを考えながら、ゆっくりと至福の時間を過ごしていると、今度は部屋のドアが乱暴に開かれる。
「父さんが!父さんがどうしたんだ!!」
これまた金髪の男が突然部屋に飛び込んできた。今度は男だったこともあって邪魔が入ったと怪訝に思ったが、俺のことを父さんと呼んでいた事に気づき、とりあえず挨拶をしてみる事に。
「よう、元気かの。」
声をかけた後、ちょっとふざけ過ぎたかもしれないと後悔した。息も切れ切れに肩を大きく上下させている男は、特に何かを言うわけでもなく、そのまま大きな口を開けて愕然とし、微動だにしなくなってしまったのだから。
「な……なな……なななな…………」
この男は五十音のな行が好きなんだろうか。それとも、探している言葉が見つからないのか。そうやって少しばかりふざけた疑問を浮かべている俺に、彼は結局何も言うことなく目に涙を浮かべ、大声で泣き出してしまった。
(ありゃ〜、やり過ぎたかな……)
彼の様子を見ていて、なんだか悪いことをしたなと反省しでいると、1人冷静だった執事の男がハンカチで自身の涙を拭った後、こちらに向き直ってゆっくりと口を開いた。
「大旦那さま……よくぞお戻りになられました。クロフォード家一同、大変嬉しく思っております。旦那さま、よかったですな……」
その瞬間、冷静だと思っていた執事がおいおいと泣き出し、同時に周りにいたメイド達も一斉に泣き出す始末。まるで部屋中がオーケストラの会場にでもなったかのように、感泣が鳴り響いている。
(何これ……ちょっと怖いんだけど……)
ちょっと引き気味にオーケストラを鑑賞していたが、今の俺にはやはり、彼らの様子をただただ眺めていることしかできなかった。
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