第4話 あう!?

 神父さまが私たちの前に立ち、お話しをしてくれている。


「それはきっと神さまが、堕落だらくした人間に罰をお与えになられたのでしょう。私たちの住むこの大陸のずっと東。四年前、トラキアという大きな国が支配していた別の大陸が『大災厄だいさいやく』に見舞われました。その大陸のことを私たちは『暗黒大陸』と呼んでいます」


 まわりの子たちは真剣な表情でお話しを聞いている。私も集中しないと。


「セレスさん、ここまでの内容は分かりましたか?」


 自分の名前を呼ばれるなんて予想していなかった私は慌てる。


「あう、あっ、あ……」


「いいのですよ、あなたは口がきけませんから。頷くか首を横にふるだけで結構ですよ」


 私は何度も首を縦に振って理解したことを伝える。


「ああ、分かりました。それでは続けますね」


 私は上手く発話ができない。単語だけとか、たどたどしくなら話せる。私はこの教会で孤児としてお世話になっている。ここに来るまでの記憶はない。気づいたらここで生活していたという感じだ。他の孤児たちも優しいし、シスターたちもそうだ。ある一点だけを除けば神父さまも人格者で素敵な御方だ。彼は私たちに社会に出てから役立つようにと、文字の読み書きや歴史、算術などを教えてくれている。私はこのお勉強の時間が大好きだ。


「それじゃ、今日はここまでにしましょう」


 授業が終わって、この後は教会の裏にある畑の草むしりだ。男子たちはすぐに遊びはじめてしまうけど、私は土いじりも好きだし、そこから採れるお野菜も大好きだ。だから一生懸命頑張る。


「ああ、セレスさん。進路のことについてあなたにお話しがあります。このあと私の部屋に来てください。農作業のことは心配しなくても大丈夫ですよ」


 神父さまはそう言うと部屋を出ていく。そうだった、進路……。やっぱり駄目なのかな。


 孤児院ではある年齢に達するとその適正に応じて働き先を紹介することになっている。私たちがいつまでもここにいては、他の支援の必要な子どもたちが入ってこられないのだ。働き先についてはとりあえず希望だけは伝えられる。それが叶うことは滅多にないってシスターたちも言っていたけど、私はダメ元で希望用紙に自分の願いを書いてみたのだった。


「いらっしゃいましたね。ん? どうしてあなた達もいるのでしょうか……」


 そう。部屋に入った私の後ろには腕を組んだ三人のシスターたちが怖い顔をして立っていた。


「いえ、神父さま。ただの見学でございますよ。まさか聖職者である神父さまが、私たちの可愛いセレスちゃんに何か悪さをしようと企んでいるかもなんて、微塵みじんも考えてはおりませんのでお気になさらず」


「ちょ、ちょっと。私ってそんなどこかの変態貴族みたいな扱いなんですか……? いえいえ、セレスさんは食べちゃいたいほど可愛らしいのは事実ですけども、私はあなたたちのような成熟した……、ぐへっ!?」


 神父さまの顔面に直撃したのは聖書だった。とても大切なものだってシスターはいつも言っているのにいいのかしら。


「私たちの着替えをのぞくのも大概たいがいですけど、年長の女の子たちからも苦情が上がっているのですよ!」


 神父さまが女の人が大好きなのは、この教会のみんなが知っている。私たちが水浴びするときは必ずどこかに立っているのを見かけるし、着替えが覗かれているのは女の子たちはみんな知っている。どちらかといえばみんなそれをある意味楽しんでいるように思えたけど……。私は、シスターたちや他の女の子たちのように胸も大きくないし、やせっぽっちだし……。私には関係ないから気にしてなかったけど。ああ、大丈夫かな神父さま、鼻血が出てる。


「いやいや、それは誤解です。私は彼女たちの成長を陰ながら見守っ……、ぬおっ!」


 神父さまがひっくり返り、椅子から転げ落ちた。抱えているのは飛んできた大きな花瓶。たしかあれは神父さまが大事にされている貴重な一品。花瓶が無事なことを確認してホッとした神父さまはよろよろと立ち上がる。


「もう……」


「まあ、冗談ですよ神父さま。私たちもセレスちゃんの希望がどうなったのか気になって仕方ないので、同室させていただいているだけです」


「そうなのでしょうけど、ちょっといろいろへこみますね……」


 神父さまは、花瓶を机の端に慎重に移動させると真面目な顔になって私を見る。


「セレスさん」


「あ、う」


「座学の優秀なあなたなら、王都の聖職者を養成する学校でも合格するのではないかと私は思っているのです。ですが……、騎士を養成する兵学校。それも最難関の精霊騎士学校とは……」


 神父さまの言いたいことは誰よりも一番私が分かっている。夢のまた夢のような希望だ。実際にはどこかの小さな商店とかそういったところを書くべきだ。憧れを書くにしても他の女の子たちにも人気の冒険者ギルドの受付嬢とかだろう。たまたま教会にあった冒険物語、それは神父さまの授業でも出てきたトラキアという帝国で書かれたというお話。私はそれに登場する精霊騎士さまという存在に憧れていたのだった。


『やっぱり、駄目ですよね。いいんです。どんなお仕事でも私は一生懸命頑張ります! それで私はどこに?』


 シスターの渡してくれた紙にそう書く。込み入った話しが必要なときはこうやって筆談ひつだんさせてもらっている。


「はあ……。それもこれも私が、セレスさんは精霊の加護を受けやすい体質かもしれませんねって言ったことも原因のひとつでもありますし……」 


「いあ、ん、な」


 確かに神父さまにそう言っていただけたときは飛び上がるほど嬉しかった。でも、神父さまのせいじゃない。


「なんと私の人徳のなせる業なのか、それとも神のお導きなのか。セレスさん、あなたが試験だけは受けられるよう頑張って手配してみました!」


 ドヤ顔をキメる神父さま。後ろのシスターたちも飛び上がって喜んでいた。


「あう!?」


 当の本人である私は放心したまましばらく固まってしまったのだった。

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