第2話 クジラとおともだち
薄暗い通路の途中に私は居た。
「ここはどこかしら……」
知らない場所。でもこういうのって何だかワクワクする。暗くてジメジメしてて、ちょっと怖いけど……。でも、お祖父様の『秘密』のほうがもっと気になるし。きっと何か宝物とかこっそり隠してるに違いないわ。だってあそこに書いてあったのは私へのプレゼントってことでしょ? お祖父様って私をびっくりさせるのが大好きだったし。
「きっとこっちね」
ただそんな気がしたからその方に進んだ。壁全体が少し光っているから足元も暗くないし、怖くない。
しばらく歩くと広い空間に出る。とっても広い場所。
「人?」
遠くに腰を下ろして座っている人の姿が見えた。少なくとも幽霊や魔物じゃないみたい。こんなとこで何してるんだろう。それは男の人で黒髪に
「こんにちは!」
ちょっと離れたところから大きな声で挨拶してみた。
あれ? 聴こえてないのかな?
彼は地べたに
「こんにちはー!」
さっきより大きな声を出してみた。でも、反応がない。耳が遠いのかしら?
「こ、こんにち……」
「聴こえている」
低い声が返ってきた。
「ん?」
なーんだ。
「こんなところで何をしてるの?」
「……」
「ねえ、何をしてるんですかー?」
男の人の右目がうすく開いた。なんだか機嫌が悪そうな顔をしている。まるで、グスタフの居眠りを私が邪魔したときのような顔だった。
「どうして、こんな場所にガキが……。ここはお前のようなのが来る場所じゃない、とっとと帰れ」
そう彼は言うとまた目を閉じてしまった。
「ガキじゃないわよ、失礼ね! 私は立派なレディなんですう!」
抗議してみたが反応はない。もういい。そんなことより宝物を探さなきゃ。私は彼に背を向けると周りを見回す。地面に落ちている石をひっくり返したり端っこの壁や天井を見上げて
「何もないじゃないのよ」
宝探しに飽きた私は、男の人のところに戻ってきて隣に腰を下ろした。
「なぜ、そこに座っている?」
男の人が
「だって、退屈だから……」
「小娘、お前が退屈なのとそこに座っていることと何の関係がある?」
「いっしょに遊ぼ!」
「ふざけるな」
彼は一瞬両目を開いて私を見ると、短くぴしゃりと言って、また前を向いて目を閉じてしまった。キツイ言い方で顔も怖かったけど、私にはすぐに分かった。この人はお父さまやグスタフと同じタイプの大人だ。怖そうに見えて実は優しいひと。私はそれを確信していた。
「ティリはどうしている?」
無言の時間が長くて、私がウトウトして男の人に寄りかかって眠ってしまいそうになったとき、彼はまた口を開いてくれた。
「ティリって?」
「この国の王であろう? 小娘であってもそれくらいは知っているだろうが」
「違うよ。王さまはテオドシウス・ミズガルド。私のお父さまよ。それに私は小娘じゃなくて、セレスティア・ミズガルド。この国のお姫様なのよ」
えっへんと胸を反らす私。彼の両目がさっきより大きく開かれて私を見た。
「ティリ……。ティリダテスは
「ああ、お祖父様のこと? 三年前に亡くなられたわ」
「そうか死んだか……」
少し彼の顔が哀しげに見えた気がした。彼は目を閉じたがそれは何かを思い出そうとしているようだった。
「あなた、お祖父様のお知り合いなの?」
「ああ、俺の唯一の話し相手だった」
「ゆいいつ? あなたひとりぼっちなの?」
彼は何も答えなかった。こんなところで誰とも話すこと無くひとりなんて可哀想。
「私がお友達になってあげるわ、私といっぱいお話ししましょう!」
彼の目が驚きで見開かれた。でもすぐに細くなって、少しやさしい感じになった。
「ふふっ……、お友達か。お前はティリの孫であったな。面白い、小娘。貴様と
「ゆうぎ……? お友達ってことでいいのね。じゃあ、まずは私のことから……」
いっぱい彼とお話しした。ほとんど私が自分のことを話していることに随分経ってから気づいた。でも、彼は『うん』とか『そうか』くらいしか言わないし、自分のことについても『悪い魔法使いにここに1000年以上閉じ込められている』とか、私には見えない結界が自分のまわりにあることで動けないとか、相変わらず私のことを子ども扱いしていた。だけど、私にとっては初めてのお友達。ちょっと変わってるけど、私の広く深い心で受け止めてあげるんだから。
「小娘、もう腹も減ったことであろう。
「手伝うって、ちゃんと自分の足で歩けますう。それにお友達のことを小娘って呼ぶのは変! たぶん……だけど……。セレスティア、いいえ、セレスでいいわ。そう呼んでよ。ああ、そうそう、あなたのことを私は何て呼べば良いのかしら?」
「俺のことか? 当面は『クジラ』とでも呼べばいい。人は俺のことをそう呼んでいたし、ティリも普段はそう呼んでいた」
「何よそれ? 本当の名前じゃなくて
私が立ち上がろうとした瞬間、ここに来た時のように身体がふわっと浮かび上がった気がした。
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