海獣の精霊騎士はくじけない ~短編版 クジラの国で会いましょう~

卯月二一

第1話 霊廟にて

 遠くで私を探す声が聴こえる。あれは礼儀作法の教師、マーゴットだわ。普段は淑女たるもの大きな声を出すものではありません、なんて言ってるのにはしたない。それにあの声は怒っているときのだ。感情を抑制するって基本のキはどこかに落としてきたのかしら。


「姫さまーっ! どちらにいらっしゃるのですかあ!」


 騎士団長のグスタフまで来ちゃった。これは大変! お父さまに知られたらただじゃ済まないよ。でも、こんなお勉強や作法の練習ばっかりの生活してたら、間違いなく私は死んでしまうわ。亡くなられたお祖父様じいさまも仰っていたわ、子どもは自然の中で伸び伸びと遊ぶものだって。お祖父様……。そうだ! お祖父様の眠られている霊廟れいびょうにいこう。あそこなら私がそんなところに隠れてるなんて誰も考えないはず。やっぱり私って天才ね! 私は、お城の地下へと続く階段を見つけると周りを確認しつつ慎重に降りていく。


「こほっ」


 こんな場所、誰も来ないからってお掃除くらいちゃんとしてよね。私はしないけど……。魔導ランプでうっすらと照らされるほこりっぽい霊廟の中をまっすぐに進んでいく。


「とうちゃーく。お祖父様、お久しぶりですわ」


 立ち並ぶ歴代の王さまの石像のひとつの前に来ると、片脚を引き膝を軽く折り、毎日練習させられているカテーシーをばっちり決める。そして返事をするわけでもない大きなお祖父様の石像を見上げる。埃を被ってしまっている石像に指をわせて一周させてみると指先に埃が塊になってごっそり集まった。前にここに来たのはいつだったかな? まだお祖父様がご存命のとき一緒にきたかしら? 私以外誰もこの場所には関心がないみたいだけど……。あのときは自分の石像を誇らしげに見つめるお祖父様の笑顔につられて私もなんだか嬉しかった。だけど自分の死んだ後のことを楽しそうに語っているのが不思議だった。でも、こうやってお祖父様に会えるし、思い出せるし……。悲しくはないのです。


「あれ? なんだろう……」


 石像の後ろのとても低い位置。たぶん私くらいしか気づかないところに丸い印があって、それがうっすら光っていた。しゃがみこんで見るとそこには私の名前があった。


『最愛の孫娘、セレスティアに我が秘密を引き継ぐ。ティリダテス・ミズガルド』


 ちゃんと読める、これも日頃のお勉強の成果ね。でも、秘密ってなに?


「きゃっ!?」


 秘密という文字に指を触れると、身体がふわっと浮き上がった。

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