白ノ瀬家の別荘 宿泊二日目(2)

 誘導スタッフの指示どおりに、河川敷に設営された駐車場に停車する。


 花咲はなさきに続いて車から降りると、ドアを半分も開けれないほど車間がぎっちり詰まっており、かなりの人数が集まっていることが窺えた。


 カップルや子供連れの家族、お年寄りなど様々な年齢層の人たちが車から出て堤防のほうに向かっていく。うちわを持っている人や浴衣を着た人もいてお祭りムードが漂っている。


 途中で混雑に巻き込まれて離れ離れになった白ノ瀬しろのせ家と姉貴が電話でやり取りしながら、駐車場を抜けた先にあった掲示板を目印にして落ち合う。


 怜兄れいにぃが掲示板と腕時計を交互に見る。俺もスマホで時間を確認すると午後七時前だった。


「花火が打ち上がるのは八時からみたいだね。それまでは商店街にある屋台を見て回ろうか」


 みんな賛成し、他の人たちの流れに沿って階段を上り下りして堤防を越える。


 商店街は眩いほどの灯りと喧騒に包まれていた。車道が歩行者天国になっていて所狭しと屋台が連なっており、すでに大勢の人で賑わっている。


 リョウが自分のそばにいたのぞみの手を握る。


「おぉ、すっごい人の数だな。こりゃはぐれないようにしないと」

「この様子じゃみんなで動くのは無理だろ。それぞれ見たい屋台も違うだろうし、待ち合わせ場所を決めて好き好きに行動するのがいいんじゃないか?」


 せっかくの機会だから先輩と二人きりになって夏祭りデートを楽しみたい。


 本当であればこんな願望を抱いている場合ではなく怪現象の解決に終始しなければいけないのだが、ここまで失敗続きだから『どうせまた……』という諦めの気持ちが強くなってすでに心は開き直っている。彼塚かなづかの横柄な態度も気に食わないし。


「じゃあ、花火が打ち上げられる八時前にさっきの掲示板あたりに集合ね。何かあったときはあたしかれいに電話をかけること。分かった?」


 姉貴の言葉にみんな頷いた。


 するとすぐに彼塚かなづかの元に近づく二人がおり、れんにぃは「おっし真尋まひろ! いろいろ奢ってやるから一緒に見て回ろうぜぇ」と肩に腕を回して豪気に誘い、のぞむは「行こう行こう」と上着の裾を引っ張る。どうやら二人に気に入られてしまったようだな。


 姉貴を口説いている怜兄れいにぃを尻目に、フルーツ飴の屋台に視線を注ぐ先輩に声をかける。


「先輩。まずはあそこで何か食べますか?」

「え! ううん大丈夫っ。珍しいものがあるなぁって思って見てただけだから!」

「いや、もう先輩の考えが分かってますから今さら俺に対して恥ずかしがらないでください。明らかに昼ごはんもセーブしてましたもんね」

「…………はい、りんご飴が食べたいです……」

「本音は?」

「イチゴやキウイも気になります……」

「分かりました。俺もお腹が減ってるので色々と食べ歩きしましょう」


 食巡りが決まって歩を進めたところ、後ろにリョウが引っ付いてくる。


「なんでついてくんだよ。空気を読め」

「えぇ~、みんなで行こうぜ。女の子グループで仲良くキャッキャしたい。なぁ~のぞみ?」

「キャッキャしたい」

のぞみはいいとして、お前のは意味が違うだろ」

「純粋に楽しみたいだけだって。みゆちゃんだってみんなと回りたいよな……って、おっ?」


 リョウの視線を辿ると、気がつけば何やら花咲はなさき彼塚かなづかが面と向かっていた。


 れんにぃのぞむの姿はない。ということは彼塚かなづかは誘いを断ったらしい。あのれんにぃが引き下がるなんて何を理由にして断ったのか。


 その疑問はすぐに解消された。


 彼塚かなづかは珍しく恥ずかしがるみたいに花咲はなさきから目を逸らしつつ、口を開く。


「……よければ僕と一緒に見て回らないか?」

「────!?」


 俺は耳を疑った。

 あの朴念仁の彼塚かなづかが自ら他人を誘うだと。しかも花咲はなさきを。


 だがそれなられんにぃが諦めたのも納得がいく。花咲はなさきと行動したいという思いを突っぱねてまで無理強いはしないだろう。


 まさかの展開に驚いたが、これは僥倖だ。さすがの彼塚かなづかも解決の時間がないことを悟って協力的になったか。


「…………」


 対する花咲はなさきは、真意を測るように疑い深い視線を彼塚かなづかに向けながら逡巡した様子だ。


 問題はこちらだ。これまでの件で彼塚かなづかに抱く印象は悪人そのもの。そんな警戒した相手からのお誘いを受け取る利なんて全くない。


 俺たちが緊張と諦観した思いで見守る中、やがて花咲はなさきの出した答えは。



「分かりました。一緒に行きましょう」



 予想外の肯定に、俺たちだけではなく彼塚かなづかも驚いたように逸らした顔を向ける。


「本当にいいのか……?」

「はい。せっかくのお祭りごとですから、これまでのいさかいは一旦忘れて楽しみましょう」


 俺は待ち望んでいたパーフェクトな流れに心の中で歓喜する。


 花咲はなさきが大人な対応をしてくれて助かっ────


「──ただしっ! 藤城ふじしろくんにも同行してもらいます!」

「……へ?」


 続く花咲はなさきの言葉に、俺は思わず素っ頓狂な声を出してしまう。


 一瞬は幻聴かと思ったが、それが間違いであることを証明するように花咲はなさきは俺に向けてビシッと指を差している。……なんでそこに俺が入ってくるんだ……?


「ちょっと待て、花咲はなさき。俺は先輩と二人きりで過ごしたいからその提案は無理……」

「なら前言撤回です。わたしはみおちゃんとのぞみちゃんと行きます」

「なんでそうなるんだよ……俺は関係ないだろ」

藤城ふじしろくんも一緒っ! これだけは絶対に譲れません!」


 何をそんなに頑なになる必要があるのか。


 彼塚かなづかがやましい行動に出ないよう牽制するつもりで俺をそばに置いておきたいのか。どう考えても俺がいたら険悪な雰囲気になるのは分かりきっているだろうに。買い出し帰りに嫌味を言われてからここに来る間まで一言も喋ってない状態なんだぞ……。


 しかし花咲はなさきに意見を変える素振りは一向にない。


 ──どうするべきか。


 怪現象を解決するという目的の上では、この彼塚かなづかが歩み寄った奇跡的な状況を無駄にはできない。しかしそこに俺が加わるとなれば、とても和解なんて良い未来は望めそうにない。絶対に先輩とのデートを優先したほうが有意義だ。だがしかし……。


 そこから悩みに悩んだ末。


 俺はこそっと先輩に謝ってから花咲はなさきに声を返した。


「……分かった。俺が付き添えばいいんだろ」




     ***




 連なる屋台から発せられる暖色系の灯りと、家屋と家屋の間に架かるワイヤーに吊るされた紅白の提灯がお祭りの華やかさを演出し、行き交う人たちはその雰囲気に感化されているようで明るい表情をしている。


 俺たち以外は。


 どこもかしこも活気に満ち溢れている中、俺たちは三人横並びで歩いている。


 俺を真ん中にして。


 泣く泣く先輩と別行動をし始めて十分ほど経ったが、両サイドの二人はとても祭りの最中とは思えないほど表情が険しく、ここまでで交わされた言葉は一つとしてない。


 だからといって屋台に足を止めるわけでもなく、ただのろのろと彷徨くばかりで、このまま行けば開催敷地の外に出てしまうだろう。


 周りの盛り上がり様が、余計に今の自分たちの暗い状況に落差を与える。まるで俺たちだけ別世界に迷い込んでしまったかのようだ。……ああ、今すぐにでもここから抜け出して先輩とエンジョイしてぇ……。


 そろそろ無言の状態に耐えれなくなってきたので、左隣にいる彼塚かなづかにこそっと声をかける。


「おい。さっきからなに黙ってんだ。自分から誘ったんだから何か喋ろよ」

「……チッ」


 俺を一瞥してから舌打ちをする。邪魔者が……とでも言いたいような顔つきだ。俺だって好き好んで一緒に行動してるわけじゃねぇよ。


 彼塚かなづかがこんな有様ではウォーキングが続行するばかりだ。花咲はなさきにも喋りだすような気配はないし、ここは俺が先導するしかないか。


 どこの屋台でもいいから商品を見たりゲームしたりすれば今よりかは気が紛れるだろう。彼塚かなづかは聞く耳を持たないので花咲はなさきに話を振ろう。


 右隣を向いて「花咲はなさき」と名前を呼ぶと、何やら捜し物があるみたいに頻りに辺りを見回していた花咲はなさきは、驚いたように勢いよくこちらを振り向いた。


「あ、は、はい! なんですか!?」

「どこか気になる屋台はないか聞こうとしたんだけど。行きたいところでもあるのか?」

「いえ、今のところはないです! わたしも三人で楽しめる所はないかなぁって思ってただけです! どこがいいでしょうか!?」


 早口でそう言って、また忙しくなく辺りをキョロキョロし始める。


 なにか挙動不審だな。花咲はなさき花咲はなさきでこの嫌な雰囲気を取っ払う打開策を考えていたのか。もしそうなら俺を同行させる時点で間違ってるぞ。


「あっ! あそこの屋台なんてどうですか?」


 花咲はなさきが立ち止まって指差したのは、暖簾に大きな的と矢が描かれた射的屋だ。他の屋台二つ分の広さで、子供から大人までの様々な客層で盛況を博している。


 射的屋か。個人的に一度もやったことないから普通に興味があるし、ゲームだから自然と話題も出やすい。ナイス提案だ。


「そうだな。試しに行ってみるか」と同意を示して射的屋のほうに向かう花咲はなさきのあとに続く。彼塚かなづかも不機嫌そうながら何ごとも言わずに一応はついてくる。


 空いている所に行くと、他の客の相手をしていた店主が走り寄ってきて、「らっしゃいっ! 一回三百円だよ!」と周りの話し声に負けない声量で挨拶をかけてくる。スキンヘッドに手ぬぐいを巻いた厳つい顔のおじさんだ。


 紅白のひな壇には、お菓子やぬいぐるみからゲーム機やソフトなんかの高価な品まで置いてある。箱が大きすぎて取れる気がしない。


「三人で来てもらったとこわりぃけど、今空いてる銃は一丁だけだから誰からやるかい?」


 俺と花咲はなさきは顔を見合わせる。


 どうするか。ここで俺か花咲はなさきがプレイすると、おそらく彼塚かなづかは自ら蚊帳の外になるだろう。後ろで眺めるばかりで一緒に行動している意味が無くなってしまう。


 自然に会話できる空気に持っていくためにも、ここはまず彼塚かなづかにやらせるのがいいか。


花咲はなさき射的これやったことがあるか?」

「いえ。他の人がやってるところは見たことありますけど、自分がやったことはないです」

彼塚かなづかは?」

「……前に何回かあるけど」

「だったら先にやってくれ」

「僕はいい」

「俺たちは初めてなんだ。経験者が手本を見せてくれよ」

「断る。なんで僕がこんな子供遊びのためにお金を出さなくちゃいけないんだ。大体こういうのは、何度も挑戦して結局のところ普通に買ったほうが安くで済んで後悔するし、値打ちの高い品はどうせ取れないよう小細工がしてあ……」

「お前っ!」

「じゃ、じゃあわたしからやろっかな!」


 花咲はなさきが焦った様子で手提げカバンの中から財布を取り出す。……ナイスフォローだ。まったく彼塚こいつは周りが見えてないのか。仮に本当だとしても店主の前で言うな。


 この近い距離だと彼塚かなづかの捻くれた言葉は聞こえていただろうが、強面店主は苦笑いを浮かべただけだった。子供の戯言と流してくれたようで助かった。


 気を取り直して。


 店主にお金を渡した花咲はなさきは、コルクがたんまりと入った箱の中から三つ選んで手に取り、店主の教えどおりに銃口に詰め込んでいく。そのあと隣でプレイしている他のお客さんの見様見真似で銃を構える。


 銃口の先を見るかぎり、ドレスを着たウサギのぬいぐるみを狙っているっぽい。手と足を前に出して座った体勢で、両手に乗るぐらいの大きさだ。


 ルールとしては棚から落ちたら景品ゲットだ。家電系よりは取りやすそうだがお菓子系よりは難易度が高いといったところか。


 花咲はなさきの挑戦はものの数分で終わった。


 一発目は威力が弱くて景品に届かず。

 二発目は棚まで飛んだものの、コルクの軌道が逸れて景品と景品の間を通過。

 三発目は胴体に当たったが、のほほんとしたウサギの表情に反して体は微動だにしない。


 花咲はなさきは銃を置いてこちらを振り向く。


「やっぱり難しいですね」

「いけそうでいけないな。最初はお菓子系の軽い物を狙ったほうがいいんじゃないか?」

「ん~でも、あのウサちゃんがわたしの欲しい物センサーにピンっと来たんです!」


 どうやらお眼鏡に適ったらしい。まぁお金を払っている以上さして興味のないものより自分の好きな物を狙いに行くのは当然か。


 花咲はなさきは少し思案する様子を見せたあと、財布から小銭を出してふたたびチャレンジする。


 そのときに他の銃が空いたみたいで、俺も店主に三百円を渡してやってみることにした。


 景品を見回したら三段目の角に見知った新作のゲームソフトが目についたが、厳しいだろう。ここは無難にお菓子の箱にしておくか。


 その中でも普通のスーパーではあまり見かけない特産品っぽい物をターゲットにする。


 しかし、これがまったく想像どおりにいかなかった。


 自分では真正面に捉えているはずなのに、コルクはあらぬ方向へと飛んでいく。運良く一発は掠ったものの、箱はミリ単位ズレただけで落ちる気配がない。さっきの彼塚かなづかの失礼な言葉が現実味を帯びてきたな。


 続けてもう一度してみると、今度は全弾が命中し、そのうち二発が箱の端に当たって景品の角度が斜めになる……が、落ちはしない。この取れそうで取れない感じはクレーンキャッチャーに似ている。あともう一回すれば取れるはずだ……! という闘争心を煽ってくる。


 その気持ちに左右されず、俺はすっぱりと諦めた。絶対に欲しいわけじゃないし、ここで散財しては他の屋台を楽しめなくなる。


 それに元々こういうのは射的を楽しむことに意義があるのであって、景品はおまけみたいなものだ。そう、俺は思い出を買ったんだ。何も損していない。


 そうやって自分の心を騙していると、隣の花咲はなさきはまだ銃を構えていた。……そういえば、さっきから発砲音が立て続けに聞こえてるけど一体何回トライしてるんだ?


花咲はなさき。そろそろ終わりにするか?」


 撃ち終わってすぐ財布を開こうとしていたので呼び止める。


 周囲に順番待ちをしているお客さんはいないから居座って挑戦することに問題はないが、花咲はなさきの狙うのほほんウサギは最初の位置からほぼ動いていない。これ以上やるとお金が勿体ない。


「すみません、もう少しだけ待ってもらえますか? ようやくコツが掴めそうなんです」

「こう言っちゃあれだけど、やっぱりあの大きさは厳しいぞ。もう諦めたほうが……」

「でもでも欲しいんですっ!」


 花咲はなさきってこんなに熱くなるタイプだっけ。


 このままだと後悔する未来しか見えないが、本人のお金なので強くも言えない。下手な俺が代わったところで何の意味もないし。



「──はぁ~~~」



 ふたたび店主に小銭を渡す花咲はなさきの姿を横目に見ながら悩んでいたら、すぐ背後から重い溜息が聞こえてきた。ずっと棒立ちになっていた彼塚かなづかのものだ。


「そんなやり方じゃ、いつまでやっても取れない。僕の言うとおりにやってみろ」


 辟易した様子でそう言い、花咲はなさきの真横に移動する。


 花咲はなさきは突然のことに動揺したのか、「は、はい」と素直に頷いた。


「まず、コルクの選び方からして駄目なんだ。これとか、これとか、所々が欠けてるだろ。銃口に詰めるときにその間から空気が抜けて上手く飛ばなくなるんだ」

「たしかに……そこまでは見てませんでした」

「だけど、ほとんど欠けてて綺麗なやつは見当たらないぞ」

「その時は逆向きに詰めればいい。できるだけ空気の逃げ道を無くすんだよ」


 なるほど、理に適っている。空気が漏れていたせいで威力が弱まっていたのか。


 花咲はなさき彼塚かなづかの助言どおりに選んで逆向きに詰めた。


「次に、銃と景品までの距離。この銃は使いまわしだろうからバネが緩くなってる。その分、飛距離と威力が落ちるから、それを補うために可能なかぎり近づけ」

「こう、ですか?」

「もっとだ」

「えぇ、これ以上は反則じゃないんですか……?」


 花咲はなさきがおそるおそる店主に顔を向けると、「ま、嬢ちゃんは何回もやってくれてるからな。特別だ」と笑顔で許してくれる。言ってみるもんだな。


「で、狙う位置。真ん中じゃなくて景品の左上もしくは右上の角を狙うんだ。一発で倒そうと考えずに、遠心力を働かせて徐々に回転させて落とす」

「は、はい」

「あと、銃の持ち方を逆にしたほうがいい。狙いをブレさせないためにも利き手で銃身を持って、利き手じゃないほうでトリガーを引く」

「わ、わかりました」


 銃身を左手に持ち替え、右手の指をトリガーにかける。ということは、花咲はなさきは左利きか。そう思えば絵を描くときも左手だった気がする。


 以上でレクチャーが終了したようで、彼塚かなづかは一歩下がって黙って見守る。


 花咲はなさきは緊張した面持ちで銃を構え、一呼吸したあと発砲した。


 すると、コルクはのほほんウサギの左肩に命中して一ミリすらも動かなかった体の向きを変えさせた。続く二発目も同じ箇所に当たり、さらに位置がズレ────。


 そして最後の弾で体勢がぐらつき、のほほんウサギは力尽きたように棚から落ちていく。


 すぐに棚の裏に回った店主を尻目に、花咲はなさきは銃を置きながら「よかったぁ……」と安堵の息をつく。あの大きさのぬいぐるみならここまで賭けた金額相当ぐらいだから見事に挑戦成功だ。


 店主から「おめでとさん!」という称賛の言葉とともにのほほんウサギを渡された花咲はなさきは、両手に持って無邪気な子供のように俺のほうに掲げて見せる。


「やりましたよ! ゲットできました!」

「おう、無事に取れてよかったな」

「はい! ……えっと、彼塚かなづか先輩もコツを教えてくれてありがとうございました」

「べつに。ただ僕はこれ以上ここで時間を食うのが嫌だっただけだ」


 顔を逸らして何気なさそうに返す。素直に『どういたしまして』ぐらい言えばいいのに。


 しかし、勉強しか取り柄がないと思っていた彼塚かなづかにこんな特技があったとは驚きだ。こういう祭りで開催されるゲームは頭を使うものが多いから相性が良いのか。


 なんにせよ、一言も喋らないうちに花火の打ち上げ時間になるなんて悲惨な事態は防げたようだ。それにここから彼塚かなづかの頼りのある姿を見せれれば花咲はなさきの溜飲が下がるかもしれない。


 頭の中で策略を巡らせていると、じぃーっと俺のことを見てくる花咲はなさきの姿に気づいた。


「どうした?」

「あ、いえ! 藤城ふじしろくんから見てわたしの射的はどうだったかなぁと思って」

「ん? 普通に上手かったぞ」

「まさかわたしの下手っぴな腕で景品を獲得できるなんて奇跡ですよね!」

「べつにいうほどじゃないと思うけど。花咲はなさきの飲み込みが早かったことが勝因だと思うし」

「そ、そうですか。でもあのままだったらもっとお金を使うところだったので本当に取れてよかったなぁ!」


 のほほんウサギを胸に抱いて妙に嬉しがる。


 初めての射的で成功してテンションが上がるのも分かるが、そこまで喜ぶことか。それとも俺が冷めているのだろうか。高校に進学してからは大人な思考の先輩か、クールな深森としか遊んでいないから同い年の人のはっちゃけ感が分からない。


「まぁ射的は楽しめたとして。他の屋台も見て回ろうぜ」


 それから三人で様々な屋台を巡った。


 食べ物の屋台でお祭り定番のたこ焼きやチョコバナナなどを買って食べ歩きしつつ、商店街の夏祭りならではの洋服や雑貨品が売っている場所で足を止めた。


 その合間合間にしたヨーヨー掬いや型抜き、水中コイン落としのゲームでは、またもや花咲はなさきが熱くなって彼塚かなづかがアドバイスをする良い流れが繰り返された。


 景品を勝ち取るたびに花咲はなさきは大仰に喜び、彼塚かなづかも面倒そうな態度を取りつつも的確に教える姿から満更ではなさそうだった。


 だんだんと二人の距離が縮まっていって安心しながら、俺も久しぶりの夏祭りを満喫できて幼少期に戻った気分だった。これが先輩とだったらもっと気持ちが昂っただろう。今度また機会があったときは絶対に行こうと心に決めた。


 やがて時間は花火が打ち上げられる頃に差しかかる。


 俺と彼塚かなづかは人の邪魔にならない裏路地で花咲はなさきがお手洗いから戻るのを待っていた。ポケットからスマホを取り出して時間を確認する。


「そろそろ集合時間だな。花咲はなさきが戻ってきたら掲示板のところに行くか」

「……やっとか。あっちこっちに振り回されて疲れた……」


 商店の外壁に背を預けながら溜息をつく。


 そんな彼塚かなづかの両手には、花咲はなさきが購入した雑貨品やゲームで獲得した様々な景品が入ったビニール袋が握られている。現状この中で一番腕力があるから荷物持ちになったのだ。


「何もしないより有意義だろ。っていうかお前も楽しんでたくせに」

「僕のどこをどう見たらそうなるんだよ」

「丁寧にゲームのコツを教えてたじゃねぇか。得意げな顔して」

「してない。他人の物とはいえ、目の前で無駄金を費やされたら良い気分しないでしょ。……大体、君がいるからこんな七面倒なことになってるんだ」

「それは花咲はなさきに言え。それに俺がいなかったら絶対に無言の気まずい状態が続いてただろ。むしろ感謝してほしいぐらいだ」

「その恩着せがましさは的外れだよ。君がいないほうが絶対にマシだった」


 これまでの花咲はなさきの態度を見ていて、どこからその自信がくるのか。何が何でも俺の言葉に肯定するのが嫌なだけなのだろう。今さら分かってもらおうとも思わないが。


「それはいいとして。お前の意外なゲームの才能のおかげで今なら花咲はなさきも上機嫌みたいだから、この流れに乗じてさっさと和解しろ」

「たかが子供遊びを教えただけで何が変わったっていうんだよ」

「会話できるようにはなっただろうが。別荘に戻ったら二度とこの奇跡は訪れないぞ」

「そもそも僕が謝らないといけない道理がない。事の発端は入学式での君の行いだ。この一連の原因を作った君が僕に謝れよ」

「まだそんな子供っぽいこと言ってんのか。自分が花咲はなさきに言い寄ったことを棚に上げるな」

「僕は彼女に言い寄ってなんかない。君こそ被害妄想が過ぎるよ」

「また減らず口を叩きやがって」


 そこから説得は言葉の応酬に変わり、いつまで経っても彼塚かなづかに理解を示す気は見えなかった。


 俺の姿を目に入れたくないとでもいうように反対側の大通りのほうを向き、これみよがしに溜息なんて吐きやがる。


「──はぁ。もう君の話はうんざりだ。聞くに堪えないね」

「それはこっちの台詞だ」


 ここ二日でこの不毛なやり取りを何度繰り返しているのだろう。だが周りが背中を押さなければこいつはただ時間の流れに身を任せるだけだ。まったく扱いが難しい。


 居心地の悪い沈黙になるかと思いきや、しばらくして彼塚かなづかが「……遅くないか?」と小さな声をもらした。疑問形だから俺に言ってるんだよな。


「いきなり何だよ?」

「彼女が遅いって言ってるんだ。君の無駄話に付き合わされてから随分経つけど戻ってこない」

「随分っていうほど経ってねぇよ。これだけ人がいるんだし混んでるんだろ」

「その場合、トイレの建物の前に人が並んでるレベルじゃないとこの遅さはあり得ない」

「じゃあ腹でも壊したんじゃないか?」

「彼女と別れたとき、そんな緊迫した態度には見えなかった」


 たしかに花咲はなさきは「ちょっとお手洗いに行ってきます」と言っただけで普通の様子だった。それに俺が手提げカバンを預かっている。もし時間が掛かるなら人に渡さないだろう。


 そう考えていくと、少し心配になってきた。唯一の連絡手段のスマホはカバンの中にあるから、急な体調不良だった場合助けを呼べなくて困っているかもしれない。確認に行くか。


「分かった。ちょっと中に入って様子を見てくる」


 すぐに裏路地から出ようとしたところで、しかし、いきなり彼塚かなづかに腕を掴まれた。何やら驚いた顔だ。


「なんだよ?」

「なんだよって、君はトイレに入るつもりか!?」

「それ以外にどこに入るっていうんだよ」

「本気で言ってるのか……?」

「? べつに何も問題ないだろ」

「問題大ありだ! 男が女子トイレに入ったらやばいだろ!」

「…………ああ、そういうことか」


 ここ三週間ほど外出先では女子トイレに入るのが常だったから今じゃ普通のことに感じていた。こいつから見れば犯罪行為に見えるわけか。


「ただ花咲はなさきがいるかいないか確認するだけだ。誰もやましいことなんてしねぇよ」


 不埒な考えしか浮かばない変態野郎は放っておいて公衆トイレに向かう。


 入り口で一人の女性とすれ違いになって中に入ると、手洗い場のところに人はおらず個室のドアもすべて開いていた。


 すぐに外に出て彼塚かなづかの元に戻る。


花咲はなさきはいなかったぞ。近場の屋台でも見てるのか……」


 やけに高いテンションだったから他の屋台に目を奪われているのか。


 彼塚かなづかは「本当に中に入ったのかよ……」と引き気味に言ってから、


「彼女の性格的に僕たちに黙ったまま行動しないでしょ」

「だったら他に何があるんだよ?」

「…………迷子とか」

「迷子だぁ? それこそあり得ないだろ。公衆トイレから路地は目と鼻の先なんだぞ。別れるときにここで待ってることは伝えてあるし」

「可能性の一つとして言ってるんだよ。事件的な最悪のケースもないとは言い切れない」

「事件的って誘拐とかか? それも突飛な考えだ。この大勢の中でそんなことされたらさすがに大声で助けを呼ぶと思うし、その前に周りが変に思うだろ」

「……何にせよ、いないことは確かなんだ。連絡手段がない今、君とここでうだうだ喋ってる暇があるなら手当たり次第に捜したほうが賢明だね」

「…………」


 腹立つ言い方だが、間違ってはいないので言い返せない。


 その間にも彼塚かなづかは荷物を置き去りにしたまま、さっさと一人で裏路地から出て人混みの中に消えていく。


 協力性の欠片もない単独行動に呆れたが、捜す姿勢は意外だった。てっきり面倒くさがって花火の待ち合わせ場所で待つ選択を取るかと思っていた。


 僅かながらの良心か何かしらの意図かは分からないにしても、ここで彼塚かなづか花咲はなさきを発見すれば好感度を稼げそうだな。


 とは思いつつ、俺も捜索に出る。手分けする意味でも彼塚かなづかと反対側の方向に行こう。


 通り過ぎる人や屋台の前を隈なく見ながら進み、程なくすると、ちょうどこちらに向かってきていた先輩たちが見えた。


 いち早くリョウが俺に気づいたようで、「おう、遠香とおかちゃん! 楽しんでるか!」とうきうき気分で片手を上げてくる。頭には狐のお面、片手にはわたがしとお祭り気分全開だ。小学生かお前は。


 のぞみと手を繋いでいる先輩が小首をかしげてくる。


「あれ? 遠也とおやくん一人なの? みゆりちゃんと彼塚かなづかくんは?」

「さっきまでは三人一緒にいたんですけど……」


 花咲はなさきがトイレで別れていなくなったことを話すと、なぜか二人は血相を焦りに変えた。


「みゆちゃん、それ絶対に迷子になってるぞ!」

「いや、それはないと思うぞ。俺たちが待ってた場所はトイレから三十メートルも離れてないところだったんだ。いくらなんでもあの短い距離で迷子は……」

「ううん、私もみおちゃんの心配は杞憂じゃないと思う。前にショッピングモールに行った時も、目的の店と真逆のほうに行ったり会計の場所が分からなくて困ったりしてたから」

「マジですか……」


 方向音痴にも程があるだろ……。


「みゆりちゃんから電話は?」

「それがトイレに寄る時にカバンごとスマホを俺に預けてて……」

「そう……連絡できない状況だと余計に心配だね……」

「でも小さな子供じゃあるまいし、さすがに誰かに道を訊くとかするでしょう」

「みゆちゃん、ああ見えて人見知りっぽいからなぁ。それに聞いたところでまた迷いそう」

「…………」


 だんだんと不安が募ってくる。まさか花咲はなさきにそんな欠点があったとは思わなかった。


 すぐに楽観視していた思考を改める。


「俺と彼塚かなづかが引き続き捜しますので、先輩たちは先に花火の待ち合わせ場所に行って姉貴たちに現状を伝えてください。何かあったら電話するので」


 二人が頷いたのを確認してから花咲はなさきのカバンと荷物を渡してそのまま別れた。


 河川敷に流れていく人の間を縫って、まずはトイレの位置まで戻る。


 花咲はなさきが超のつくほどの方向音痴だと仮定した場合、俺たちの待機場所を勘違いしてべつの裏路地に入って行ったのだろう。そして俺たちの姿がなくテンパり、どんどん見当違いな方向に進んでいる可能性がある。


 過去に森の中で迷子になったトラウマから暗いところは苦手そうだし、明かりで満ち溢れた祭りの会場から離れるようなことはないと思うけど…………この短い距離で俺たちを見失ったわけだから最悪迷いに迷って会場にすら戻れないということもあり得なくはない。


 もしものことを想定して(表通りは彼塚かなづかに任せて)俺は裏通りを重点的に捜そう。


 耳障りな室外機の音を聞きながら暗澹とした小さな通路を駆け抜けると、裏通りはたった一つ隣の道だとは思えないほど人気がない。遠くから聞こえる祭りの騒然さがより寂しげな静かさを際立たせている。


 家の中から漏れ出る電気の明かりと、等間隔で街灯が立っているので比較的見通しはいい。


 近所迷惑を承知で花咲はなさきの名前を呼びつつ、左右の小路に目を配りながら虱潰しに捜す。


 しかし、どこにも花咲はなさきはいない。一向に見つけられない状況に、だんだんと彼塚かなづかがすでに見つけ出していることを祈る諦めに近い気持ちのほうが強くなっていく。


 そんな中、前方に木製の鳥居が見えた。近くで見ると所々が腐食していてぼろぼろだ。


 参道の向こうには鳥居の状態と同じく古びた社が建っており、目を凝らしたら、その階段の所で足を抱えて座っている人影が薄っすら見えた。


 すぐさま「花咲はなさき!」と声を出して近寄っていくと、花咲はなさきはどこか憔悴した顔を上げる。


「ふ、藤城ふじしろくん……」

「大丈夫か? 怪我とか、体調とかは?」

「は、はい。特に悪くないです」


 どうやら何も問題ないようだ。本当によかった……。


 胸のうちから引いていく焦りに代わり、どうしても不満が募ってくる。


「まさかこんな所にいるなんて思わなかったぞ」

「えと……お手洗いから出て二人の元に戻ろうとしたんですけど、道が分からなくなって……」

「それはまだいいとしても、祭りの会場から離れるなよ。こんな人気のない場所で待ってても見つけてもらえないだろ」

「ご、ごめんなさい…………あの、他の人たちも捜してくれてるんですか……?」

「ああ。たぶん今も屋台の通りを彼塚かなづかが見回ってくれてるはずだ」

「そうですか……」


 申し訳なさそうに暗い顔を俯ける花咲はなさきに「まぁ大事にならなくてよかったよ」と言葉をかけつつ、怜兄れいにぃたちが大規模な捜索を決行するまえに無事に発見できたことを先輩に電話した。


「ごめんなさい」


 通話を終えたあと、花咲はなさきが消え入りそうな声でふたたび謝罪を口にした。


「もう済んだ話だからそう気を落とすな。これぐらいのことで誰も責める人はいないから」

「もちろん今の状況もですけど……でもそれだけじゃなくて……」

「他に何があるんだ?」

藤城ふじしろくんがわたしと彼塚かなづか先輩の仲を取り持とうとしてくれてるのに、わたしが意固地になってその頑張りを反故にしてることです……」


 どうやら俺たちの策略は見透かされていたらしい。


「それについては俺が謝る側だ。……悪かった。入学式であんなに怖い目に遭ったっていうのに、その加害者を仕向けるような真似して」

「そんなことありません! 藤城ふじしろくんもみんなも解決するために動いてくれていてすごくありがたいです! 元はといえばわたしが自分の都合で祈ったせいですから自業自得なんです!」

「いや、大元は彼塚かなづかの下衆な行動だ。花咲はなさきはその被害者だから気に病むな」

「……いえ、わたしが悪いんです。入学式のあの日、わたしがちゃんと話さなかったから」


 事情聴取の時に名乗り出て俺のことを庇わなかったことを深く悩んでいるのか。


「入学初日から言い寄られるなんて怖いことを、それも上級生からされたら誰でも冷静に対処できねぇよ。俺は当初から何とも思ってないから安心しろ」


 これ以上思い詰めさせないよう励ますが、花咲はなさきの苦心した表情は変えられない。


 そのとき、不意に背後からドォーンッと雷鳴にも似た大きな音が聞こえた。


 夜空を見上げると、祭りの温かさを表現したようなオレンジ色の巨大な光の華が咲いていて、ゆっくりと枝垂れるように消えていく。


 それが始まりの合図だったかのように、次々に大小様々な色合いの花火が打ち上がる。商店街主催だから規模的に控えめだと思っていたが案外に大迫力だな。


 何はともあれ、無事に花咲はなさきを見つけられた。ここにいても暗い思考に陥るだけだ。みんなで綺麗な花火を観覧すれば少しは気持ちが和らぐだろう。


「花火大会が始まったな。みんなのところに戻ろうぜ」

「…………」

花咲はなさき?」


 黙ったままその場から動こうとしないどころか、顔すらこちらに向けない。迷惑をかけてみんなに会いづらいとでも思っているのか。


 何と声をかければいいか悩んでいたとき、背後から地面の石畳を踏みつける激しい足音が聞こえてきた。


 こんな時間帯の廃神社に一体誰が!? と、おっかなびっくりして振り返ると、そこにはなんと彼塚かなづかの姿があった。


 一目でずっと走り回っていたことが分かるほど肩で息をしており、額からは汗が滴っている。表情は焦りに満ちていて花咲はなさきと俺の姿を見てもなお変わらず、呆然と立ち尽くしたままだ。


 体力がないことはおろか、あの他人のことをどうとも思わない彼塚かなづかが意外だ。


 そこで俺のことを凝視する花咲はなさきの姿に気がついた。俺と同じく彼塚かなづかの行動に驚いて意見を求めているのだろう。


「必死に捜してくれてたみたいだし、一応礼を言ったほうがいいんじゃないか」


 花咲はなさきは少しの間俺を見続けたあと、無言で頷いて立ち上がり、おずおずと彼塚かなづかの前に行く。


「あの……急にいなくなってごめんなさい。捜しに来てくれて嬉しかったです」


 緊張と恥ずかしさを表すように後ろ手を組みながら伝える。


 良い雰囲気だ。今までにない仲直りの兆しじゃないか。これをきっかけに二人の頑固さが緩んで、過去のいざこざに決着がつけばいいんだけど。


 しかし、俺の希望は高望みに終わる。


「言うことはそれだけか?」


 彼塚かなづかが態度に示したのは、場を取り繕う照れたようなものでも調子に乗る誇らしげなものでもなく、いつも俺に向けるような嫌悪感だった。顔は苦々しく歪み、声音には辛辣な感情が宿っている。


 それには花咲はなさきも動揺したようで「え……?」と固まってしまう。


 彼塚かなづかは俺を一瞥してから嘲るように言葉を吐く。


「何を言うかと思えば、こんな薄っぺらい言葉が出てくるなんて僕も馬鹿にされたものだな」

「ち、違います! 本当にただ感謝を伝えたかっただけで……」

「無関係の人たちにまで迷惑をかけて、よくまだその被害者面できるな。君に罪悪感ってものはないのか?」


 最初は心配の気持ちから出た怒りかと看過したが、さすがに聞き捨てならず二人の間に割って入る。


「お前いくらなんでもそれは言い過ぎだろ。花咲はなさきだって好きでこうなったわけじゃない」

「はっ。茶番もここまでくると滑稽だね。君が加勢するのは逆効果だよ」

「意味の分からない妄想は大概にしろ。何がそんなに気に食わねぇんだよ」

「君たちの全部だよ」


 せっかく花咲はなさきが好感を示しているのに、こいつはなんで素直に受け取らないどころか正反対の行動を取るのか。思考がまったく理解できない。


 あまりの身勝手さに二の句を継げずにいると、彼塚かなづかは呆れたように目を伏せ、


「これ以上、君たちのくだらないおままごとに付き合う気はない」


 時間の無駄だと言いたげに踵を返す。


 すぐさま花咲はなさきが「待ってください! 話を聞いて……!」と左手を差し伸べる。


 しかし、その手は体に届くまえに振り払われた。



「もう僕に関わるな」



 忌々しそうに睥睨したあと、それだけを言い残して来た道を引き返して行った。


 俺と花咲はなさきは何の行動にも移れず、ただ突っ立っていることしかできなかった。


 しばらくして、意識の外にあった花火の音が耳に入ってきて我に返る。


「……ったく。少しは良いところもあったって見直したのに結局はこれか。救えねぇな」


 さっきの俺の期待を返してほしいものだ。


「……ごめんなさい」


 花咲はなさきは振り払われた手を胸元でギュっと握りしめながら地面に目を落とす。


花咲はなさきが謝る必要なんてない。あんな自己中なやつのことは放っておけばいいんだ」


 なるだけ軽口のように言って深刻さを無くそうとするも虚しく。


 花火の光で浮かび上がる花咲はなさきの表情は、今にも泣き出しそうな悲しみに満ちていた。

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