第2話追放に次ぐ追放

「あ、あの……」


そういえばここは冒険者ギルド内だということを忘れていた。

受付の女性は気まずそうだ。他の冒険者たちにも先ほどの会話が聞かれていた。

俺たちはよく冒険者ギルドを利用している。

王家の後ろ盾があると言っても、旅立ちの日にはほとんど援助はなかった。

そのため、自分たちが生きていくためにクエストを受注して生きていくしかなかったのだ。

勇者といっても特別恵まれているわけではない。


「申し訳ないです、お騒がせして」

「それはいいんですけど……良かったのですか? 公爵家のお二人をパーティーメンバーから追放して……」

「気にしないで下さい。もう決めたことですから。後悔はしてないですけど、そちらにご迷惑おかけするかもしれないのが心苦しいです」


冒険者ギルドは表面上王家の傘下ではなく、独立した機関と言われている。

だが、実際は王家や貴族からの影響力は無視出来るものでもない。

彼らにも生活はあるので、何か良くない圧力がかからねばよいのだが。


「気にするない、勇者の兄ちゃん」

「ギルマス」


 奥から出てきたのは禿頭で巨躯の男性だ。このギルドのギルマスだ。


「兄ちゃんには娘が世話になった礼があるからな。王家や貴族が何か言ってきやがったら、ぶっ飛ばしてやる! それにしても痛快だったぜ! 貴族の坊ちゃんや嬢ちゃんが捨て台詞残して逃げていくのは! がははは!」


 以前ギルマスの娘さんが行方不明になったことがあった。捜索のクエストが出されていたので、探し回っていたところ、街の外で魔物に囲まれていたのだ。

 間一髪助け出し、街まで送ってきたのだ。

 それにしてもギルマスにまで会話を聞かれていたのか。気まずいな。


「ぶっ飛ばすって……ギルマスらしいですね。でも、大丈夫ですか? 営業の取り消しを言い渡されるかもしれないですし」

「そんな心配するくらいなら初めから追放なんてするな。自分のしたことが間違っていないと信じてるのなら胸を張れ! いいじゃねえか、ダチのために気に入らねえ奴を追放するなんて嫌いじゃねえぜ。心配するな、冒険者ギルドは独立した機関だと王家側が言ってるんだ。それを破って何らかの処置をしてきやがったら、民の信頼を失っちまう。自分たちが言ってることを破ったんだからよ。それに、冒険者ギルドは王家から何の援助も受けちゃいねえ。こっちが上納金払ってるくらいだ。自分たちの食い扶持くらい自分たちで稼げらぁ」


 言われてみればそうだ。覚悟が足りてなかったのかもしれない。自分たちに災いが降りかかってくるのは覚悟していたが、誰かに迷惑をかけるのは申し訳ないという気持ちがある。でも、そういうのもひっくるめて覚悟しないといけなかったのかもしれない。


「確かに。自分的には覚悟してやったことでしたけど、ギルマスからしたら覚悟が足りてないように見えたかもしれませんね」

「勢いで言っちまったんだろ? いいじゃねえか、若いねえ。そんな考え込むな。文句言ってくる奴は全員ぶっ飛ばすくらいの心持ちでいろよ! そんで魔族なんてのも全部ぶっ飛ばしてしまえ! お前ら二人ならやれるだろ?」

「はい! 俺たちならやれます! 魔族なんてぶっ飛ばしてやります!」

「いい返事だ。期待してるぜ」


 二人だけになってもやり切ってみせると誓ったんだ。ここで日和っててもしょうがない。


「責任重大だね、ジャスティン」

「ああ。まあ、俺は心配してないがな。ノア、お前がいるからな」

「え? 僕なんて何の役にも立たないと思うけど……いつもジャスティンの補助しかできないし……」


 こいつは卑屈な性格さえ直せば本当は勇者になれたのに。誰よりも勤勉だが、自信のなさが勝負所で思わしくない結果をもたらしてきた。

 それに優しすぎる性格も拍車をかけている。勇者学院時代に、ノアは実技の成績が芳しくない生徒と対戦した。

 いくら実技が苦手なノアといえど、遅れをとるような相手ではない。

 だが、ノアは敗北した。それも誰の目にも明らかな程に手を抜いて。

 俺はノアを叱った。相手に対する侮辱だと。そんなノアの口から飛び出したのは『仲間が退学するのが寂しい』だった。

 当時は甘すぎる、こんなことではやっていけないと思ったが、その甘さを鑑みても余りある努力でノアは最終選考まで俺を追い詰めた。

 甘さを捨てて、他者を陥れる厳しさをもってすれば本当はノアが勇者だったのかもしれないと常々思うが、その優しさがあったからこそ、俺は今まで一緒にノアといたんだ。

 人は優秀だから一緒にいるわけではなく、相性がいいからいるんだと気付かされたのだ。


「お前が最強だ」

「え? 何? 何か言った?」

「何でもない」


 いつかノアが自らを肯定できる日が来ればいいなと思う。その日まで俺はその手伝いをさせてもらうだけだ。


「ふふ、微笑ましいですね。本当の兄弟みたい」

「だな。兄ちゃんの坊主に対する評価は半端じゃねえぞ。坊主、もっと自身を持て! お前は勇者に認められた男なんだからよ!」


 ギルマスはノアの背中をバシバシと叩いた。


「いて! はは……そうしたいと思うんですけど、つい弱気になっちゃって……ジャスティンの背中を守れる人間になりたいと思ってるんですが……」

「もうなってる」


 俺の相棒はノアしかいない。背中を安心して任せられるのは。今まで一緒にいたのがその証明だ。


「ノアさん、自信持ってください。ジャスティンさん、いつも貴方のどこが素晴らしいってプレゼンしてくるんですよ。本当に貴方のことを認めてるんですよ」

「ああ、しつこくって仕方ねえ。わかったって言ってんのによ。ん? 何だ?」


 二人に俺がノアを褒めちぎっていることをばらされてしまった。こっぱずかしいな。それよりもギルド内の空気が変だ。

 俺の最も忌み嫌う他人を見下す空気だ。


「無能はパーティー追放だ! 出ていけ、出ていけ。ぎゃははは!」

「そうだ、そうだ、無能。無能。ひゃははは!」

「そんな……確かに私は無能ですけど、私なりに頑張っています……どうかそんなこと言わないで下さい」


 少し前までこんな光景が繰り広げられていた。それも自分事だ。

 今度は、他のパーティーのこととはいえ、胸糞が悪い。冒険者ギルド内でよく目にする光景だが、何回見ても慣れるようなことではない。

 モヒカン頭の二人組が女性に無能扱いし、パーティーから追放しようとしているのだ。


「あぁ? 何見てんだ? 見せ物じゃねえぞ。な……何で勇者様……じゃなかった、勇者がここにいるんだ……? 文句があるのなら勇者といえどただじゃおかねえぞ!」

「すごんでいるわりには声が震えているぞ。先ほどの言葉を取り消せ。そちらの女性に対する侮辱は許さん!」

「ふん、無能を無能と言って何が悪い! こっちの問題に首を突っ込んでくるな! お説教なら他所でやれ。文句があるのなら相手になってやるぞ!」

「触るな」

「い……いてぇ……」


 モヒカン頭の一人が俺に掴みかかってこようとしたので、逆に腕を捻りあげた。

 黙ってやられるわけにはいかないから。

 俺の悪い癖だ。つい、面倒ごとに首をつっこんでしまう。


「それでどうなんだ? 先ほどの発言を撤回するのか?」

「わ……わかったから放してくれ……撤回する……撤回する……」


 俺はその発言を聞いてモヒカン頭の腕を放した。


「お、覚えてろよ! この借りは必ず返す!」


 捨て台詞を吐いてギルドから二人は出て行った。

 何でこういう輩は捨て台詞を吐くのが好きなんだろうな。

 俺の頭には別の誰かたちが過ぎっていたのだ。

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