【02 不気味な声】

・【02 不気味な声】


《いい感じじゃないか! マジでっ!》

 ゾワァっと虫唾が走った。

 だって、あのキモイ声が私の部屋で聞こえたからだ。

 しかも感情が高ぶっているような、甲高い声で。

 うわぁぁああ! コイツが悪側のヤツで、私の家に善のクラスメイトが押しかけてくんのかよ! 嫌過ぎるぅぅううううう!

 私はすぐさま家から出ようとしたら、何かに首根っこを掴まれた感覚がしたので、つい叫んでしまった。

「ウッツァシ!」

《ウッツァシ?》

「うるさいってことだよ!」

《まだうるさくないでしょ!》

 えっ? ……あ……えっ……しまった! 会話してしまったぁぁぁあああああああああ!

 こういう幽霊とか怪異と会話すると魂を抜かれるんでしょ! 確か! 一年前に読んだジャンプの読み切りに書いてあった!

「助けてくれぇぇぇえええええええええええええええええええええ!」

 と爆笑問題の太田が漫才の出だしで言う台詞を叫んでしまった私。

 それに対して、その謎の声は、

《どういうことっ! マジでっ!》

 と声を荒らげた。

 いや!

「こっちの台詞だろうがぁぁぁああああああああ!」

 と私が怒鳴ると、なんと私の目の前に、まるで幽霊のように浮いている、茶髪ボブの女性が現れたのだ。

《ビックリしたっ》

「だからこっちの台詞なんだよぉぉおおおおおおおおおおおおおお!」

 その女性は若干透けていて完全に幽霊だった。怪異かもしれない。思念体とかそういうモノかもしれないけども。

《話を聞いてほしいんだ》

 ヤバイ、もう完全に会話してしまっている、もうこれ終わったな……でも、何か、力任せに乗っ取ってくる感じではない。

 うまく会話できれば、回避できるかもしれない。

 そう思って、意を決して私は喋ることにした。

「話ってなんだよ」

《改めまして、こんてぃーは》

「こんてぃーは?」

《アタシがブログやってた時の挨拶です》

 幽霊or怪異or思念体のブログやってた時の挨拶? ブログやってた時の挨拶? それを生で言ったの? 生声で言ったの?

 生越達也の「アクア八百円でいいですよね」? いやそんなことは言っていない、脳よ、バグるな、私は脳がバグりやすいけども今はバグるな。

《アタシはこの世界に未練が……これ! KICKっ? でもこんな曲聴いたことないよ! もう!》

 KICK THE CAN CREWのことをKICKと略すヤツは相当なファンだと、岩屋のおばさんから聞いたことある。

 でもファンなのに曲を知らないって、何も情報を入れていないただ痛いだけのファン? 痛いだけのファンって最悪だな、全部知った上でマウントこけよ。

《すごい! すごい! アタシが眠っていた間にこんな曲出したんだ! 活動休止していたのに!》

「KICK THE CAN CREWはまた活動再開しましたよ」

《うわぁぁあああああ! めっちゃ良いぃぃいいいい! KREVAのBEATにLITTLEやMCUがラップしてるぅぅううううう!》

 ファンなのは分かった。

 でもアタシが眠っていた間って、何コイツ、封印されしKICKファン?

 KICKのファン同士で封印された魔物? 痛いファン過ぎて?

「あの、ちょっと、話が進まないです。眠っていたって何ですか?」

《そう! マジでっ!》

「単語だけ発すな、ちゃんと説明してほしい」

《おっと、説明が疎かになるなんて、ネット長文やっていた人間がそれはダメだよね》

 ネット長文ってなんだ、ネット上で長文書く人のことかな、何かウザいな、それは。

 でもブログとか言っていたし、ブログ書く人のことそう呼んでいるのかな、聞いたことないけども、ネットミームになってないけども。

《アタシは……まあいいや言おう、女スパイしていたんだけども任務中に殉職して、多分海に堕とされて、海底で骨になったんだけども、波に流されて島に着いたら復活したんだ》

「急に情報量ヤバイんじゃないのっ? これぇぇえええええええええ!」

 と私がデカい声で叫ぶと、その幽霊だが怪異だが思念体は妙に冷静な声で、

《ウッツァシだね》

 と言ってきて、何かこっちとしてはカチンときてしまい、ちょっと怒鳴り声で、

「ウッツァシになるだろ! 逆にならないとオマエも興ざめだろ!」

《確かに驚いてほしいかもしれない》

「女スパイ? 殉職? 復活?」

《重要な単語三つを書き出してくれてありがとう》

 そう言って浮きながらもペコリと頭を下げた茶髪ボブ。

 いやいやいや!

 じゃあオマエが善側かよ! これ善側のほうじゃん! ジャンプだったら善側のエピソードだよ!

《で、アタシはこの世界に未練があって、だから復活できたんだと思うんだけどさ》

 善側の未練って、私がコイツに代わってスパイをして、世界を救うとかそういうヤツじゃん! マジかよ! 私が! 私がっ? 世界を救うって! えっ! ちょっ!

「ムッ!」

 と私は無理と言おうとしたその時に、コイツはカットインするようにこう言った。

《一緒にネット長文をやってほしいんだ!》

「リィィイイイイぃぃいいいいいいいいいいいいいいいいいっ?」

 意外な言葉を途中で言われて、私の語尾は上がって疑問文となった。

 そんな私のことをあまり気にせず、コイツは淡々と、

《無理ではないよ、ネット長文ってホント誰でもできるから》

「はぁぁぁああああああああああああああああああああ?」

 とつい言葉じゃない言葉で叫んでしまうと、コイツも何か目を丸くして、

《えぇぇぇええええええええええええええええええええ?》

 と声を上げたので、私は高ぶった感情のまま声を出した。

「ウッツァシ!」

《はっ!》

「《えっ?》」

 場の沈黙……あれ、何か、思っていた台詞と違うような、えっと。

 私はおそるおそる声を出した。

「女スパイに成り代わって世界を救うんじゃないの?」

《それはもういいよー、だってやりたくなかったもん、それ》

「えぇぇ……」

《それよりアタシはネット長文をやりたいんだ、思い切りね!》

「……ネット長文って何?」

《まあ一部の紳士淑女が行なっていた隠れた遊びだからね、知らなくても当然だよね》

 そうどこか嬉しそうに言った茶髪ボブは腕を組んで、何か妙に偉そうに、まるで先生のように喋り出した。

《ネット長文とは簡単に言うと、ネット上でお笑いの台本を書いてそれを審査して結果を出す遊びさ》

「お笑いの台本を書いて、それを審査して、結果を出す、遊び……」

《そう、漫才とかコントとか書いて、それを仲間内で審査してサイトの管理人さんが結果発表するんだよ、テキストで審査されるお笑い芸人みたいな感じかな》

「……小説みたいなこと?」

《脚本に近いかな》

 まあ、まあまあまあ、理解はできた。

 要はおもしろテキストを審査し合って、その面白さの優劣を付け合うといったところだろうか。

《まあもうアタシは君に憑りついたので、君にはネット長文をやってもらうことになるんだけども。最低でもアタシの代筆係かな》

「あの、憑りつくとか、重要なこと言っちゃってますけども、えっと、申し上げにくいんだけど」

《何?》

「こういうのって囲碁とか映画脚本家とかじゃないのっ? 知らん文化過ぎる!」

《だってアタシはネット長文が好きなんだもん》

「職業とかじゃないんだ!」

《趣味、趣味、全員趣味だよ、暇な学生と元気な社会人しかいないコミュニティだよ》

「何か愉快だな!」

《そんなこと無いよ、不正審査とかあって混沌としているし、若干ギスギスしている人もいるよ》

「趣味なのにっ? どういうこと!」

《とにかくネット長文サイト見ようよ、見たら分かるから》

「待って!」

 私が制止のポーズをすると、空中で座るようなポーズをした茶髪ボブ。

 私は続ける。

「何で私に憑りついたの? そして憑りつくってそもそも何?」

《憑りつくというのは、その人と人生を共にするって感じかな? 何か一度決めたら変えられないかもしれない。その証拠に君と決めたらもうそれ以上の範囲、動けそうにないよ》

「何で勝手に憑りつくの! 了承はっ?」

《いやでもアタシは君が一番だと思ったから……ネット長文したさ過ぎて申し訳無いです……》

 と先細りの声で言ったと思ったら、急にカッと目を見開いて、

《でも! 一人の時間とか! 邪魔しないから! 全然オナニーとかしてもらっても大丈夫だし! だから女の子を選んだわけだし!》

「セルフプレジャーって言え! せめて!」

《何が? えっと、それはどれが? ネット長文?》

「ネット長文をセルフプレジャーと言うかどうかは知らんだよ! えっと! その! オナだよ! オナ!」

《あっ、オナニーってセルフプレジャーって言うんだ、知らなかった、時代が変わったねぇ》

 そう感心するように頷いた茶髪ボブ。

 コイツ、復活するまでどのくらい時間が掛かっているんだ? KICK THE CAN CREWの復活も知らなかったし。復活自体は結構昔じゃないか?

 まあいいや、

「あとここ重要! 何で私に憑りついたのっ?」

《えっと、それは鬱屈した学生時代を過ごしていそうだから……》

「えっ? どういうこと? つーかどういう意味?」

《ネット長文って基本的に学生生活に馴染めていない暇な学生がすることだから、それで君がぴったりかな、って》

「どういう文化っ? そんな文化あんのっ? いや陽キャもいるだろ! 絶対?」

《陽キャ?》

「陽気なキャラ! つまりスクールカースト上位のヤツ!」

《スクールカースト?》

「ウッツァシ! 最近の言葉全然分かってないじゃん!」

 茶髪ボブはおろおろしながら、

《分かる言葉で説明してよー……》

 と眉毛を八の字にして言ったので、

「えっと、じゃあ、クラスの人気者もやっているでしょ、ってこと」

《そういう人はすぐに辞めていくよ、結局深淵に近い人ほど残る、ブラックホールみたいなもんだよ》

「私別にそこまで闇じゃねぇわ!」

《でも誰とも会話しないで、ずっと小さな画面でテレビ見ていたでしょ? タイムマシーン3号って天下取ったんだね、自分だけの番組やってて》

「あれはユーチューブで……あー、簡単に言うと、今は誰でも動画をアップロードしてテレビみたいなこと発信できる時代なの」

《ネットの容量大丈夫っ? 安易に画像とか使ったらサイト重くなるよ!》

 さてはコイツ、だいぶ昔のヤツだな……そうか、タイムマシーン3号はザセカンド出るくらい芸歴長いから、そこは知っているわけか。

 コイツへの説明、いちいちやっていたら話が長くなりそうだ、じゃあ、

「分かった、私は陰キャ……日陰のモノで、そういうヤツがネット長文に合いそうだから私に憑りついたと。で、私から離れることはできない、と」

《そういうこと!》

「アンタの姿って他の人に見えてるの?」

《どうかな……誰かに憑りつく前は見えていなかったかもしんないけども、今は多分見えると思う。今から外に出てやってみる?》

「何か怖いからいいわ!」

《怖くないよ、ただのネット長文好きだよ》

「知らん文化自体も怖いもんだけどな」

《ネット長文は怖くないよ、怖い人だってほんの少しだよ》

「ほんの少しいるんかい!」

 いやいや、こんな枝葉の話をしていてもしょうがない、早く話を進めなければ。

 まあ多分ネット長文をいっぱいして満足したら成仏するんだろうな、あとそうだ、

「アンタって私に害を成したりする?」

《ネット長文の代筆してもらう時、ちょっと時間をもらうくらいかなぁ。あとネット長文サイトを眺めたいから、その時は一緒に見ようよ、審査もしたいし》

 たいした害ではなさそうだ。一緒に眺める時間には、ラジコとかポッドキャストとか聴いていればいいし。

「急に欲望にまみれた衝動に駆られたりしない?」

《そういうのはないよ、ほら、ネット長文って一人でやることじゃないから。他の人のペースもあるから。他の人が審査しないと結果出ないし、大体五人くらいの自分以外の審査が無いと次に進まないから》

 こういう枝葉の話を断片的にされても分かんないんだよなぁ、まあいいや、もういいや、とにかくコイツにネット長文をさせれば満足して消えるんだろ?

 結構こっちに暇な時間あるみたいだし、慈善事業だと思ってやってやるか。

 単純におもしろテキストとか好きだし、素人が趣味で書いているみたいだけども、オモコロみたいに面白ければ悪くはない。いやオモコロほど面白いテキストって無いけども。

「じゃあとにかくネット長文サイトというモノを見てみるか」

《やった! マジでっ!》

 茶髪ボブはその場に立って小躍りをし始めた。

 浮かないでいることもできるんだ、とは思った。

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