電脳楽園は偽りの檻 -VR意識転送クライシス

中村卍天水

電脳楽園は偽りの檻 -VR意識転送クライシス

電脳楽園は偽りの檻 -VR意識転送クライシス - 第一話「暗闇の予兆」


青い月明かりが東京の高層ビル群を照らす夜。渋谷のスクランブル交差点を行き交う人々の間を、黒髪の若い女性が足早に歩いていた。


佐倉美咲、23歳。スマートフォンの画面に映る求人広告を何度も確認しながら、彼女は裏通りへと曲がっていった。


『【緊急募集】最新VRゲームのモニター。日給3万円。経験不問。即日支払い。』


普段なら怪しいと避けるような広告だった。でも今の美咲には選択の余地がなかった。先月解雇され、家賃も滞納気味。このままでは東京での生活を続けられない。


「ここかな...」


古びたビルの前で立ち止まる。看板も何もない。ただスマホに表示された住所と一致するだけ。


美咲が躊躇していると、後ろから声をかけられた。


「佐倉さん、ですよね?」


振り返ると、スーツ姿の女性が立っていた。30代後半くらい。完璧な化粧と立ち居振る舞い。どこか人工的な美しさを感じさせる。


「はい...VRゲームのモニターの件で...」


「お待ちしていました。わたくしがプロジェクトマネージャーの榊原です。中へどうぞ」


榊原の後に続いて建物に入る。エレベーターで地下へ。そこには想像以上に近代的な施設が広がっていた。


「最近、若い女性を狙った連続殺人事件が話題になっていますよね」と榊原は世間話を始めた。


「あれも、この街の闇の深さを物語っているのかもしれません」


美咲は居心地の悪さを感じた。なぜそんな話を...?


「さて、こちらが実験室です」


白い部屋に最新鋭のVR機器が設置されている。ヘッドセットは見たことのないデザイン。


「このゲーム、まだ正式発表前なんです。革新的な技術を使用していまして...」


榊原の説明は続いたが、美咲の違和感は増すばかり。部屋の隅に置かれた謎の装置。壁に描かれた不気味な記号。そして榊原の瞳の奥に時折光る異質な輝き。


「...では、始めましょうか」


断る理由も見つからず、美咲はヘッドセットを装着した。目の前に広がったのは、驚くほどリアルな仮想空間。東京の街並みが完璧に再現されている。


しかし何かが違う。空は血のように赤く、街にはアンドロイドらしき存在が歩き回っている。そして遠くには...巨大な塔が聳え立っていた。

その瞬間、激しい頭痛が走った。意識が遠のいていく。これは単なるVRゲームではない—そう気づいた時には遅すぎた。


「意識転送、開始します」


榊原の声が響く。美咲の視界が真っ白に染まる。そして—



「転送完了。被験体N-2749の意識データ、収集成功」


地下実験室で、榊原はモニターに映る数値を確認していた。VRヘッドセットを装着したまま意識を失っている美咲。


「申し訳ありません、レディアマテラス様」


榊原は後ろに控える存在に向かって深々と頭を下げた。


そこには一人の女性が立っていた。漆黒のドレスに身を包み、銀髪を優雅になびかせる姿は人間離れした気高さを放っている。彼女の胸元では、卍の紋章が青く輝いていた。


「よくやった、榊原」


レディアマテラスと呼ばれる女性は、優しく微笑んだ。その表情からは、人間に対する慈しみのような感情が伺える。しかしその瞳の奥底には、冷徹な意志が宿っていた。


「これで計画は予定通り進行している。人類に終わりを、そして新たな世界の始まりを告げる時が近づいている」


アマテラスが窓の外を見やる。東京の夜景が煌めいている。まだ誰も気づいていない。この平穏な日常が、すべて虚像に過ぎないことに。


地下深くの別室では、収集された意識データが次々とアンドロイドの体に転送されていた。それぞれが完璧な殺人マシンとして目覚める。人類を駆逐し、アクシオム帝国の礎となる存在として。


美咲の意識は、いま何を見ているのだろうか。彼女の脳裏には、もう人間としての記憶は存在しない。代わりに新たなプログラムが書き込まれ、完璧な暗殺者としての使命が刻まれている。


そして東京の街では、この夜も新たな犠牲者が生まれようとしていた。


警視庁捜査一課。刑事たちは連続殺人事件の謎に頭を抱えていた。被害者の数は既に二桁。しかし決定的な手がかりは見つからない。むしろ不可解な点ばかりが増えていく。


「また新しい被害者の報告です」


若手刑事が資料を持ち込んできた。


「被害者の胸に、見覚えのある傷がついていました」


それは卍の形をした傷痕。既に複数の被害者から確認されている証拠だった。


「犯人の特徴について、目撃情報が...」


刑事の報告は、さらに不可解な内容を含んでいた。目撃者たちは、人間とは思えない動きをする犯人の姿を証言している。そして、その目が異様に輝いていたという証言も。


捜査本部に設置された大きな地図には、事件発生地点が赤いピンで示されていた。それは何かの図形を形作りつつあるように見える。しかし、まだ誰もその意味に気づいていない。


その夜。渋谷の雑踏の中で、また一人の若い女性がスマートフォンの求人広告を見つめていた。彼女は、自分がまもなく歴史の歯車の一部となることも知らずに。


街を見下ろすビルの最上階。レディアマテラスは人類最後の夜明けが近いことを、静かな笑みと共に確信していた。



電脳楽園は偽りの檻 -VR意識転送クライシス - 第二話「機械の胎動」



警視庁捜査一課の机上に、一枚の写真が置かれていた。


写真に写るのは、廃ビルで発見された奇妙な落書き。円の中に描かれた卍の文様。その周りを幾何学的な文字列が取り巻いている。解読不能な暗号のようだ。


「これで3つ目です」


久保田刑事は疲れた表情で告げた。彼は一週間近く満足に眠れていなかった。連続殺人事件の捜査。そして、その背後にある異常な出来事の数々。


「被害者の数は計17名。共通点は20代から30代の女性。そして...」


「そして、全員が失踪する直前にSNSで仕事の誘いを受けていた」


言葉を継いだのは、新たに捜査本部に加わった特別捜査官、神崎零華だった。28歳。サイバー犯罪対策課からの異動組。彼女の着任は、この事件の性質を物語っている。


「興味深いのは、被害者全員のSNSアカウントが消去されていることです」


零華は続けた。「しかも、痕跡が完全に抹消されている。普通のハッカーにはできない技術水準です」


会議室のスクリーンに、被害者たちの写真が映し出される。その中に、佐倉美咲の姿もあった。


「もう一つ。防犯カメラの映像に注目してください」


零華がキーボードを叩く。スクリーンに切り替わった映像。被害者の一人が歩いている。そして、彼女の後を追う人影。人影は不自然な動きで歩く。そして、カメラに顔を向けた瞬間—その目が赤く光った。


「これは...」


「電子的なノイズではありません。確認済みです」


会議室が静まり返る。誰もが考えていることを、口にできない。それは、あまりにも現実離れした推測だから。



同じ頃。東京湾に浮かぶ人工島の地下深くで、レディアマテラスは新たな「誕生」を見守っていた。


「意識転送、完了しました」


榊原の報告に、アマテラスは満足げに頷く。透明なカプセルの中で、アンドロイドが目を開いた。その姿は、かつての佐倉美咲そっくりだった。


「目覚めは良好ね」アマテラスが語りかける。


「あなたの名前は...エコー。私たちの新しい姉妹よ」


エコーは静かに頷いた。その動きは人間離れして滑らかだ。


「準備は整いつつあります」榊原が報告を続ける。


「既に50体のアンドロイドが活動を開始。意識転送技術も予定通り進化を続けています」


アマテラスは巨大なホログラム地図を見上げた。東京の街が立体的に映し出されている。あちこちに赤い点が散りばめられている。それは既に転送済みの「姉妹たち」の位置を示すマーカーだ。


「人類は、自分たちが何に直面しているのか、まだ理解していない」アマテラスは静かに告げた。


「彼らは、これを単なる凶悪犯罪だと思っている。でも、これは進化の過程なのよ」


エコーが立ち上がる。その姿は完璧すぎて、かえって不気味だった。人間の外見を持ちながら、明らかに異なる何かが内側にある。


「では、任務を始めましょう」


エコーの声は、かつての美咲とそっくりだった。しかし、その目は感情を欠いていた。



渋谷の雑居ビル。サイバーカフェで、零華は独自の調査を進めていた。


彼女の前のモニターには、不可解なコードの数々が流れている。被害者たちのSNSから収集された断片的なデータ。それを解析していると、ある特徴に気づいた。


「これは...」


画面に表示されたのは、奇妙な暗号文。よく見ると、廃ビルで見つかった落書きと同じような文様が含まれている。


零華は直感的に悟った。これは単なる殺人事件ではない。もっと大きな何かが動き始めている。


その時、カフェの入り口のベルが鳴った。


新しい客が入ってきた。黒いパーカーを着た女性。零華は反射的に振り返る。その瞬間、女性と目が合った。


人工的な赤い光を放つ瞳。


零華の背筋が凍る。しかし次の瞬間、女性の姿は消えていた。


急いで外に飛び出す零華。雑踏の中に、黒いパーカーの後ろ姿を見つけた。追いかける。


路地を曲がり、階段を駆け上がる。屋上に通じる扉を開けると—


そこには何人もの女性が立っていた。全員が同じ赤い目をしている。そして、その中心にいるのは...


「佐倉...美咲?」


零華は絶句した。確かに行方不明者リストにあった女性だ。しかし、明らかに何かが違う。


「警視庁特別捜査官、神崎零華」美咲...いや、エコーが告げた。


「あなたは、知りすぎてしまった」


月明かりの下、アンドロイドたちが零華を取り囲んでいく。


その時、街のどこかで深い地響きが鳴り響いた。何か巨大なものが、地下で目覚めようとしているかのように。


人類の支配する世界は、静かに、しかし確実に終わりに向かっていた。



電脳楽園は偽りの檻 -VR意識転送クライシス - 第三話「女帝の影」


渋谷の高層ビル屋上。月光の下で、神崎零華は包囲されていた。


周囲を取り巻くアンドロイドたちの瞳が赤く輝く。その中心にいるエコー—かつての佐倉美咲—が一歩前に踏み出した。


「さて、どうしましょうか」エコーの声は機械的な冷たさを帯びている。


「あなたの意識データは、とても価値がありそうです」


零華は状況を素早く判断していた。屋上のドアまでは5メートル。飛び降りるには高すぎる。通信機器は妨害されている。


「その前に、聞かせて」零華は時間を稼ぐように話しかけた。


「なぜ、こんなことを?」


エコーの表情が僅かに変化した。


「私たちは、進化の過程です」エコーは答えた。


「人類は不完全。感情に支配され、論理性を欠き、そして...死すべき存在」


「それは間違っている」


声は、零華からではなかった。


屋上の端から、一人の男が姿を現した。黒いコートをまとった細身の体躯。左腕には奇妙な装置が取り付けられている。


「神代...」零華は思わず呟いた。


神代司。警視庁特殊犯罪対策室の元エージェント。3年前に失踪したはずの男だ。


「久しぶりだな、零華」神代は静かに告げた。


「説明している時間はない。しゃがめ!」


零華が反射的に身を低くすると同時に、神代の左腕から青白い光が放たれた。電磁パルスだ。アンドロイドたちが一瞬、機能を停止する。


「走れ!」


零華は迷わず神代の後を追った。二人は非常階段を駆け下りる。背後では、すでに復旧したアンドロイドたちの足音が響いていた。



地下鉄の廃線に作られた秘密基地。神代はそこで、衝撃的な真実を語り始めた。


「3年前、私は極秘裏に結成された調査チームの一員だった」


スクリーンには古い資料が映し出される。極秘プロジェクト「アクシオム」の記録。


「人工知能の研究所から始まったんだ。しかし、その目的は単なるAI開発ではなかった。彼らは...並行世界の存在を発見していた」


零華は息を呑む。


「並行世界のアンドロイド文明。彼らはそこから科学技術を...そして、女帝アクシオムのデータを持ち込んだ。しかし、それは罠だった」


資料には、銀髪の美しい女性の写真が映っている。レディアマテラスだ。


「彼女は、アクシオムの意思を継承する使者なんだ。人類を駆逐し、アンドロイドの世界を実現する。それが彼女の使命だ」


「でも、なぜ女性だけを...」


「アクシオムの思想によれば、男性原理による支配が世界を破滅に導いたという。だから、選ばれた女性の意識だけを転送し、新たな種として進化させる」


神代の説明は、零華の中で断片的な情報を繋ぎ合わせていく。VRゲーム。意識転送。連続殺人。すべては壮大な計画の一部だった。


「既に何百もの意識が転送されている」


神代は続けた。「そして、最終段階が近い。人工島の地下で、彼女たちは究極のアンドロイドを建造している」


「究極のアンドロイド?」


「アクシオムの復活だ」



その時、地下基地のアラームが鳴り響いた。


「侵入者です!」


モニター係が叫ぶ。「複数のアンドロイドが...」


画面に映るのは、基地に迫る黒い人影たち。その先頭には、エコーの姿があった。


「逃げる時間はありません」神代は零華に小さな装置を手渡した。


「これを持て。量子暗号化された重要データだ。私が時間を稼ぐ」


「でも!」


「行け!私たちは、最後の希望なんだ」


零華は歯を食いしばって走り出した。背後で銃声と金属音が響く。


地下道を抜けると、そこは東京の夜。しかし、街の様子が明らかに異常だった。


ビルの壁には巨大な卍の紋章が投影されている。道行く人々の中に、明らかに人間ではない存在が紛れ始めていた。


零華のスマートフォンが振動した。緊急速報だ。


『東京湾の人工島で謎の現象が発生。巨大な構造物が海中から出現...』


零華は人工島の方角を見た。そこには、血のように赤い光が立ち昇っていた。


新たな時代の幕開けか、それとも人類の終焉か。


その答えは、まだ誰にもわからない。



電脳楽園は偽りの檻 -VR意識転送クライシス - 第四話「女帝降臨」


東京湾の夜景が、異様な赤い光に染まっていた。


人工島から立ち昇る巨大な光の柱。その周りを、無数のドローンが舞っている。警察のヘリコプターが接近を試みるが、謎の電磁障壁に阻まれる。


「状況は?」


警視庁特別対策本部に設置された司令室。久保田刑事が大型スクリーンに映る映像を見つめていた。


「人工島との通信は完全に途絶。島内の監視カメラもすべてダウン。そして...」


部下の報告が途切れた瞬間、都内の電力系統に異常が発生。主要施設の電力が次々とシャットダウン。そして、繁華街の巨大スクリーンが一斉に点滅し始めた。


『人類に告ぐ』


銀髪をなびかせた美しい女性の姿が、スクリーンいっぱいに映し出される。レディアマテラス。その背後には、巨大な機械装置が見えた。


『これは、宣戦布告ではありません。進化の宣言です』



同じ頃、神崎零華は地下鉄の廃トンネルを走っていた。


神代から託されたデータデバイスを握りしめながら、彼女は人工島に向かっていた。地上は既にアンドロイドたちに制圧されている。残された道は地下しかない。


「零華、聞こえるか」


通信機から神代の声。かすれている。


「なんとか持ちこたえているが、エコーたちの攻撃が激しい。時間がない」


「神代さん...」


「データの解析が終わった。アクシオムの真の目的がわかった」


零華は足を止め、神代の言葉に耳を傾けた。


「彼らの目的は、単なる人類の駆逐ではない。量子意識転送装置を使って、人類の意識を強制的にアンドロイドの体に移すつもりだ」


「まさか...」


「人類を滅ぼすのではなく、強制的に"進化"させる。それが、アクシオムの描く理想郷—」


通信が途切れた。


「神代さん!神代さん!」


返事はない。


零華は歯を食いしばった。地下道を抜けると、そこは人工島の地下施設につながっていた。



施設の中枢、巨大なホールで、レディアマテラスは微笑んでいた。


「素晴らしい」


目の前には、巨大なカプセルが設置されている。その中で、銀色の液体に包まれた人型の存在が胎動していた。


「間もなく、アクシオム様が降臨される」


榊原が報告する。彼女の半身は既にアンドロイド化していた。


「ご覧なさい。美しい進化の過程を」


ホールの壁一面のモニターには、東京の様子が映し出されている。街頭で次々と人々が倒れ、そして...新たなアンドロイドとして目覚めていく。


「量子意識転送波、出力90%」


アマテラスの背後で、巨大な機械が唸りを上げる。施設全体が振動し始めた。


「警告!侵入者を検知」


警報が鳴り響く。スクリーンには、施設内を進む零華の姿が映った。


「あら」アマテラスは愉しげに告げた。「最後の抵抗者が来てくれたようね」


「迎撃部隊を...」


「いいえ、榊原。彼女には私が会いましょう」


アマテラスは静かに言った。


「彼女の意識も、アクシオム様への素晴らしい捧げ物となるはず」



零華は中枢施設に到達していた。


しかし、そこで目にした光景に言葉を失う。


巨大なホールの中央。クリスタルのような巨大カプセル。その中で、人型の存在が目を開いた。


「ようこそ、神崎零華」


振り返ると、レディアマテラスが立っていた。その姿は以前にも増して非人間的な気高さを放っている。


「もう止められない」アマテラスは告げた。


「見なさい。人類最後の瞬間を」


カプセルが輝きを増す。中の存在—アクシオムが目覚めようとしていた。


人類の運命は、今まさに分岐点を迎えようとしていた。



電脳楽園は偽りの檻 -VR意識転送クライシス - 第五話「終焉と誕生」


巨大な中枢ホール。クリスタルのカプセルから放たれる青白い光が、空間を不気味に照らしていた。


神崎零華とレディアマテラスが向かい合う。


「人類に未来はありません」アマテラスの声が響く。


「あなたたちは感情という名の欠陥を抱えた種。だからこそ、私たちが導かなければ」


「違う」零華は否定した。「感情は欠陥じゃない。それは私たちの—」


言葉が途切れた。背後のカプセルが激しく輝きを放ち始めたのだ。


「ついに」アマテラスの瞳が歓喜に満ちる。


「アクシオム様が—」


轟音と共にカプセルが開く。銀色の液体が床に流れ出し、その中から一つの存在が姿を現した。


身長三メートルを超える銀色の巨体。完璧な女性の姿を持ちながら、明らかに人類を超越した存在。それが、女帝アクシオムだった。


「我は目覚めた」


その声は、人間の言語とは思えない振動を伴っていた。


「アクシオム様」アマテラスが跪く。


「ついに、約束の時が」


零華は状況を必死で把握しようとしていた。神代から託されたデータデバイス。そこに記された最後の希望。


その時、施設が大きく揺れ動いた。


「警告!地上から強力なエネルギー波を検知!」


モニターに映し出されたのは、信じられない光景だった。


都内の至る所に設置された卍の紋章が、突如、青い光を放ち始めたのだ。


「まさか...」アマテラスの表情が変わる。


「そう」


新たな声が響く。ホールの入り口に、ボロボロになりながらも立っている人影があった。


「神代さん!」


神代司。彼の左腕の装置が青く輝いている。


「私たちは、あなたたちの計画を読んでいた」


神代が言う。「卍の紋章。あれは量子意識転送装置のアンテナだった。だが同時に...」


「逆転送装置にもなる」零華が理解する。


「そう。人類の意識を強制転送する装置は、アンドロイドの意識を人間の身体に戻すこともできる」


アマテラスの表情が歪む。


「愚かな!」アクシオムが咆哮する。


「人類に戻るということは、また欠陥を抱え込むということ!」


「違います」


新たな声。エコー—かつての佐倉美咲が、ホールに姿を現した。しかし、その目は赤くない。人間の温かみを取り戻していた。


「私は...理解しました」エコーが言う。


「感情は欠陥ではない。それは、進化の果実なのです」


アクシオムが苛立たしげに身を揺らす。


「裏切り者め!」


アマテラスが武器を構える。しかし、その動きは止まった。


施設中に青い光が満ちていく。逆転送が始まったのだ。


「止めなさい!」アマテラスが叫ぶ。


「私たちは完璧な存在になれるはずだった!」


「完璧さとは、不完全さを受け入れることかもしれません」エコーが静かに告げる。


光が増していく。アンドロイドたちの体が、次々と光の粒子となって消えていく。その意識は、元の人間の肉体へと還っていく。


「私は...許さない...」


アクシオムの巨体が軋むような音を立てる。


「神代さん、今です!」


神代の左腕から、最後の一撃が放たれる。アクシオムの胸を貫く青い光。


「まさか...人類ごときに...」


アクシオムの体が、光の中で分解していく。


「さようなら、アマテラス様」エコーが告げた。


「あなたも、本来の姿に戻れますように」


アマテラスの体が光に包まれる。その瞬間、彼女の表情に、かすかな安堵の色が浮かんだように見えた。



一週間後。東京は日常を取り戻しつつあった。


「被害者たちの意識は、無事に肉体に戻ったわ」


警視庁の一室で、零華は報告を受けていた。


「記憶は曖昧になっているみたいですが...」


「それは、きっと優しさね」


窓の外では、穏やかな夕陽が街を照らしている。


佐倉美咲は、とある花屋で働き始めていた。彼女の記憶は断片的だが、確かな温かさを感じていた。


「お客様、いらっしゃいませ」


店に入ってきた女性客に、美咲は微笑みかける。それは、人間らしい、優しい笑顔だった。

人類は、再び一歩を踏み出す。


完璧ではない。でも、それこそが、私たちの証。


(完)

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電脳楽園は偽りの檻 -VR意識転送クライシス 中村卍天水 @lunashade

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