とらさんと詩

伊藤テル

【01 私の家】

・【01 私の家】


 子供の頃からの思い出が詰まった馴染みの家は、もう玄関までしか入れなくなっていた。

 外から見る玄関、脇には靴ベラを置いてあって、今日日あんなの使うヤツいるぅ? と思っている。蛍光色でダサいし。

 私の目の前にいる、違和感、というか異物というか、私からして毒素のようなその人は、慣れることの無い野太い声でこう言った。

「霧子ちゃん、りっちゃんがサインを書いたプリントはこれだよ。毎回言っているけども、いつでも俺は霧子ちゃんと同じ家で住んでいいんだよ。霧子ちゃんが気を遣うことはまるでないんだから」

「……、……、……、……、……はい」

 何なんだこのボディビルダーもどき。どんだけ首が太いんだよ。体も何か浅黒いし。白飯食え、白飯。

 肩には存在しない筋肉がついているし、そもそもタンクトップでリモートワークこなすなよ。

 百歩譲ってもリモートワークすんなよ。そんな肉体なら外で働けよ。何でオマエがIT企業の重役なんだよ。

 この夕方の時間帯にママは家に居ない。外でパートをしているから。

 でも夜に行くと、毒素が送ってくとうるさいので、仕方なくこの時間帯に来ている。

 というかママはもう毒素と再婚したんだから、働かなくてもいいのに。

 だからこそ私もこの毒素の財力のおかげで高校生でも一人暮らしできている……と考えると、少々自己嫌悪する。

 こんな嫌っているヤツのおかげで生活できている自分に。

 でもまあ絶対同じ家で住みたくないしなぁ、こんなゴリマッチョと生活するということは何か、元気だろうからそもそも私がいたら邪魔だろうし、と考えながら帰路に着く私。

 夕方と言っても初夏は日が長い。まだまだ十分に明るすぎるから、こんな暗いことを考えていちゃいけないんだけども。

 道を歩いていると小さな子供がママと手を繋いで歩いている。

 私はママが好きだ。ずっとずっと大好きだった。ずっと私のモノだと思っていた。

 それなのに急にあんなゴリゴリのゴリラIT社員と再婚しちゃって。それも重役て。賢いのかよ。賢者かよ。ゴリ賢者かよ。

 こんな鬱屈とした気持ちはやっぱりこれに限る!

「ただいまー!」

 私はアパートの一室全体に響くような大きな声で挨拶をした。

 一人暮らしだが、一人暮らしにあらず。

 そう! 私には一番の友達がいるのだ!

 それは! とらさんだっっっ!

 私は手洗いうがいもそこそこに居間のソファーにちょこんと座っているとらさんの隣に座って抱き上げた。

「ただいま! とらさん! 今日も可愛いね!」

 とらさんはうんともすんとも言わない。当たり前だ。とらさんはとらのぬいぐるみだから。

 実際は小さい、粒子のビーンズが入ったとら型のクッションなんだけども、やたらとろとろしていて、クッションとしての能力は皆無なので私はぬいぐるみとして扱っている。

 このとらさんが私の一番の友達。ずっと長いこと一緒にいる大の親友だ。

 カラフルな橙色に近い黄色い肌に、真っ赤な鼻、口角はキュッと上がっていつでもニッコリ。つぶらな瞳で私のことを見てくれる最高の友達だ。

 静かにとらさんと見つめ合っていると、とらさんの声が聞こえてくるよう。

《今日もおかえり、とらさんのこと可愛がってー、ほほほほーっ、いいでしょーっ》

「勿論だよ! とらさん! これから今日はずっと一緒だよー!」

 と、とらさんの”声”に応えたところで、今日、幼馴染のノキアが遊びに来ることを思い出した。

「そうだ! とらさん、今日ノキアが来るから一緒にコンビニ行くことあるかもしれないけど、それ以外は一緒だよ!」

《ノキアって誰だっけー、ほほほほーっ、教えてー》

「ノキアというのは私の幼馴染で秋乃が本名なんだけども、あだ名でノキアね。何かさー、最近やたらと私に話し掛けてきて、ついにはお泊まり会しようだってさ。まあ断る理由も無かったからOKしたけどもマジで最近何なんだろうね。私のことがマジで好きなのかな? 何かあったら守ってねー! とらさん!」

《ほほほほーっ、とらさんは守られるだけの存在だから無理でしょー》

「もうとらさんったら!」

 ……って一人で会話していても、空しく……ない! 全然空しくない! やっぱりめっちゃ楽しい!

 毒素とは一瞬一緒に住んでいたことあるんだけども、その時にとらさんと会話していたら毒素が「ぬいぐるみと会話なんて可愛らしいじゃないか」みたいなこと言ってきて、めっちゃキモかった!

 こういうとらさんと私の二人だけの世界に入ってきてほしくないもんなぁ、他人には。

 まあママはいいけども。ママとも一緒に会話していたからね。あーぁ、ママと私ととらさんの三人の生活に戻りたいなぁ。

 そんな無いモノねだりを考えていると悲しくなるので、早速とらさんと一緒に遊びましょう!

「とらさん、じゃあ早速今日も詩を書いてほしいんだ!」

《ほほほほーっ、いいよー、とらさんは詩を書くことが好きだよー》

 私はとらさんを、私のほうを見ているようにソファーへ置いてから、お気に入りの丸いテーブルの上にあったタブレットを持った。

「じゃあ一緒に詩を書こう! とらさん!」

《いいでしょー、いっぱい遊ぶでしょーっ》

 私の一番の趣味。

 それはとらさんと一緒に詩を書くことだ。

 そもそも詩を書くことが好きだったんだけども、ある日、とらさんに詩を書いてもらったらどうだろうと思ったら、なんととらさんったら最高に可愛い詩を書いてくれて、それ以来、私はとらさんと毎日詩を一本は必ず書いているのだ。

「とらさん、今日はどんなことを思った?」

《今日は徐々に暑くなっていく世界に怖くなっちゃっていたよー》

「それが夏というヤツだよ、毎年やってくるんだから忘れないでよ」

《ほほほほーっ、忘れるということは大切な機能だとらー》

「そんな、睡眠は死の予行練習みたいなこと言わないでよ」

《そんな怖いことは言ってないとら! とらさん泣いちゃう!》

「泣かないで泣かないで! とらさんは笑っているとらさんが最高だよ!」

《じゃあそうするとら……》

 まあとにかく最近暑くなってきたということか。

 ということは、と、考えたところで私は無言でタブレットに文字を打ち込む。

 それをとらさんはニコニコした顔で微動だにせず、見てくれる。

 五分後、完成した詩を読み返す。

●●●

ほほほほーっ、とらさんだよー、最近暑くなってきて怖いねー。

夏というモノなのか、

地球温暖化というモノなのか、

区別が付かないとらー。

みんなどうやって区別を付けているのー、教えてー。

とらさんにはタダで教えてー、お金は払いたくないよー、

いいでしょー、ほほほほーっ。

とらさんはお金払う派じゃないとら!

とらさんはお金もらう派だとら!

どんなタイミングでもお金はもらいたいとらー。

はい、とらさんは可愛いんで、可愛い料もらいます。

眺め料も、もらいます。当然でしょー。

そこの貴方、とらさんを眺めていること、

バレていないと思っているんですか?

とらさんのこと、美しいと思っているんでしょー。

じゃあお金を払ってもらうに決まってるとらー。

上野動物園のパンダ見に行ったらお金払うのと一緒でしょー。

とらさんは歩く見世物とらー、それくらい分かるとらー。

区別くらい付くでしょー、じゃあお金払ってねー。

勿論とらさんはプロ意識の塊とらー。

いつでも可愛くいるため、努力しているとらー。

努力しているモノにお金が払われることは当然でしょー。

●●●

 うん、とらさんらしい、これはとらさんの詩だ。

 とらさんの感情が乗った詩。

 もしかしたらこれは詩じゃないと言う人がいるかもしれない。

 でも私が詩だと思っていれば詩だと思うし、そもそも小説やお笑いの台本の類ならもっと巧く・らしく書ける自信はある。

 だって私、別の趣味として小説を書くこともあるし、お笑いだって大好きだし。

 この感情の作り方というか、感情で書いたこの文章は絶対に詩なのだ。

「とらさん、今日も楽しい詩作だったねー」

《ありがとうだとら》

 そう言って嬉しそうに前足を使って自分の顔の前で手を叩いたとらさん。

 そうだね、とらさんって私が前足を持ってパチパチ叩く動作する時あるもんね。

《やっぱり霧子ちゃんと一緒に詩作するのは楽しいことだとら、今後もずっと一緒にやっていこうね、ほほほほーっ、いいでしょー》

 あらヤだ、可愛い……ん?

 とらさんは私の膝の上に飛び乗ってきて横になった。まるでペルシャ猫が甘えるように。

 いや何かおかしい、いやいやいや全然おかしい、だって、だって、と思ったその時だった。

《タブレット邪魔だからどけてねー、はい、とらさんを可愛がる時間だよー、ほほほほーっ、いいでしょー》

「とらさん! 勝手に動いてる!」

《そりゃとらさんだもん、とらさんは動きたい時はもう動こうと思ってるよー、可愛がってー》

「勝手に喋ってるし! 何で! とらさんはぬいぐるみでしょ! 何で私が持っていないのに動いてるの!」

《とらさんはクッションだとら。クッションである自分に誇りを持っているとら》

「そういうことじゃなくて! とらさん! 何か生命宿っちゃったのっ?」

 するととらさんは、口元に手を当ててこう言った。

《ウフウフウフ、ウフウフウフ》

「ウフウフウフじゃなくて! そんな! とらさんが生命宿しちゃうなんて! 最高かよ!」

《そう言ってくれると思っていたとらー》

「とらさん! じゃあ改めてよろしくね!」

《勿論とらー》

 うわーっ!

 めっちゃ嬉し過ぎる! とらさんが自らの意志で動き出すなんて! しかも詩作! 詩作楽しいと思ってくれていたんだ! それが小躍りしたいくらい嬉し過ぎる! 今日はとらさんと詩作のオールナイトだな!

 ……と思ったところで、あっ、今日、幼馴染のノキアが来るわ。うわぁ、邪魔過ぎる。LINEですぐに断りのメールを送ろうとしたその時だった。

 玄関のチャイムが鳴った。

 ヤバイ、もう来た、絶対ノキアだ。だってめっちゃドア叩くから。ドアめっちゃ叩くゴリラのユーモアするの、ノキアしかいないから。

 顔からしたら毒素のほうがゴリラだけども、一応IT紳士ゴリラだからそんな荒いユーモアはしない。

 だからノキアだ。ノキア過ぎてヒく。ドアを叩く、連打数で分かる。ノキア、めっちゃテンション高いわ。

 これを家に帰す、否、無に還すことは不可能だ。んでもって、とらさんは私に向かって可愛く小首を傾げている。可愛い!

 だから、

「とらさん、これからノキアが部屋に入ってくるから勝手に動いちゃダメだよ」

《何でとらー?》

「急にぬいぐるみ……クッションが動いていたら変でしょ、怪しまれると今後の活動範囲が狭まるよ」

《分かったとらー》

 そう言うと、とらさんはソファーの隅に移動してから、一切動かないモノになった。

 あまりにも動かないから、今までの会話や動きは夢・幻だったのかと思ってきたが、まあどうであれ、そろそろノキアを迎えに行かないとヤバい、と思ったところで、

「どうしたの! 霧子! 事件現場なのっ? 開けるよ! いいよね!」

 と言って勝手にドアを開けたノキアは私を見るなり、

「ちょっとぉ! 早く反応してよ! もしかするとウェルカムドリンクしてたっ? ウェルカムドリンクの用意はアタシを迎えたあとにしてよ!」

 とケラケラ笑いながら、部屋に上がってきた。

 私に手の動作で促されて、手洗いうがいを済ますと、早速とらさんが座っているソファーに座ったノキアは、

「お泊まり会ということでパジャマは持ってきたけども食料の類ないんで、あとでコンビニ行こう!」

「ノキアはもうホントに行動が早いね」

「そんなことないよ! 手洗いうがい忘れるところだったよ!」

 相変わらず声がデカい。スピーカーかよ。実際におしゃべりだし。

「そうそう、一応トランプ持ってきたからめっちゃスピードしようぜ」

「スピードなんてしないわ、普通にスイッチでいいよ、コントローラーシェアできるし」

「あっ、スイッチのマイ・コントローラーは自分で持ってきたからお構いなく」

「そこまで用意しているならもう食料持ってこいよ」

「そこはコンビニでしょっ! 二人で選ぶところが楽しいんだから!」

 そう唾飛ばすくらいに力説し、腕をグングンと振っているノキア。

 何がそんなに彼女を熱くさせるんだよ。W杯の夜かよ。

 とりま麦茶でも出すかなと思って冷蔵庫の前へ行ったその時だった。

《はふー》

「はふー?」

 そう言ってノキアはとらさんのほうを向いた。

 私は内心あわあわしてきた。

 だって今まさにとらさんが《はふー》と声を出したからだ。

 何で、何で何で何で、とらさんとは動かないという約束したのに。いや喋るなとは言っていない。喋るなとは言っていないけども大体応用で分かるはずじゃん。それなのに今絶対とらさん《はふー》と言った。いや《はふー》って何? いやさっきの《ウフウフウフ》といい、謎の言葉が多いけどもこれはもう全然訳が分からない。ダメだ。ノキアにバレる。というか全然夢・幻でもなかった。とらさんって全然動く。全然魂宿っちゃってる。そんなことを脳内でぐるぐる考えていると、ノキアはとらさんを掴んで、自分の膝の上に置くと、とらさんが、

《ついに見つかっちゃいましたね》

 と言いながら、自分の頭を掻いた(厳密には側面、腕の長さ的に頂点まで届いていない)。

「ヤバっ! 喋ってる! 動いてる! 激可愛い!」

 そうビックリしているノキアの元へ私は急いで戻ってきて、

「とらさん! 喋らないという約束じゃないの!」

《あれだとら、電車内でギャグマンガ読んでいる時、笑っちゃいけないけど、その笑っちゃいけないという縛りがあるからこそ笑っちゃうみたいなもんだとらー》

「笑うならまだしも《はふー》だったよ!」

《はふーだとら》

「オウム返しされても!」

 とツッコんだところでノキアが、

「なになに、このとらさんが動くこと霧子知ってたの? 言ってよー! これからめっちゃ愛でる! 毎日来る!」

《ほほほほーっ、とらさんの良さが分かるなんて通だねー》

 私はちょっと額に汗を滲ませながら、

「何もう馴染もうとしてるの!」

 と言うと、ノキアは笑いながら、

「だって、多分霧子に愛されてこうなったんでしょ? じゃあ怖がることもないし、こんな可愛いんだったら私は毎日愛でちゃうね」

「そんな! とらさんは私のモノなんだから!」

 そう言って私はノキアの膝の上のとらさんを奪うと、ノキアは少し不満そうに口を尖らせながら、

「独り占めは良くないよ!」

 と怒ってきた。

 すると、とらさんはやれやれといった感じに両手を広げて、

《とらさんは、みんなのとらさんだとらー》

 そう、より口角を上げたその態度に私は、

「とらさんって私だけの味方じゃないんだ……」

 と何だか悲しくなってしまい、声も先細りになってしまった。

 またこうか、またこうなるのか、ママもとらさんもそうか、私のモノだと思っていたのに、どこかへ行ってしまうんだ。

 私は肩を落として、とらさんをノキアの膝の上に乗せ、私はそのまま膝から崩れ落ちるように床に座った。

 それを見ていたとらさんはショックを受けたように、体を震わせてから、バッと私の膝の上に飛び乗ってきて、

《ゴメンねー! 褒められて良い気になってたでしょー! とらさんの一番は霧子ちゃんだよー! ホントだよー! ほほほほーっ!》

 口元はへの字口になって、ボロボロと涙を流すとらさん。

 よく見ると、とらさんの虎たる黒い縞の部分は青ざめまくった青色になっていた。

 ノキアはソファーから立ち上がって、頭を下げて、

「何かゴメン! でもさ! こんな可愛いなら私だって愛でたいよ!」

「いやノキアは別にいいけどもさ、でも、そっか、ありがとうね、とらさん。とらさん大丈夫、私怒ってないよ」

 そう言って私はとらさんをハグすると、とらさんの縞の部分の色がまた変化し、今度はほっこり暖かそうなピンク色になった。

《とらー、許されてもらって嬉しいとらー》

 また笑った表情に戻ったとらさん。

 ノキアも笑顔でとらさんの背中を撫でている。

 良かった、良かったと思っていると、とらさんがニッコリ微笑みながらこう言った。

《こうやって気持ちが動いた時は一緒に詩を作るとらー》

「詩っ? 詩って英語でポエムっ?」

 ノキアが目を丸くしながら私のほうを見た。

 私は何かヤバイと思ってしまった。だって、詩のことをポエムと呼ぶ人は……。

 ノキアは続ける。

「詩作まだやってたんだ! 霧子も! 私もずっとやってたよ! 何だー! 言ってくれれば良かったのにー! えっ? 霧子ってとらさんと詩作してんのっ? いいなぁ! アタシはネットにしか詩作友達いなかったからさー!」

「えっ、ノキアも詩作まだやってたの?」

「やってるよー! だってそもそもアタシたちが仲良くなったのは幼稚園での詩を作る授業じゃん! あの頃からホント霧子は字が上手くて、アタシの口頭を文字起こししてくれてたじゃん!」

 えー、マジかー、ノキアもあれからずっと詩作してたのかー、そんなことあるんだなぁ、と思いつつ、

「ノキアの詩ってずっと荒唐無稽だったけども、何かカッコイイ感じになった?」

「めっちゃカッコ良くなったわっ、じゃ! じゃあ! スマホに保存したヤツ! 音読するから!」

「うんうん! めっちゃ聞きたいかも!」

 何かテンション上がってきた。

 友達になったキッカケの時からずっと詩作をしていたって、かなりポイント高くない? 運命かよ。

 二人でソファーに座って、とらさんは私の膝の上に乗って、とらさんがちょこんと座り切ったところをノキアが確認してから、

「じゃあいくよ!」

 ノキアは右手で拳を作ってから、読み上げ始めた。

●●●

粉々になった心を甲子園球児が拾う砂のように集めたら、

後日お父さんが勝手に家庭菜園の砂で使っていた。


おナスだった。


スクスクと育つおナスisフェス。


ヤグラのように高くそびえるおナスの木。


ドンドンカッカッ、ドンドンカッカッ。

ドンドンカッカッ、ドンドンカッカッ。

ドンドンカッカッ、ドンドンカッカッ。


毎晩毎晩鳴り響く、おナスフェス太鼓。


「アタシの心って、こんなに熱かったんだ、やるじゃん」

そう思うと、夏休みの宿題が捗った。


”噛み終えたガムと味噌”

それがアタシの選んだ自由課題だ。

噛み終えたガムは味噌が一番合うという証明をしたい。


結末ありきの物語。


作り方は小説と一緒、の、はずだったのに、

ガムも味噌も物語の中で勝手に動くんだ。

なんてことない、それこそ小説だったのだ。


結局ガムは幼馴染の飴を追いかけて渡米したし、

味噌は空を見上げて泣いているし。


すると、どこからともなく聞こえてきた祭囃子。


おナスフェス太鼓だ。


ヤグラの上からナスが叫んだ。


「オマエにはナスがいる!」

味噌は涙を拭いてヤグラの上に登って行った。

ナスは持っているバチを味噌へ向けて、

味噌の味噌たる味噌の部分を取り、その味噌をナスは自分に付けた。


早く頂きたかったのだ。味噌を。

味噌は味噌でちゃんとヤグラの上にあがり、

ナスは改めて味噌から味噌を頂いてから、こう言った。


「まだまだ空は遠いが、地面よりは悪くないだろ?」


ドンドンカッカッ、ドンドンカッカッ。

ドンドンカッカッ、ドンドンカッカッ。

ドンドンカッカッ、ドンドンカッカッ。

どんどんカッカッと熱くなってくる心。

甲子園球児の野球人生は終わりそうにない。

●●●

「いや! 荒唐無稽のままかよ!」

 全力のツッコミが出てしまった。隣人ゴメンなさい。

 ノキアはやり切った笑顔で、

「これがアタシの全力だ!」

 と言うと、とらさんがゆっくりと手を叩きながら、

《ふ~む、なかなかですな》

 と言った。

「どのスタンス?」

 と、私はついツッコんでしまうと、とらさんはノキアのほうを見ながら、

《これからとらさん霧子チームと良いライバルですな》

 と言った。

 それに対してノキアは、

「負けられないから! じゃ! じゃあ! さっさとコンビニからご飯買ってきてテーマを決めた詩作勝負しよう!」

 何だかノキアはワクワクしているようだった。

 それは私だって同じだ。心臓が高鳴っている。

 一緒に詩作勝負だなんてしたことないから、楽しみだなと思いつつ、エコバッグを私は持つと、そのエコバッグの中になんととらさんが入ってきたのだ。

「いやとらさん、コンビニに連れて行かないから」

《何でだとらー、ぬーは一緒にいてくれることが一番の喜びだとらー》

「ぬー……ぬいぐるみのこと? とらさんはクッションでしょ?」

《ぬークッションだとら、ぬーの意識があるクッションだとら、一緒に行くとら》

 と会話したところでノキアが割って入ってきて、

「いいじゃん別に、隠れて入っていても。ビニール袋代くらいアタシが払うし」

《とらー、ノキアは良い人ねー》

「そんな甘やかして大丈夫かな……」

 と思いつつも、一人でとらさんを置いておくことも何だか不安に思った私はとらさんも連れて行くことで了承した。

 コンビニまでの距離は徒歩一分。私が一人暮らしする上でのこだわりだ。

 だからさっさと買って帰ってこれると思っていた。それなのに、

「おっ、霧子ちゃん、一緒にいるのは友達かな?」

 毒素だ。いやママが再婚した父親だけども。

 何でこんな時にバッタリ会ってしまうんだと思っていると、ノキアが嬉しそうに、

「こんばんは! 確か霧子のパパですよね! 私はノキアです! 幼馴染です! 今日はアタシがお泊まり会に来ているんです!」

 と答えた。相変わらず愛想の良い人間だ、ノキアは。

 まあ挨拶はノキアに任せて、私はさっさと先に行こうかと思っていると、毒素が、

「ノキアちゃんと霧子ちゃんは一緒に何をするのかな?」

 と言ったので、何かめっちゃキモくて、寒気がした。

 別にどうでも良くない? ゲームだよ、ゲームと答えようとしたその時だった。

 ノキアが口を開いてこう言った。

「詩作するんです! 詩を作るんです!」

 私はぶわっと背中から汗が出始めた。

 ちょっ、他人に詩を書くなんてこと言わないでよっ、だってっ、だってっ、と脳内がぐちゃぐちゃになっているところで、毒素はこう言った。

「へぇー、ポエムねぇー、可愛らしい趣味でいいねー、乙女だねー」

 知ってる。毒素の声に嫌味みたいなモノは何も無かったって。

 悪気があるようにも思えなかった、と頭の中では判断しているはずなのに、心が、心がギリギリと軋む歯車のようになっているんだ。

 毒素は続ける。

「ポエムは・・・」

「まず!」

 私は叫んだ、否、声を荒らげた。

 私の鬼気迫る声にビックリしている毒素とノキア。

 でも私はもう止まらない。

「ポエムって言うなぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

 少しずつ暗くなってきた夕方に私の声が響いた。電柱のカラスは飛んでいった。

「ポエムって言うなぁ! 詩だよ! 私がやってんのは! あと可愛らしいって何だよ! こっちは真剣に詩をやってんだよ! 誰になんと言われようと私は自分の詩を真剣に書いてんだよ! 可愛らしい趣味ではない! 私の生きがいだ!」

 私の声の大きさに圧倒される毒素。ノキアは真面目に頷いているようだった。

 私はまだまだ続ける。

「乙女とかじゃないし! 男性も女性も関係無くやってるし! そういうのじゃねぇから! 詩って!」

 と言ったその時だった。

 急にとらさんがエコバッグから飛び出して、宙に浮きだしたのだ。

 それを驚いた顔で見る毒素とノキア。私は何かもう熱くなっていて、どうとも思わなかった。

 その宙に浮いているとらさんは太陽のように光りながら、こう言った。

《あまりの熱さにとろとろになって溶けちゃうよー、ほほほほーっ、いいでしょー》

 するととらさんは神々しく光りながら、かつ、体がとろとろと溶けだし、宙に霧散し、そのまま消えていった。

「えっ、とらさん?」

 さすがに声を出して驚いてしまった私の目の前に、虎柄のパンツ一丁の赤鬼が立っていた。

 その赤鬼は棍棒のようにデカい、自分の身長くらいの鉛筆を持っていて、その赤鬼の身長は三メートルくらいあった。

 三メートルの赤鬼と鉛筆、一体何なんだコレ。

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