第2話 曾祖母美代子



 実は…裕子は安奈の祖母だった。どうして……まだ生きている祖母があんな不気味な部屋に現れたのか意味が分からない。

 

 安奈は時々気を失ってしまう事がある。するとどういう訳か遠い遠い昔が蘇ってくるのだ。それも曾祖母美代子の時代が蘇ってくるのだった。どうして……母でもなく、ましてや祖母でもなく、曾祖母美代子の時代が蘇って来るのか、摩訶不思議な話だ。

 

 それでは…曾祖母美代子はどのような人生を送ってきた人物なのか?

 

 10歳にも満たない9歳の美代子は1931年(昭和6年)初春の3月中旬、まだ石川の山間部は寒い日が続いて雪もちらほら降っている。前日の夜に両親に美代子にとっては「青天の霹靂」それもとてもじゃないが有り得ない事を説得されたらしく。目がポンポンに腫れて充血している。

 

 一体美代子に何が起こったと言いうのか?


 まだ9歳の美代子はこれから旅立つ先に待っている、それがどんな事なのか何も分からないが、只々まだまだ母のぬくもり、父の肩の上に乗っけてもらい肩車をしてもらえない寂しさで、胸が押し潰されそうなのだ。

 

 急に両親が優しくなり、今まで下に立て続けに出来た弟妹のせいで、両親に甘えられずにむくれていたのが噓のように、この何日かは両親が異常に美代子に全身全霊で愛情を注いでくれている。


 父の肩の上に乗る肩車は、弟妹が誕生するまでは美代子の独壇場だった。だから……9歳だというのに父の肩の上に乗る肩車は、やっと父を独り占めできた喜びで誇らしくさえあるのだ。そんな独壇場だった場所を弟妹が占領して内心悔しくて仕方なかったが、まるで今までの事は無かったように父の肩を独占して、白山の山並みや日の出や日没のそれはそれは美しい真っ赤な夕陽を思う存分楽しみ、また母の愛は絶大だ。今までは夜は下の弟妹が母の温もりに抱かれて、母のおっぱいを吸いながら眠っていたが、この2~3日は弟妹は父のごつごつした懐で眠らされて、美代子だけはもう9歳だというのに母の温もりに抱かれて、母のおっぱいを吸いながら眠っているのだ。


「こら~美代子はいくつじゃ。すっかり赤ちゃんに戻ったみたいじゃ。わっはっはっは!」


 そう父に言われても美代子は、今まで散々我慢させられてきたので、この幸せな時間を絶対に弟妹に取られてはと必死になって甘えている。


 だが、そんな絶頂の幸せから地獄に突き落とされる。死にたいほどの悲しい言葉を両親から告げられることになってしまった。


 3日目の夜今日も母の温もりの場所を独占できると息巻いていると、なんとも信じられない言葉が両親から告げられた。


「美代子……チョットこっちに来い」


「ふっふっふっ……はっはっはっ……母ちゃん……何よ……ふっふっふっ」


「あのな……あのな……美代子は良い子じゃろう?それでなあ……京都のなあ……祇園という町で……でっかくなったら……綺麗な着物着て……お姫様みたいなお手伝いして欲しいという人が現れてなあ。行く気ある?」


「母ちゃん……あるに決まっちょるが。行く!行く!母ちゃんも一緒じゃろう?」


「……違うがいっちゃあ……美代子1人で……でも…母ちゃんも会いに行くで……」


「わあ~~~ん😭わあ~~~ん😭おら……そんなん絶対行きたない。わあ~~~ん😭わあ~~~ん😭どうせ……おらが、いらんからそんな事言うがえろお。おら、そんなとこに1人ぼっちで行きたない。絶対に行かんで。わあ~~~ん😭わあ~~~ん😭」


「美代子そんな……分からん事言うな。父ちゃんと母ちゃんが必ず会いに行くさかい」


 ⬛🔷⬛🔷⬛🔷⬛🔷⬛🔷⬛


 石川県の山間にある貧農✕✕字○○村の、藁ぶき屋根の今にも崩れ落ちそうな家から、まだ年端も行かない器量よしの美代子は「悪徳斡旋業者」に無理やり手を引かれ引きずられるように馬車の荷台に押し込まれた。


 おんぼろの馬車の荷台に乗せられ雪がちらほら降る中、9歳の美代子は売られていった。

「わあ~~~ん😭わあ~~~ん😭父ちゃん母ちゃん。ゥウウウッ( ノД`)メソメソ…おら行きたない。わあ~~~ん😭わあ~~~ん😭おら何で……何で……そんなとこに行かなあかんがあ?寂しい。行きたない。わあ~~~ん😭わあ~~~ん😭ここから降りたい。ウウウウ(´;ω;`)ウッ…おら……絶対に行きたないがいっちゃあ。ウウウウ(´;ω;`)ウッ…なあ母ちゃん。ゥウウウおらそんなとこに1人で……ゥウウウッ( ノД`)メソメソ…行きたない。わあ~~~ん😭わあ~~~ん😭」


「( ノД`)シクシク…可哀想に……可哀想に……ウウウウ(´;ω;`)ウッ…そう言うたって……どうにもならんがえっちゃあ。ゥウウウッ( ノД`)下にまだケン坊とゆみがおるもんで……それこそみんな死んでしまわな……あかんがいっちゃあ。ウウウウ(´;ω;`)ウッ……可哀想になあ。そえでも……美代子おらたちが皆死んでも良いがあか?ウウウウ(´;ω;`)ウッ…美代子悪いけど……ゥウウウッ。仕方ないがいっちゃあ……辛抱してくれ。年季さえ明ければまたうちに帰って来れるっちゃあ。ウウウウ(´;ω;`)ウッ…頼む辛抱してくれ。美代子は良い子じゃ。ゥウウウッ( ノД`)シクシク……ゥウウウッ」


 ⬛🔷⬛🔷⬛🔷⬛🔷⬛🔷⬛


 実は…3日前に14歳の姉を見受けしようとやって来た「悪徳周旋業者」に、まだ9歳の美代子は目を付けられてしまった。それは余りの器量良しに、これは高く売れると踏んだ「悪徳周旋業者」の狙いがあった。あの頃、丁度上野と石川を結ぶ列車が「悪徳周旋業者」を介して身売りのルートになっていた。


「あれ?あの子は何歳でっか?」


「イヤイヤ御冗談を……まだ9歳です。とんでもありません」


「お父さん借金がどれだけあるか分かっていますか?あああああ💢💢💢もう良い分かりました。1000円前金で置いていこうと思っていましたが、もう話は終わりました。お姉さんは結構です。あくまでもあの可愛いお嬢ちゃんじゃないと、もしあのお嬢ちゃんを身売りして下さるのであれば……即金で1万円払います」


「ああああああ……お待ち下さい。娘9歳の美代子を売ります。だから即金で1万円を何とか……」


「ゥウウウッ( ノД`)シクシク…父ちゃん……何てこと言うんじゃ💢💢💢。あんなまだ9歳の美代子を……ウウウウ(´;ω;`)ウッ…可哀想すぎるっちゃあ……絶対に……絶対に……あかんちゃあ💢💢💢」


「そう言うたかって……明日からどうやって生きて行くがあよ?おらじゃって、あんなまだ9歳の美代子を……そんなとこに出したないっちゃあ……そえでも……どうも出来んがえっちゃあ」

 

 ★☆★☆★☆★☆★☆


 1929年(昭和4年)10月にアメリカ合衆国で起き、世界中を巻き込んでいった世界恐慌の影響が日本にもおよび、翌1930年(昭和5年)から1931年(昭和6年)にかけて日本経済を危機的な状況に陥れた。日本の生糸は低価格で品質も良かったので生糸輸出が盛んだったが、 生糸の対米輸出が激減したことに加え、デフレ政策(物価が持続的に下落していく経済現象【例えばイチゴ🍓が安くなる】)


 それと、とりわけ大きな打撃を受けたのは農村であった。 中国戦線(満州国、関東州)にやってきた日本人は、軍人、民間人を問わず、これまで口になじんでいる日本米にこだわり、軍事占領地域で生産される農作物(小麦など)を主食として食べるのを拒んだ。彼らは占領地域においても、日本米を食べたいのだ。


 このため、次第に米が不足してくる。やむなく、米を生産している植民地である朝鮮や台湾から、米を移入して、不足を補った。米の不足は日本内地だけではなかった。戦地にいる兵隊や民間人に送る米も不足した。こうして、戦地に進駐・移住していた軍人・民間人は送られてきた朝鮮米を、日本米と同じような感覚で賞味した。要するに、戦争の時代、朝鮮米が戦地における日本の軍人・民間人の主食になった。


 だが事態は急変する。1930年(昭和5年)の豊作による米価下落、朝鮮、台湾からの米の流入によって米過剰が増大し、農村は壊滅的な打撃を受けた。こうして娘を売らざるを得なくなってしまった。


 可愛い娘をその様な、見す見す死に追いやるようなことは努々(ゆめゆめ)したくない事だったが、借金に苦しみぬいた農家は身を切られる思いで、娘を遊里に身売りせざるを得なくなってしまった。これが戦前の日本における最も深刻な恐慌となった。





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夢見る安奈(悪夢) あのね! @tsukc55384

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