第3話 決意

「あなたが夢を見ていたあのお方、あの方もあなたを助けようと無理に家に入り、その、あなたのお側でお亡くなりに。」


「アッ、アー、そ、そんなバカな、こんなバカなことがって…」


もはや男には何の応えもできなかった。頭は真っ白になり、ただひたすら絶望しかなかった。


「もう、どうだっていい。お、おれのせいで家族だけでなく、テルちゃんまで亡くなったなんて。俺は死ぬべき存在なんだ。何言われても仕方ねえ…。なあ、あんた不思議な力があるんだろ。もう俺はここに意識を持っていたくない。何もかも忘れたい。もうずっと真っ暗闇の中、何も考えないでいたいんだ。この世界から、俺の全てを消し去ってくれよ。」


「いや、そんな力はございませんよ。むしろ、私はあなたを別の世界に送り届けようとしてるわけですから。」


 男は声を振るわせながら言った。


「ふ、ふざけるな!こんなことまであって、俺が生きていていいわけないだろ!俺は死ぬべき存在なんだ!お、俺は周りを不幸にした!自分だけ不幸なら、それでもよかった。孤独でもよかった。なのに、最後の最後に、いや、最後の最後まで、おれは、おれは…俺はとにかく、世界から消え去るべきなんだよ!」


 紳士は静かに男に近寄り、手袋を取りピシャリと頬っぺたを叩いた。


「失礼。あまりにも見苦しかったもので。」


紳士は、取った手袋を伸ばしつつ、再び手にはめながら続けた。


「あなたが自分を責めるのは勝手ですが、しかし、あなたのご家族やテル様は、あなたのせいで不幸になったなんて思っていらっしゃらないはずですよ。」


不意に叩かれ、驚いて飛んでいた意識が再び蘇った。


「ほ、本当にそうか?」


「ええ。なんせ、ご両親は社会に取り残されるあなたを、どんなに周りに悪く言われても、必死で守り、そして、いつか立ち直ってくれると信じて、あなたのために一生懸命に働いて育てていましたし、何より、あなたがまだ幼かった頃、パパママと嬉しそうに近寄っては包容した、そんな優しい記憶がずっと残っているのですから。


あなたがどんなに自分をクズだと思い込んでも、ご両親はそうではなかったはずですよ。ご両親が仕事から帰って、いつもあなたのアルバム写真を見ていたことはご存知でしたか?どんなに疲れて、時には憎いと思ったとしても、結局最後にはあなたのことを愛していたんだという気持ちに戻っていたのですよ。


あの日も2人してアルバムを整理して読んでいたのです。でも、その間に外から火がジワジワと燃え広がり、気づいた時にはもう手遅れだったのです。」


 男は、両親には迷惑しかかけず、そして、ずっと期待に応えられないダメな子供だと思い続けた。それでも、両親は愛情深く、こんな自分を見捨てないでいてくれた。そのことを思うと、嬉しさと悲しさで胸が引きちぎられそうだった。


「テル様も、ずっとあなたのことを気にかけていたみたいですよ。気づいていたかどうか分かりませんが、カーテンを閉めたあなたの部屋を、いつもいつ開くのかと外から見ていたのですよ。テル様はあなたを心配する手紙を書いたこともあります。でも、あなたの孤独を考えたのか、一層傷つけてしまうかもしれないと思い、結局は出せずじまいでした。


そうこうしてるうちに、テル様も仕事につき、あくせくした日々に忙殺されます。あなたのこと心配する余裕もなかったのだと思います。


でも、あの日、仕事から帰るとあなたの家で火事が起き、それを見ていても立ってもいられなくなったのです。止める人を振り払い、テル様はあなたのところへ駆けつけたのです。何とか持ち上げようとしたけど、あなたが重すぎて、おまけに火が部屋まで回ってきて、もはや逃げ場が無くなってしまった。


それでも、自分だけ逃げることもできたはずなのに、テル様は逃げませんでした。諦めた表情だったと思いますか?違いましたよ。やり遂げた顔をしていましたよ。今まであなたのために何もできなかったけど、最後、あなたのために体が動けたと。結果的に無駄な行動だったかもしれないけど、心残りだったことを最後に果たせたようで、それだけでもテル様は最後幸せだったように思えますよ。」


 男は、もう言葉が思いつかなかった。ただひたすらどこまでも喉の奥から永遠と出続けそうな悲しみの声を上げ続けた。


「まあ、こう他人の私が言ってもあなたが100%信じるのは難しいでしょう。ご安心なさい。直接聞けますよ。なにせ、その御三方は私がすでに別の世界へお連れしましたから。」


紳士がこういうと、男は


「そ、それは本当か?」


と、うわずった声で聞き返した。


「はい。御三方それぞれここにお呼びしました。そして、御三方とも新たな未知の世界で再び生きることを決心なされました。御三方は「ギウス」という世界にいます。」


「本当か!3人ともそのギアスで、今も生きているのか!」


男は絶望から突然光を見出し、興奮していた。


「はい。ただし、御三方ともあなたの知ってる御三方ではもうありません。既に別の存在として生きております。なので、厳密にはあなたの知っている御三方そのままではありません。」


「そ、そうなのか。」


「はい。なので、もし御三方に再び出逢いたいのならば、探さなければなりません。あなたは今まで未知を恐れてきました。しかし、今度の世界では未知に立ち向かわなければなりません。それが、私が考えるあなたの業に対しての償いです。しかし、私から言わせれば、これはものすごく幸運なチャンスとも言えますね。」


確かに、今までの生き方を考えれば、こんなの出来すぎなくらい幸運なチャンスだ。引きこもりで、何もできず、ただ日々の中で不安を募らせ、自分で自分の首を絞めてたことを考えれば、


「わかった!俺もその世界に行く!今度は、怖がらない!どんな困難があっても、どんな道と出会っても、挫けずに、むしろ楽しんで対処してやる!」


男は涙をぬぐい、なんとか紳士に面と向かって目を見ようとした。

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