第2話 謎の紳士と異空間
「まあまあ、落ち着いてください。受け入れられないのも当然でしょうが。」
「あ、あんたは誰だ!なんの目的でこんな奇怪なところに連れてきたんだ。こんなやたら明るい空だけの世界に!空しかない!あんたと俺しかいない!こ、こんな世界受け入れてたまるか!」
「まあ、落ち着きなさいって。ひとまず座りましょうか。」
そういうと、紳士は虹色のシルクハットのトップをポンポンと軽く二回たたくと、突然テーブルとソファがこの何もない異空間に現れた。
「ふむ、色合いが少し暗めで逆に目立ってしまいますかね。」
紳士はシルクハットを再び取り、今度はブリムを昔の固定電話のダイヤルを回すかのようになぞり始めた。
すると、指が移動するたびに、テーブルとソファの色や形が変わっていく。ベージュ系のナチュラルカラーのテーブルと木製の脚やアームのネイビーのソファに変わるとそこで手を止めた。
「このくらいが無難ですかね。」
紳士はシルクハットに手を入れ、そこからティーカップやティーポット、脚付きのプレートを取り出した。
「さあ、お座りください。クッキーもありますよ。紅茶もいまお入れしますからね。」
パチンと指を鳴らすと、ポットに紅茶が湧き上がり、プレートにはクッキーが積み上がった。
一連の不思議な出来事を、口をポカンと開けながら男は眺めていた。
「おや、少しは落ち着きましたか?さあ、この紅茶は美味しいですよ。なんせ、この茶葉はとても軽く、ジャンピングしやすい葉ですからね。葉の中にダージリンとウバ、キームンの成分を凝縮させてますからね。このお湯も特殊で、熱を自在に操れるから、香りや味をうまく取捨選択してくれますから。雑多に見えて絶妙なハーモニーを醸し出しますよ。」
「もう、何が何だか分からない。この世界だけでなく、あんたも訳のわからない存在なんだから…」
「ほほほ。訳のわからないという言い方はいいですね。逆に、訳がわかる方が、人生損してる気がしますね。」
「意味がわからないぞ。」
「訳がわかるということは、あなた自身理解しているということです。理解をしているという自信があると、それ以上の探求はなかなかなさらないでしょう。
しかし、訳がわからないとなれば、それは自分の理解できないこと、経験してきたことがないこと、言わば未知のことです。私は、そう言った未知のものに出会った方が、それを知りたいと探究心に駆られ、より充実した人生を送れるのではと思いますよ。
しかし、あなたは既知のもので満足なさろうとして、未知のものに対して挑戦するという気概はお見受けできませんね。」
「な、なんだってそんなこと分かるんだ!」
「分かりますとも。あなたを観察しておりましたから。前世では、よくよくあなたは不運だったように思えます。しかし、幸運でもあったのかもしれない。あなたにとってはあの世界は未知だらけだったのです。もし、未知にあなたが毅然と立ち向かっていたなら、もっと生を実感できていたのでしょうが。」
男はゾクッとした。
「ま、待ってくれ、前世って、まさか、俺は。」
「ご想像の通り、あなたはあちらの世界にはもういまさん。つまり、お亡くなりになられたのです。ご愁傷さまです。」
「な、なんでだ!おれは、俺はただ寝てただけなのに、それが、それがどうして…」
男は震えていた。まさか、まさかそんなことがと、信じられない気持ちに必死に抵抗した。
「まあ、あまりお知りにならない方がいいと思うのですが、聞きます?なぜ死んでしまったのか?」
男は声もなく、コクリと頷いた。
「では、紅茶よりハーブティーの方がいいですね。心を落ち着かなければ。」
そういうと、再び指を鳴らし、ポットの紅茶はみるみるとハーブティーに変わった。
「さあ、これでも飲みながら落ち着いて聞いてください。」
「あ、ああ。」
一口一口、ゆっくりとハーブティーを飲む。
「そう、あなたは寝ている間に火事にあったのです。」
「か、火事だって!そんな、火の気なんか全くしなかったぞ!だ、だってここ数年俺は家ではガスなんか使ってないし、いつもコンビニやスーパーの弁当やら冷凍食品なんかを買ってきてもらって買うくらいで…」
「あなたがやったわけではありません。心の歪んだ放火魔の仕業です。」
「な、なんだって!ほ、放火魔に俺の家が!」
「そうです。」
「そ、それで俺は眠ったまま、気づかずに一酸化炭素で頭をやられて、そのままってことか…」
「はい、その通りです。」
「お、俺の家族は?父さんと母さんは?」
「申し上げにくいのですが、2人とも同じ寝室でお亡くなりに…」
男は何もかも受け入れ難い現実に、ただ泣くという無意識で無垢な反応でしか応えられなかった。
「ウソだウソだウソだ!死ぬわけない!タオさんも母さんも死ぬわけない!こんな、俺が社会にどんな悪さをしたっていうんだ!社会にむしろ傷つけられたのに、それなのに、俺の命だけでなく、父さんや母さんの命まで…」
「そしてですね、まあ、こんなことさらに酷で言いにくいのですがね。」
「ま、まだ何かあるのか!」
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