第2話 お師匠様と剣士

 帝都は南北が筋、東西が通りというように整備されていた。中央に凱旋門が建ち、各重要拠点はしかるべきところに配され、空も地下も魔法防御で守られていた。これらの結界の仕組みに携わったのは若き日の天才魔法使いシュミットだ。言うなれば彼は歩く国家機密で、今回の呼び戻しはシュミットを帝都に閉じ込めておきたいという思惑も見え隠れしていた。王立学校の教授などになるべきなのだが、今回はいたって地位のない家庭教師として戻ることになったのは、王子などのはからいによるものである。

 二頭立て四輪馬車が屋敷の車寄せへと近づいて、余程腕が良い御者なのか振動もなく静かに止まった。召使いなどが出迎えてくれ、馬車の屋根に積まれた荷物を解いた。

「ゲイル、留守番ありがとう」

「滅相もございません」長身で鷲鼻の目立つ老人が頭を下げた。「すべてが旦那様の出ていかれたときのままでございます」

「長旅で少し疲れたよ」

「お休みになられますか」

「小腹がすいた。お茶が飲みたい」

「ではサンドイッチなど」

「クランは引退したんだったな」

「代わりではないのですが、孫娘のアイルが奉公に来ております」

「またおいおい話すとするか」シュミットは伸びをした。「体がメリメリいうよ。帝都には空がないな」

 玄関からホールへと入ると、右へ繋がる廊下の脇にリビングが控えていた。マントルピースは主がいないときでも掃除され、調度類も美しさを保ったままだった。

 ソファに腰を掛けて、一息つこうとしたとき品のない靴音が聞こえてきて、フランス窓を叩いた。

 執事のゲイルはシュミットに目顔で許可を得て窓を開けた。

「ようやく来たな。待ちわびた」

「冬になる前に来ると話しておいたはずだ。ちゃんと来た」

 立ったままの彼女に座るようにソファを勧めると、他人行儀に浅く腰を掛けた。

「国王陛下に挨拶してくれということだ。少し人を呼ぶらしい。都合を聞きに来た。すべておまえに任せる。キャンセルはナシだ」

 見たことのない召使いがトレーに載せて軽食を運んできた。

「おまえも飲めよ」

「いいのか」

「わざわざ来たんだ。子どもの使いじゃあるまいし。酒にするか」

「まだ任務中だ」

「帝都の冬は重苦しいな」

「まあな。戦勝パレードにおまえも出るようにということだ」

「歩くのか」

「観覧席だ」

「どちらにしても嫌な話だ」

 シュミットは注がれた紅茶に角砂糖を二つ入れて掻き混ぜた。

「お姫様に会うのは国王陛下に挨拶した後でいいのか」

「いや。国王陛下への挨拶と晩さん会の相談として、ティヒ王子に会えるように調整している。そのときに姫にも会うはずだ。お転婆だぞ」

「たぶんおまえに言われたくないだろうよ。おまえも姫付きということは一線から退いてるのか」

「休戦中だからな」

「さっそく明日にでもお転婆に会いに行くか」

「話をつけてくる」

 エルザは品なく飲み干すと、ソファから離れた。



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