お師匠様と呼ばせて
henopon
第1話 お師匠様、捨てられる
「お師匠様、お城から使いの者がお越しになられました」
「追い返してくれ」
「またですか」
師匠と呼ばれる中年はテラスのベンチで昼寝をしていた。傍らには魔法入門書なる本が置かれ、飲みかけの琥珀の酒に花びらが浮いていた。
「いい季節だ」
「待つと言うんですけどね」
少年はサスペンダーに指をかけながら体を揺らした。後ろからドカドカと品のない靴音が近づいてきた。
「おまえ、いつまで待たせる」
黒髪を束ねた彼女は腰の剣を鞘ごと抜いて、テラスに置かれたテーブルセットの椅子に腰を掛けた。
「今日こそは聞いてもらうぞ」
「賢者様の前ですぞ」
「何が賢者だ。わたしにはシュミットはシュミットだ。肩書に賢者がつこうがつくまいが、たかだか生臭な魔法使いにすぎん。もうおまえは魔法なんて使えないんじゃないか」
シュミットが右腕を庭の遠くにある雑木林に定めると、つむじ風が吹き抜けて花びらが舞い上がる。
「バイス、やってみろ」
「はい」
少年は両手を雑木林に向けて腰を落とした。長々と呪文を詠唱したあとはるか手前でかすかな風が吹いたような気がした。他には何も起こらないが、少年の額は汗ばんでいた。
「下手くそ」
「すみません」
「せっかく帝都から来たエルザに酒でも持ってきてやれ。何もできんが歓迎くらいしてやらんとな」
「いらない。酒は帝都に準備してある。こんなつまらない任務はさっさと終わらせたい」
「確かに大陸一と言われる百人隊隊長エルザ殿の仕事ではないな。だが俺は引退してるんだ。ここに住むことも許可もされた。過去の亡霊を連れ帰ることもない。もっと若い連中がいる。俺は都には戻らんよ」
「なぜ嫌がる。おまえは前の戦争を終わらせた功労者だ。いつまでこんなところで力をムダにする」
「俺に何をさせたい」
「新しい魔法の開発だ。おまえはずっと断っている。帝都では敵と内通していると噂する奴もいる。そろそろ戻らないと捕まるぞ」
「難儀だな」
「ティヒ第二王子も心を痛めているそうだ。おまえに傍にいてもらいたいとも。立場は姫様の家庭教師ということでどうだ。わたしも仕えている。利発な姫だ」
「俺が何を教えるんだ」
シュミットは笑った。
「何でも聞いてくるぞ。次の月に十六歳になる。牢獄か宮廷かだ」
「誕生日に会おう」
「ならば身支度をしろ」
「まだ時間はある」
「おまえの魂胆はわかる。どうせ逃げる気でいる」
「バイスはとうなる。俺の弟子として連れていけるのか」
「おまえが弟子をとるときは帝都の審査がいると聞いているが?」
「捨てるわけにはいかん」
「バイスとやら、いくら貰えば弟子をやめてまともな道へ行く」
「カネでは動かんよ」
シュミットが言うと、
「十ゴルベルではどうだ」
彼女は提示した。
「十ゴルベルと安定した職業に就くのはどうだ。職場は役所だ」
「よろしくお願いします」
「……おまえな」
「おいらには才能ないもん。本読むのも嫌だし。もっと楽しく生きたいんですよね。師匠、ということで」
「破門だ」
「ういっす」
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