逃げちゃダメだ!
XX
ある都市伝説の話
壁に頭をくっつけて「別の世界に連れて行って下さい」と念じると。
壁から手が出て来て髪を掴まれ、本当に異世界に引きずり込まれる。
そんな都市伝説があった。
なので俺はある日、思いつきで
壁に頭をくっつけて
別の世界に連れて行って下さい。
……念じてみた。
当然だけど、何も起きない。
「……んなこと、あるわけないよなぁ」
そう、俺は一笑に伏した。
馬鹿な噂だ。
何やってんだ、俺は。
あの噂、もし本当だとしたら……何故俺は大丈夫だったのか?
その辺を、俺は車の運転をしながら考えていた。
夜道で、誰も道路を歩いておらず。
変わり映えが無くて。
注意力が落ちて、ついうっかりだ。
俺が思うに、本気じゃ無かったからだろう。
あのとき俺は、確かに別の世界に連れて行って下さいって念じた。
でも、本気じゃ無かった。
本当に壁から手が出て来るのだろうか?
そこが気になったからやっただけ。
本当に出て来て、仮に引き摺り込まれたら必死で抵抗して暴れたのが予想できた。
モノが念じたことだからな。
そういうの、絶対影響あるハズ。
本気で念じないと効果無いんだ。
きっと、そうなんだろう。
もし本当の話なら。
俺は結論が出たと思い、気分良く
「そういえば、日本では年間の行方不明者数って9万人くらいいるんよな」
そんな独り言を言った。
そのとき。
ヘッドライトが照らす先に。
……ふらふら道路を横断している老人が出現した。
ドンッって音が先に来て。
ブレーキはその後。
……やってしまった。
俺は救護のために車から降りようとしたけど。
あんな老人、どうせもう死んでる。
軽快に飛ばしていた車の衝突に堪えられるわけがない。
……逃げよう。
俺はバックして、方向転換して老人の死体を避け。
自宅に向かって車を再発進した。
家に帰って来た。
やってしまった……
家に帰って車を車庫に入れ、家に入って自室に駆け込む。
そして暗い自室で、立ち尽くしグルグル考えた。
ひき逃げ。
刑法では殺人罪にはならない。
けれど、この世では殺人より実質重い罪に思われてる。
何故なら、殺人には様々な理由があるが、ひき逃げには自己保身以外の理由が無いからだ。
殺人には「あまりに酷い扱いに対する、弱者の復讐の一撃」こういう場合があって。
そういう場合は、同情されることがあるけど。
ひき逃げに対して同情する人はまず居ない。
被害者側に落ち度があったとしても、見捨てて良い理由が無いものな。
何故助けなかった?
この一言で終了だ。
……ああ。
何で逃げたんだ……?
今更になって後悔してしまう俺。
どうせ捕まるに決まってるのに。
万に一つも逃げ切れる可能性なんて無い。
警察舐めんなってか。
どうしよう……?
救護しておけばよかった……!
例え死んでても、そのまま逃げるよりはマシな結果になってたはずなのに。
人殺しと非難される未来を恐れ、楽な方に逃げたんだ。
俺は……
俺の人生は終わった。
それが今決定された。
……死のう。
そう思い、どうやって死のうかを思案した。
包丁で動脈を切る……痛そうだな。
それに大出血に、俺の心が耐えられない。
睡眠薬……
そんなもん、今の俺の家には無いし、手配してる時間も無い。
その前に警察が来る。
首吊り……
苦しそうだ。
飛び降り……
万が一、助かったらどうしよう?
一生寝たきりの生き地獄では?
……自殺、苦しい。
絶対嫌。
俺はそこを思い知り、絶望した。
そのときだ。
……あの都市伝説を思い出したんだ。
別の世界に行けたら、警察に捕まることはない!
それに今なら思える。
本気で別の世界に行きたいって。
俺は壁に頭をくっつけて念じたんだ。
別の世界に連れて行って下さい。
……すると
壁から本当に手が出て来て、俺の頭を掴んだ。
そして俺は、壁の中に引きずり込まれたんだ。
……気が付くと。
俺はどこかの殺風景な部屋に居て。
俺の目の前に……
肌の色が赤くて、瞳が金色。白目の部分が黒い。
身に着けている服は黒色タンクトップにホットパンツ。
そんな姿の、白髪ロングの美女が居た。
彼女は大きくて、女性だけど俺より背が高い。
……彼女が俺を、この世界に引き込んでくれた……?
ドキドキする。
流行りもので異世界転移ものや転生ものは、俺も沢山摂取してきたからな。
さっきまで絶望の環境だったけど、今は違う。
ドキドキの異世界ライフ。
何だろう……?
チートスキルを貰ったり、次から次へと美女が俺に近づいて来て、ハーレム……
「ようこそ……待っていたわ」
期待に胸を膨らませる俺に。
目の前の美女がニコリと微笑み。
そう、日本語で語り掛けてくれた。
……おお。
俺の異世界ライフの最初は、長身美女とのイチャイチャなのか……?
そんな思いは。
女性が凶悪なデザインの剣を俺に向かって振り上げていて。
その剣が、俺の右腕を肘の部分で切断した瞬間にあっけなく消え去った。
「ぐぎゃあああああ!」
「あははははっ! 面白いわっ! クズがッ!」
女性の哄笑。本当に愉しそうだ。
右腕を失って苦しむ俺に、女性が剣を握っていない左手を掲げて、何事か呟いた。
すると俺の右腕からの出血が止まって、傷が塞がっていく。
……これは善意の治療じゃない。
すぐに殺さないための、悪意の治療……。
そんなこと、すぐに分かる。
同時に。
俺は理解した。
……鎌倉時代あたりの日本では、旅人が武士に遊びで斬り殺されていたという話を昔聞いたことがあった。
本当の事なのか、それはどうかは知らないけどさ……
同時に提示された理由は納得したんだよね。
鎌倉時代の日本では、人は生まれた場所で死ぬまで居続けるのが基本。
そうではない旅人は、生まれ故郷に居場所が無くなった者。
つまり、集団から叩き出された人間のクズ。
だから遊びで殺しても構わんだろう。
……殺人を経験したい場合、何も罪を犯していない善良な人はターゲットに選びにくいわな。普通の神経だと。
できればクズの方が良いに決まってる。
そっちの方が、断然やりやすい……
そっか……
あの都市伝説……
異世界人が殺人経験を積むために、手頃な生贄を選別するための罠だったんだぁ……
元の世界で戦わず、手軽に異世界に逃げようとする奴なんてクズに決まってるもんな……
そんなことを、俺は女性に足を切断されながら思い知った。
逃げちゃダメだ! XX @yamakawauminosuke
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