(続きです)
三
局長室を出て、階段を降りながら暗い気持ちになった。
今まで、高梨は私ので、私の仕事ぶりを盛り上げてくれていた。しかし、今、私に三下り半を突きつけようとしていた。
高梨は私の中では、ずっと父親のような存在だった。私を後ろからしっかりと支えてくれる思いがあった。
その思いで、私は精神的な危機を何度も乗り越えてこられた。
デスクにドカリと座る。抽斗(ひきだし)からポテトチップを出して、ボリボリと音を立てて食べる。
信ちゃんがやってきて、心配そうな顔をした。
目が大きく、鼻筋が通って、意外と男前。しかし、背が百六十センチほどしかない。
いつも、寝癖のついた髪と、よれよれのワイシャツ、それに桃色のチェックの入ったネクタイをしている。
大体の女は、小柄で、趣味が悪い信ちゃんを、恋人には選ばない。
信ちゃんも今年で三十歳になる。
しかし、どこかお節介で、優しい信ちゃんを好きになる女は現れると思う。
私は、好みではないけど。
「大丈夫ですか? 様子が変ですよ。何かできること、ありますか」
寝癖の髪の毛を右手でボリボリ掻きながら真顔で語り掛けてくる。
いつもはニコニコして話し掛けてくるのだが、本当に、私を心配してくれている。なんか、抱き締めたくなる。
私は正直に、信ちゃんに番組降番を打ち明ける。
「だめよ。ピンチだわ。ひと月後に打ち切りかも」
「いいえ。そちらでなく。美玲さんの様子。さっきから食べてばかりいて。心配ですよ」
相変わらず、髪の毛をぼりぼりやっている。
タイピンをしない桃色の柄のネクタイが、ゆらゆら揺れる。
信ちゃんは、スーパーワイドの打ち切りでなく、私の大食を気にしていた。
私はストレスが強く懸かると、大食をする癖がある。
でも、大抵は胃が痛くなったり、下痢を起こしたりで、太ることはない。
摂食障害に悩む人が大食のあとに、指を喉の奥に突っ込んで、食べたものを吐瀉する。
しかし、私は代わりに胃痛と下痢を起こす。
「大丈夫。いつものことよ。都合よく下痢を起こすわ。汚いけどね」
信ちゃんは、それきりで、自分のデスクに戻った。動作がキビキビしていなく緩慢だ。
やはりスタッフの間に番組への諦めの気持ちが渦巻いているのだろうか。
ポテトチップを食べ終わると、続けて花林糖(かりんとう)を出して食べる。
デスクにカスがぼろぼろと落ちるが構わない。
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