(続きです)
「決定なのでしようか? これから盛り返していきますから。お願いします」
高梨は、眉間に皺(しわ)を寄せて、頬を膨らませた。鼻の穴を大きくしながら、私を威嚇して頭を横に振った。胸を叩けば、まさにゴリラだ。
「視聴率が、七%から十%の間ではね。スポンサーも、カンカンでね。ただ、ひと月ばかり様子を見てから、決めようと役員会で決まった」
高梨の顔に、いつも見せる私を助けてくれようとする、人懐っこい表情が読み取れない。
読み取れない分、冷淡さを感じてしまう。
視聴率を低下させた役立たず。期待はずれだ。お前には呆れ果てた。さっさと番組を降りろ。消えていなくなれ、と蔑(さげす)む声が聞こえてくるようだった。
「私は、だめ? 役立たずということ?」
いつの間にか、ため口になった。戦闘モードに入る。
「大体は、こうなると打ち切りになるね。お前には期待をしていたよ。ゆくゆくはチーフ・プロデューサーと思っていたけどね。荷物を纏めておきな」
高梨は、せいせいしたように放言した。私は高梨を睨み、同じことを聞き返した。
「私には、もう報道関係の番組は任せられないという意味? なんとかならないの? 私には、死ねと聞こえるわ?」
高梨は腕を組んで、私を見下げながら、強い声で言い切る。
「視聴率が出てこない以上、そういう結果になる」
「この仕事が取り上げられたら、私はどうやって生きていいか、分からないわ。死ぬのに等しい!」
私はデスクに両手を突いて、大声で怒鳴る。 私の病気が顔を覗かせる。いつも、見捨てられると、人が変わる。見捨てられないように狂おしい努力をする。違う人間になる。今は戦闘人間である。
しかし、高梨も切れやすい人間で、私に顔を近づけて大声で喚(わめ)き返した。 「ならば、死ね! 役立たず。おバカな役立たず。くたばってしまえ!」 怒りが腹の底から湧き上がった。止まらない。くたばれとは何ごと!
「お前こそ。死ね! ゴリラ! もう少し優しくできないのか!」
言ってはいけない禁句を口走った。しかし、止まらない。続けて、述べる。
「死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。ゴリラ!」
高梨もいよいよ切れて、大声になった。
「おい! ブス! お前、くびになりたいか? 上司に対する暴言だぞ」
くび、という言葉に我に帰った。
私の頭の血が、すっと足の先に下がっていく感じに襲われた。
時計の秒針の音がカチコチと室に響き渡っている。
黙って、高梨の顔を見上げる。高梨も少し冷静になったのか、静かな口調で語り出した。
「あとひと月の視聴率を見せてくれ。それからだね」
しかし、いつもは見せる、純粋に仕事と相手を思う熱い眼差しだけでない。瞳の底に、冷たい乾いた光があった。今まで、こんな高梨の目を見た覚えはない。
うまくいかないときは、決断する意図が見える。決断とは、すなわち打ち切りであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます