第1部 ハルの成長
1 息吹
「今日は、ハルの誕生日よ」
「おめでとう、何歳になった?」
「ぼく、四歳!」
「そう! 四歳ね」
ハルは、この年、四度目の誕生日を迎えた。幼い体の中で四年間も止まることなく鼓動を刻み続けた小さな心臓は、今も力強くハルを支え、生きる喜びを与えている。そして、その鼓動はこれからも彼の未来を照らし続けるだろう。
母親のユンは、朝早くから台所に立ち、ハルのための特別な料理を準備していた。ハルの大好物であるケントの実とギヤの肉を甘く炒めた香ばしい一皿。
それに加えて、ふわふわのスポンジケーキの上には宝石のように輝くディードの実が乗せられていた。ディードの実は、赤く艶やかな果実で、驚くほど甘い。糖度は二十パーセントを超え、どこか蜜のような風味を持つ。そのため、子どもたちには特に人気の作物であり、近くの商店ではいつも目立つ場所に並べられている品だった。
このディードの実は、ユンにとっても特別な存在だ。毎年、ハルの誕生日には欠かさず同じケーキを作り、その赤い実を飾ることで、成長する我が子への祈りを込めていた。
一方、父親のターリンもまた、ハルの誕生日を特別な日と感じていた。仕事の合間を縫って街へ出かけ、何度も悩んだ末に今年のプレゼントを選んだ。それは小さなおもちゃの銃だった。ターリン自身が猟師であることもあり、息子にもその世界を少しでも感じさせてやりたいという思いがあったのだ。
誕生日当日、ターリンが包装紙に包まれたその銃をハルに手渡すと、ハルの顔には喜びが溢れた。幼い手で慎重にリボンを解き、包みを開いた瞬間、大きな瞳がきらきらと輝く。プレゼントを受け取るとすぐに家の中を駆け回りながら、そのおもちゃの銃で遊び始めた。彼は無邪気に銃を構え、「ばん!」と元気よく声をあげる。その姿に、ターリンとユンは微笑みを浮かべながら見守っていた。
その日の夕方、家族そろって食卓を囲んだ。ケントの実とギヤの肉の甘い香りが食卓を彩り、ハルは目を輝かせながらその料理に手を伸ばす。一口食べるたびに「おいしい!」と笑顔を見せるハルに、ユンも自然と笑みを返す。
食事が終わると、いよいよケーキの登場だ。小さなロウソクが火を灯し、その明かりがハルの幼い顔を暖かく照らしている。ユンが「さあ、願い事をしてから吹き消して」と促すと、ハルはしばらく目を閉じてじっと考えた。そして、静かに願いを込めると、「ふーっ」と勢いよくロウソクの火を吹き消した。
その夜、ハルはおもちゃの銃を手に抱えながら、満ち足りた顔で眠りについた。ターリンとユンは、そんなハルの寝顔を見つめながら、この平穏な日々が続きますようにと心の中で願うのだった。
「あの子、元気ね」
「ああ、オレたちの子どもだからだよ」
「ふふふ、そうね」
今年の春は、例年になく暖かかった。冬の名残は早々に姿を消し、柔らかな日差しが大地を包み込む。朝晩の冷え込みも和らぎ、穏やかな空気が流れる中で、村の人々は春の訪れを心から喜んでいた。気温が高めだったおかげで、田畑に植えられた作物も勢いよく成長していった。
雨も程よく降り、乾いた大地を潤す。粒のそろった小雨が葉や土を叩くたび、作物の緑が一層鮮やかに映えた。その瑞々しい姿は、村人たちの生活を支える大切な恵みであることを改めて感じさせてくれる。青々とした草原には、芽吹き始めた野の花々が彩りを添え、周囲に優しい香りを放っていた。
雨に促されるように、植物だけではなく、その実や葉を食べる動物や虫たちも元気に育った。草原には無数の蝶や蜂が飛び交い、忙しなく花々を訪れる様子が見られる。畑の端では、野生のウサギが顔を覗かせ、時折ピョンと跳ねながら移動していく。その豊かな生態系は、自然そのものが喜びに満ちた調和の中で息づいているようだった。
そんな自然豊かな環境で育つハルもまた、この春を存分に楽しんでいた。村の子どもたちが草原で駆け回り、川で水遊びをする様子をよそに、ハルは少し変わった日々を送っていた。この頃から、彼はあらゆるものに興味を持つようになり、目に映るすべてが新しい発見に満ちていたのだ。
ハルの興味は幅広く、家の中と外を自由に行き来しながら、さまざまなことに手を伸ばしていた。読書家である母ユンの影響もあってか、特に本に対する関心が強かった。ユンの本棚には、村では珍しい種類の本が並んでいた。それは植物図鑑や動物の生態を描いた本から、地元の歴史に関するもの、さらには詩や物語まで、多岐にわたっていた。
ハルは、その本棚にすっぽりと体を埋めて一冊ずつ引っ張り出し、熱心にページをめくっていた。文字を完全に読むにはまだ早い年齢だったが、カラフルな挿絵を眺めたり、ユンに意味を尋ねたりしながら、本から新しい世界を学び取ろうとしていた。その姿を見たユンは、「これほど本が好きなら、いずれ自分で全部読むようになるだろう」と微笑ましく思いながらも、一つひとつ丁寧にハルの質問に答えていた。
一方で、外の世界にも強い興味を抱いていたハルは、父ターリンの仕事にもよく顔を出していた。ターリンが育てている家畜の世話を手伝おうと、子ヤギにエサを与えたり、水を汲んできたりする姿がしばしば見られた。初めて水桶を運ぼうとしたときは、重さにバランスを崩して地面にこぼしてしまい、「今度はちゃんと運べるようになるから!」と小さな手を握りしめていた。その約束通り、何度か挑戦するうちに、小さな桶なら運べるようになり、満足げな顔をターリンに向けていた。
また、ターリンが家畜の毛を刈る作業や囲いを修理する様子をじっと観察していることもあった。動物が嫌がらないように優しく接するターリンの手の動きに目を凝らし、「どうしてこうするの?」と素直な疑問を口にすることも多かった。ターリンは、そんな息子の姿を見て「これだけ好奇心が旺盛なら、将来きっと何でもできるようになる」と思わず目を細めた。
こうして、ハルは家の中でも外でも元気に動き回り、毎日を忙しく過ごしていた。その小さな体の中には、自然と人間の営みに対する尽きることのない興味と探究心が詰まっており、それが彼の成長をさらに促しているようだった。
この春、自然の恵みと家族の愛情に包まれながら、ハルはまた一歩大きくなってゆく。
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