3 入学式

 入学式は、エルニア王立学校の荘厳な大講堂で行われた。その広大な空間は、高くそびえるアーチ型の天井に、歴代の校長や偉大な学者や魔導士の功績を描いた壁画が広がり、差し込む光がステンドグラスを通じて虹色の輝きを床に落としていた。式典の冒頭を告げる鐘の音は、深く澄んだ響きとなり、集った生徒たちの胸に軽やかな緊張を刻みつけた。


 壇上に立つキングスフォード校長は、威厳ある白髪の老紳士で、声は力強く、言葉の一つ一つが大講堂に響き渡る。

 その話の内容は長く、普遍的なものだった。


 これからの努力を誓うべきであること、学園周辺の牧場には猛獣や魔物が潜んでいるため軽率に足を踏み入れないこと、そして門限を厳守すること。規則の重要性を繰り返し説くその声は、下級クラスの生徒たちの間では、しだいに退屈と眠気を誘った。


 しかし、ハイクラスのハル、ユウ、ヨウ、ビガの四人は、背筋を伸ばし、校長の言葉を静かに聞き取っていた。その表情には、ただ流れる時間をやり過ごすような無関心さはなく、むしろ自分たちの新たな歩みの始まりを真剣に受け止める決意が宿っていた。


 式典は約一時間にわたり行われた。保護者も参加可能ではあったが、会場に集った人数は限られていた。それもそのはず、この地に足を運ぶには、交通費や宿泊費が高額であり、裕福な家庭でなければ容易に参加できないからだ。ハルの家庭も裕福とは言えず、両親は遠方からの出費は自費であるため、参加を見送った。それでも、家族の期待や愛情は彼の胸の中で確かに息づいている。


 入学式が終わると、生徒たちはそれぞれの教室へと戻された。ハイクラスに配属された四人は、特別な指導を受けるべく、一室に集められた。その部屋は、大講堂ほどではないが、木目の美しい机や棚が整然と並び、窓からは遠くエルニアの街並みが見渡せる快適な空間だった。


 淡いグリーンの長衣をまとったフィーズは、穏やかな口調で、これからの日々について説明を始めた。


 キングスフォード校長の話同様、門限は二十一時。それまでに寮へ帰らなければならないという規則が、厳然として伝えられた。エルニア王国の首都は、豊かな自然に囲まれた美しい街。


 夕焼けが長く空を彩るため、ハルたちにとっては故郷のファルヴァ村よりも一日が少しだけ長く感じられる。それでも、日が沈み、夜が訪れると規則の厳しさが彼らを待ち受ける。もし門限を破れば、寮長であるフィーズとの面談が避けられないということだ。その面談は、生徒たちにとってはおそらく説教以上の何か――冷たく厳格な審判のように思われた。


 さらに、学校の南側に広がるグリムハース牧場についても注意が与えられた。ここは学園の生徒たちにとって学びと癒やしの場となる牧草地帯だが、訪れる際には必ず事前に許可を取るようにと厳しく言い渡された。


 特に牧場の東側には魔術学校が隣接しており、その境界には魔法の実験で生じた痕跡や未収束の魔力が散在しているという。無謀にもそこに足を踏み入れれば、予測不能の危険が待ち受けていると警告された。


 一方で、学園の西側に目を向ければ、アルズベ川が銀糸のように流れている。その川を越えた先に広がるのは、霧深いゼノス山脈。伝承では、この山々には古代から魔獣や妖精の類が棲みついていると言われており、幾多の冒険者がその地に消えたとされている。もちろん、山脈への立ち入りは固く禁じられており、冒険心をかき立てられる生徒たちへの抑止として、特に強調された。


 また、学校の東側にあるエルニア中央駅についても注意が払われた。これは首都全土、さらには王国の遠方へと通じる要所だ。街の中心地から賑わうこの駅では、旅人や商人たちが行き交い、異国の香りが漂う。しかし、生徒たちが無断でそこから遠出することは禁じられている。エルニアの壮大な外界に心を惹かれる者も多いのだそうだが、規則は絶対であり、違反すれば厳しい処罰が待っているとのこと。


 こうしてフィーズの口から伝えられる一つ一つの言葉は、決して軽いものではなかった。彼女の目には鋭い光が宿り、彼らがその規則をただ守るだけでなく、その裏にある意味や危険を深く理解することを求めているようだった。ハルたちはその場で小さく頷きながら、自分たちが踏み込んだ新たな世界の広さと、それに伴う責任の重さを改めて感じ取るのだった。


 しかし、同時に新しい友や知識を得る希望もまた、彼らの胸を灯していた。こうして、エルニア王立学校での第一歩が静かに、だが確かに刻まれていったのだった。


 四人はフィーズの説明を聞き終えると、理解したことを示すように首を縦に振った。

 そして、その後の時間は市内散策へと移った。


 初めて訪れる首都オルディストンの街並みは、彼らにとって新鮮で興味をそそるものだった。まず向かったのは、エルニア王立学校の南側に位置し、その壮大な姿を誇るエルニア王立中央図書館だった。


「皆さん、こちらがエルニア王立中央図書館です」と、フィーズが案内しながら厳かな声で告げた。


 図書館とはいえ、その外観は壮麗で、まるで宮殿のような佇まいを見せていた。白と金を基調とした外壁には繊細な装飾が施され、光を受けて柔らかな輝きを放っている。アーチ状の窓には幾何学的な模様が描かれ、透き通るガラス越しに光が反射して煌めく。


 建物全体を取り囲む列柱は堂々としながらも優雅で、見る者に静かな畏敬の念を抱かせる。中央の大扉は高さ数メートルに及び、彫刻と装飾が精緻に施されており、見る者に圧倒的美を与える。まるで歴史と芸術が融合したかのようなその姿は、知識の殿堂であると同時に、文化の象徴としての威容を放っていた。


 扉をくぐると、内部はさらに圧倒的な光景だった。広々とした館内には、巨大なシャンデリアが規則正しく二十メートル間隔で八つ、天井から優雅に吊り下げられていた。それぞれが柔らかな光を放ち、壁面の蔵書棚に並ぶ無数の書物を照らしている。


 床は紺色の深い絨毯で覆われ、その柔らかな感触は一歩足を踏み入れるたびに心地よさを感じさせた。その上を土足で歩くことさえ気が引けるほどの洗練された空間だ。天井まで届く書棚には、時代を超えて蓄積された知識の結晶が整然と収められ、その光景は圧巻だった。


 中には多くの人々が集まり、それぞれが本を読みふけったり、書見台を囲んで議論を交わしたりしていた。静寂を保つべき図書館であるはずが、どこか温かみのある活気が満ちていた。その賑やかさには不思議と調和があり、知識を求める人々の情熱が生み出す活力のように思えた。


 ハルたちはその場で足を止め、息を飲みながらその壮大な光景に目を奪われていた。エルニアの中心にあるこの図書館は、単なる学びの場ではなく、知識と文化が生き続ける象徴そのものだった。四人の胸には、これからの日々への期待と高揚が静かに湧き上がっていったに違いない。


「一階から三階までは、市民の憩いの場として主に使われています。皆さんも自由に使って、勉強してくださいね。四階から十三階までは、研究所やエルニア大学生が使う図書などがあるので、用がなければ入らないように。もちろん、利用できますけど、三階までで事足りるので、ここまで上がってくる必要はないと思います」


 上がってくるのは、マニアックな市民だけであろう。


 図書館の二階には、貴重な映像資料が収められた特別室が設けられていた。そこでは古代の儀式や歴史的出来事を再現した魔導映像が静かに上映されており、訪れる者を時の流れを超えた旅へ誘う。


 三階には広々としたカフェとレストランが併設されており、大きな窓からはオルディストンの街並みを一望できるようになっている。訪れた者は、本を片手に飲み物を楽しんだり、知識を共有する語らいの場としてこの空間を活用しているようだ。この図書館だけで、丸一日を過ごしても足りないほどの魅力が詰まっていた。

 

 ハルはその壮大さに圧倒され、しばらくの間、口を開けたまま歩いていた。館内を後にし、外へ出たとき、彼はようやく我に返る。外では街路樹の枝に留まった鳥たちが美しい囀りを響かせており、その音色が心地よい風とともに耳に届いた。


 次の目的地は、学校の南に広がるグリムハース牧場だった。牧場への道すがら、広々とした草原が一面に広がり、その先には馬や牛、豚、鶏といった動物たちが長閑に過ごす姿が見えた。


 ここでは、食用の家畜から観賞用の小動物、さらには軍事用に訓練された獣まで、さまざまな種類の動物が管理されている。その規模の大きさは圧倒的で、エルニアの発展を支える重要な施設であることが一目で分かった。


 とりわけ印象的だったのは、牧場のさらに南にそびえるアルフェラ山脈だった。その標高は驚異の七千メートルにも及び、遠くからでもその雄大な姿を望むことができる。山肌は年中雪に覆われ、白銀の輝きが晴れた空の青さと見事なコントラストを描いていた。その姿は、牧場を訪れる者たちに自然の偉大さと美しさを改めて思い出させる。しかしその一方で、山脈は雪崩が頻発する危険な場所でもあり、近づくことは固く禁じられていた。


「決して、近づかないようにしてくださいね」と、フィーズが四人に注意を促す。


 彼らは元気よく返事をし、その場の空気を楽しむように動物たちと触れ合い始めた。柔らかな毛並みを持つ馬に手を伸ばしたり、草を食む羊を眺めたりするその表情は、新しい世界に足を踏み入れた喜びで満ちていた。


 空は次第に夕暮れの色を帯び始め、アルフェラ山脈がオレンジの光に照らされて神秘的な影を落とす頃、彼らはようやく牧場を後にした。この地での生活が、どれほど充実したものになるのかを想像しながら、ハルは静かに次の歩みを進めていった。

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