第3話 すまほをかせ

 そんなこんなで始業式やら何やらを済ませて帰りのHRも終わった。生徒がそれぞれに散らばって行って早帰りの放課後の予定を決めている。俺は多分家に帰ってゲームかラノベかアニメか……。


「中村、帰るか?昼飯でも食ってく?」


 桜宮が爽やか笑顔で近づいてきた。キラキラしてんなぁ、俺なんかと一緒にいていいんかこいつ。とっても嬉しいお誘いだったけれど俺は情けない顔を返すしかなかった。


「腹が痛くて……。トイレ行ってから帰るから先帰っててくれ」


「そりゃ災難だな。お大事にな」


 新学期早々腹痛とかツイてないと自分でも思う。ため息をつきながらトイレへと向かった。なんか今日トイレ行きすぎじゃね?


 トイレに行き着くと外から楽しそうな生徒たちの声が聞こえた。俺とは縁遠い青春の声……。またもやため息をつきながらトイレから出る。


「ぁ……」


 教室に戻るともう人は居なかった。と、思いきや1人の生徒の姿があった。黒髪ロングの赤い目でこちらを睨みつける……あれはもしや猛獣さんでは?


「やっぱり残ってたか」


 猛獣さんが俺を真っ直ぐに見ながら言った。振り返って後ろに誰か居ないか確認してみるけれど人の姿は見えない。これはまさか、俺が話しかけられてる……?


「お、俺……?」


 しまった、そのまま逃げてしまえば良かったかもしれない。だって猛獣と一対一とか結構危険じゃない?目が合ったら3年以内に死ぬとかは信じてないけどさっき暴言吐かれたしな……。


「お前以外いないだろうが、花畑男」


 猛獣さんがつかつかと近づいてきて俺を見あげた。なんだろう、見あげられてるのに見下ろされてるこの感覚。ていうか、なんだそのあだ名。


「花畑男じゃないです、中村です」


 一応訂正しておく。猛獣さんが覚えてくれるかは分からないけれどずっと変なあだ名で呼ばれるのは嫌だし。すると猛獣さんは俺に手を差し出した。


「お前が中村だろうが、川村だろうがどうでもいいんだよ。スマホを貸せ」


 手を差し出されたからシャルウィダンスってことなのかと思ったら謎の申し出をされた。何故、俺のスマホを猛獣に貸さなくちゃいけないんだ!?ていうか、どういう興味だよ。


「それはさすがにちょっと……」


 やっぱり触れずに帰ればよかったなぁ。一体何が目的だ?新手のカツアゲか?キャッシュレスカツアゲ?


「あぁ!?」


 猛獣さんが凄んでくる。可愛いお顔が台無しですよ?目の威力が半端ないです、クリクリお目目もそんな使い方されるなんて泣いてますよ!?


「いや、でも、スマホは色々と大事なものですし」


 ここは穏便に済ませたい。華奢だけどものすごい力の持ち主かもしれないし、殴り合いとかは避けたいよね。もし力の持ち主じゃなかったら俺が女子を暴行したクズ男になっちゃうし。


「お前に拒否権はねぇんだよ。さっさとスマホ貸せ」


 尚も引きさがろうとしない猛獣さん。どうしたらいいんですか、お金が目的だとしたら持ってないんですけど。時代に乗り遅れた元祖現金派なんですが。


「猛獣だろうが、珍獣だろうが、スマホは渡せません……!」


 あくまで敬語な俺、ちょっとカッコつかない。でも、ここには俺のパクシブのデータとかツイットーのアカウントとか色々入ってるし!見られたら結構困るんだよなぁ!!


「誰が猛獣だ!花畑男が!!」


 あ、なんか違うところで逆鱗に触れたっぽい。それもそうか、高校生くらいの年頃の女の子があんな風に呼ばれて嬉しいわけないよなぁ。フォロー入れた方がいい?


「いや、それは言葉の綾で。スマホは本当に無理なんで!!」


 俺はポケットの中のスマホをぎゅっと握りしめた。すると猛獣――水間はため息をつきながら頭をがしがしとかいた。一つ一つの動きが男らしいのもそう呼ばれてる所以では……?


「私の名前は水間 恵!猛獣って呼ぶやつは敵だ!!わかったな!?」


 俺はその剣幕にこくこくと頷いた。ていうか、目的変わってない?スマホカツアゲするのに自己紹介はいらないよね、猛獣呼び本当はそんなに嫌なんだね?


「わ、わかった!水間さん!」


 するとまたギロっと睨まれる。ええ、今はなんで睨まれたんですか!?なんか癇に障るようなことしましたかねぇ!?


「軽々しく呼ぶな、花畑」


 おい、人にはあだ名訂正しておいて俺のことはそのまま花畑って呼ぶんかい。ていうか呼んじゃいけないならなんで自己紹介したんですか!?もう分からないことが多すぎてぐるぐるしてきたし、疲れたし!!


「呼びませんから!俺のスマホから手引いてください!お金はありません!!」


 俺はぎゅっと目をつぶって懇願した。マジでキャッシュレスなんて持ってないし、そこから取ろうとするとか特殊すぎるし。かと言って現金取られるのも困るんだけど!


「金?どっからそんな話が出てきたんだ?」


 水間が首を傾げている間に俺は机からカバンを取るとドアに向かって走った。


「そ、それじゃ!初日お疲れ様!!」


「……っ、おいっ!!」


 後ろから呼び止められたような気がしたけど気にしない!逃げるが勝ち!!陰キャは無理には立ち向かわない!!

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