第2話 もうじゅうのとも

 混乱というか納得がいかないというかそういう気持ちはあったもののとりあえずトイレへとやってきた。陰キャが鏡見て髪型整えるとか……って思われそうだけど人がいない隙にぱぱっと終わらせた。そして教室に戻ると何故かザワザワとする。


「おい、猛獣が来たぞ!」


「やべぇ……やっぱり目つき悪ぃ……」


 と、そこでざわつきの理由が俺でないことに気づいた。どうやら俺と同時に反対側のドアから入ってきた女子のことを言っているらしい。俺も気になって視線を向けると教室に入ってきたのはさっきの毒舌女子だった。


「今、目合ったか?殺されるぞ……」


 あいつ同じクラスだったのかよ……。とか、猛獣の正体はこいつだったのか……。とかいろいろ思うことは無くはないけれど男子たちの話し声もいささか失礼な気がした。


「黙ってれば可愛いんだけどなぁ」


 黒髪ロングの髪の毛に赤い目。若干つり目な気もするけれどその姿は本当に可愛かった。さっき詰め寄られた時はちょっと怖かったけど。


「てかお前声でかい。聞かれたらどうすんだよ」


 実際俺に届いているのだから彼女にも届いているだろう。彼女が横目でギロっとそちらを睨むと男子たちは震え上がった。目が大きくて迫力があるのだ。


「あ、おはよう。水間」


 と、猛獣女子に話しかけたのは桜宮だった。桜宮お前、猛獣も行けちゃうのか!?お前のコミュ力の強さは評価してたけども……!


「おはよ、桜宮くん」


 猛獣女子もちゃんと挨拶を返している。その雰囲気が心做しか柔らかくなったような……?と俺が疑問に思っている間、先程の男子たちが目を丸くして桜宮のことを見ている。


「桜宮、お前食われるぞ!」


「そうだ、そいつと目が合うと3年以内に……」


 なんて言っているがもう本人に大して隠す気は無くなったのか?俺は遠くから様子を窺うことにした。すると桜宮は面白いものでも見るような顔でその男子2人を見る。


「俺、去年から水間と話すけどなんともないぞ?お前らの方が顔色悪いけど大丈夫か?」


 桜宮はこういうやつだよなぁとしみじみ思う。誰とでも仲良くなってしまうし、嫌な雰囲気を残さずに場を丸く収めるのが得意だ。だからこそ、俺みたいな陰キャとも仲がいいわけで。


「大丈夫だよ、桜宮くん。あんな奴らにどう思われようとどうでもいいから」


 そう言った猛獣女子――水間が男子たちに一瞥をくれるとまた震え上がった。なんでそんなに恐れられてるのか……。まあ、口は悪いけどさ。


「ん?うん、俺もどうでもいいと思うよ。今年もよろしくな」


 桜宮にまで毒づかれてしまった男子たち、哀れ……。そして桜宮によろしくされた水間はこくりと頷いた。あくまで笑わないのかよ。


 そして、水間は教室の1点を目指して歩き始めた。その先にいるのは楓原だ。え、楓原に喧嘩でもふっかけるつもりか……?


 そうなったらさすがに見て見ぬふりは出来ないぞと身構える。前髪を直してきた真骨頂が発揮されるぜ……。なんて思っていると楓原が水間に抱きついた。


「恵〜、ごめんね。助けに入れなくて……!」


 まさかのそこが仲良しなんですか……!?名前呼びだし、抱きついてるし……。天使は猛獣すらも手懐けてしまうのか……。


「天音、だ、大丈夫だから。痛い、痛いから離して……」


 水間は少し困ったように楓原のことを見ている。でも本気で嫌がっているようには見えないので本当に仲がいいのだろう。中身はともかく絵面だけ見たら美少女の戯れだ。


「うぅ……恵が大丈夫でも私がダメなんだよぉ。今日も可愛いなぁぁ」


 楓原が水間の頭をわしゃわしゃと撫でながら言っている。溺愛っぷりが凄いな……と思いつつ仲良きことは美しきかな。ってことで俺はその様子を目に焼きつけることにした。


「そ、それより天音。なんか食べ物持ってない?お腹空きすぎて死にそう……」


 未だ抱きつかれたままの水間が目を細めて言った。なんだ、朝ごはん食べてないのか?なんていうことは俺にとっては割とどうでもいい事だった。


「ええ!?大丈夫!?お昼用に持ってきてたおにぎりあげるから食べて!」


 楓原が焦った様子で水間におにぎりを手渡す。それは伝説の手作りおにぎり……!好きな女子が握ったおにぎり食べるのって永遠の夢だったりするよね。


「ごめんね、天音。お昼ご飯取っちゃって。料理出来ないけどずっと買ってるとお金無くなっちゃうから」


 もぐもぐとおにぎりを食べながら謝る水間。おにぎりを頬張る姿はなんとも愛らしい。ていうか、楓原といる時の水間は毒気を抜かれたように大人しいな。


「いいよ!もっと食べな!?なんなら全部食べな!!」


 楓原がおにぎりを次々と水間に渡す。どんだけおにぎり持ってきてるんだ……?でも水間も渡されるおにぎりを余すことなくもきゅもきゅと食べ続けた。


「太ったら天音のせいにする」


 と、ぼそっと言ってから尚もおにぎりを食べる水間。どんだけ腹減ってんだよ。いや、なんか小動物感(?)があって可愛いのは否めないけどさ!俺もそういうの好きだけどさ!!

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