第5話  帝都の収穫祭

 様々な店が並ぶ帝都で1,2を争う繁華街。

 珍しく休暇を願い出たレイリアは、アンジェを連れて大通りをのんびりと歩いていた。


 護衛騎士の筆頭を務めるレイリアは、ふだんなら、週末に休みを取ることはない。というか、そもそも、幼い主君から離れるのをよしとしない。

 レイリアが、帝都がにぎわう時期に、休暇を丸1日以上取ること自体が珍しい。


『リアの仕事が大変なことはわかってる。でも…明日からのお祭、1日くらい僕に付き合ってもらえたら、とってもうれしいんだけど。これって我儘かな?』


 潤んだ大きな瞳で上目遣いに寂しそうに呟かれると‥‥

 断るのは難しかった。


 先日、いけ好かない第二皇子に難癖をつけられて無駄な立ち合いをしたことがばれて、涙ながらに諫められたばっかりだったし。

 要らぬ心配をかけた罪滅ぼしとふだんの家事の労いの意味も込めて、1年に一度の秋の収穫を祝う祭りに連れて行くことにしたわけだ。


 正直に理由を伝えるとアレク皇子は笑顔で快く許可してくれた。


 国王夫妻がお戻りになっている以上、あの偉そうぶっている第二皇子も大したことはできない。

 アレク皇子の周辺にはいつもより多めに護衛も配置してある。


 1日目の今日は庶民中心の催しばかり。王族は王宮内で、神官や聖女を招いて豊穣を感謝する儀式を行う。

 庶民への皇族の顔見世行事があるのは祭りの最終日の3日目だ。


『いつも感謝しているんだ。私のことは気にせず、2日間は羽を伸ばしてくればいいよ』


 アレク皇子は、急な休暇申請を快く許可してくださったばかりか、先日のバカ兄貴~アレク殿下はもっとソフトな言い回しを使われたが~のせいで剣を抜かせた謝罪だと、それなりの額の礼金まで下さった。馬鹿犬をたたき斬ったせいで牢屋につながれていた同僚の家には、かかりつけの医師を派遣して見舞金を送ったとか。


 数日後、ぴんぴんして出勤してきた本人が涙ながらに感謝していたっけ。


(本当に、お若いながら、よくできたお方だ。それに、笑顔がとっても可愛いし…尊い)


「リア、あれは何?」


「あれは、魔魚売りね」


 物珍しげに周囲を眺めていたアンジェの指さす方向には、いくつも水槽が置かれ、様々な色合いの水が入った袋が吊り下げられた店。水槽にも袋にも銀色に輝く封印札が張られていて、キラキラと光を放っている。


「あの店では、大陸の北で採れる魔魚、湖に棲む魚に似た魔物が売られているの」


「魔物?」


「魔物と言っても、ああして売られているのは、大した力は持ってないものね。ほとんどは、魔力を多少帯びているだけで、ふつうの魚と大して変わらない。まあ、歯が鋭かったり、鱗に毒があったりするのもあるそうだけど。肺の病や魔力欠乏症の治療、滋養強壮に効くとか」



 秋祭りの間、各店舗は大々的にセールをしたり、その時期にしか手に入らない限定品を並べたりしている。広場では数えきれないほどの出店が並び、珍しい異国の食べ物や商品を取り扱っている。

 

 家事がからきしダメなレイリアに代わって頑張ってくれているアンジェに、今年こそ、その賑わいを見せてやりたい気持ちもあった。

 昨年の今頃は、まだリハビリ中で人ごみに連れていける状態ではなかったし。


 勤務外なので、レイリアは、いつもの護衛騎士の制服は着ていない。


 クローゼットの奥にしまってあるデイドレスを着てはどうかとアンジェには勧められた。が、その提案は即座に却下した。

 自分に全く似合わないのはよくわかっていたから。


 それなら、なぜ購入したのかと言われると、まあ、出来心というか、いつかあんなかわいい服が似合うようになれたらいいな、というおまじないというか。

 あれは帝都に出てきた日に、街で一目ぼれして衝動買いした服だ。いわば、独り立ち記念、観賞用の服。


 可愛らしいフリルが襟口と袖に入ったピンクのデイドレス。ウエストに絞りが入っていてスカートがふんわりと広がるタイプなんて。

 時おり眺めて楽しむことはあっても、自分で着て外出する勇気はない。いくら何でも、アンジェには大きすぎるし。いや、たとえサイズが合っても、着てくれなそうではなるが。


 自分好みの可愛い服~明らかな女児用の服は嫌がられたので刺しゅう入りの裾が広がったズボン~はアンジェに着せ、結局、自分はふだんと大して変わらない服装になった。


 グレイのシャツに黒い胸当て、黒っぽいスラックス。その上を覆うのは、帯剣を隠すダークブルーの薄手のコート。

 いくら、非番だと言っても、丸腰なのはなんだか不安だったので。


 外見に無頓着なレイリアは気が付いていなかった。

 珍しい色合いの中性的な美貌のせいで、すれ違う人々が振り返るほどには目を惹いていることを。

 すれ違いざまに立ち止まるのは、男性だけに限らない。

 コートと胸当てのせいで体の線が隠されている。いかにも騎士らしいきびきびした動作は、女性的と言うより男性的だ。彼らの多くはレイリアの性別に首を傾げ、その傍らにくっついている少年?少女?との間柄に頭を悩ましていた。


 アンジェが唐突に立ち止まった。

 その目の前には、銀色に輝く石をはめ込んだアクセサリーがいくつか展示されたガラスのケース。


 主として魔石などの貴重な石を扱う高級石店だ。

 どうやらこの店は収穫祭の人出を当てこんで、ふだんは出回らない特殊な品を扱っているようだ。


「あら、珍しい。銀石英のチャームね。銀色に光っているでしょ?銀石英はサハラド王国の特産物で、魔物を寄せ付けない効果があるそうよ」


「サハラド王国?大陸の南の端にある、魔石の産地だったっけ?」


「そう。魔石の産地は他にもあるけど、銀石英はあの国でしかとれない貴重品」


「この店って、祭りが終わってもあるの?」


「もちろん。この手の店としては老舗で、銀石英みたいな希少品まで扱っている、帝都で唯一の店よ。もしかして、銀石英が気になる?ごめん。買ってあげたいけど、銀石英は高価すぎて」


「別にいいよ。ただ、たぶん、初めて見たから。珍しかっただけ」


 アンジェはにっこりと笑うと、今度は隣の店舗を熱心に覗き込む。


「この金色の石は?なんだかいい匂いがするけど?」


「あれは石じゃないよ。ベイジル地方にしか生えない広葉樹の樹液を固めたもの。チーズみたいに削って使うの。爽やかな酸味とほのかな甘みがあるって聞いたわ」


「料理に使うの?」


「お菓子やパンにも使うかな。気になるなら買う?」


「いいの?」


 家事は何でも率先してやってくれるアンジェは、特に料理に入れ込んでいる。

 珍しい香辛料や食材を見つけ出してきては、新しいレシピに挑んでいるのだ。

 味覚がすぐれているのか、センスがいいのか。ほとんど失敗したことはないので、レイリアは、いつも楽しませてもらっている。


 レイリアが金色の樹液塊と、ついでに珍しい香辛料をいくつか買って振り返ると、アンジェが今度は蓮向かいの屋台を見ていた。


「あれは、大雷鳥の串焼きよ。たしか、北パジャ地方の名物。食べてみる?」


 大きな目を見開いて肉が焼けるさまを眺めているアンジェのために、焼きたての串を1本頼む。それから自分用に1本。さらに、味付けなしで串を2本お持ち帰り用で。留守番している猫たちへのお土産だ。


 猫は猫舌なので、冷えてしまっても文句は言わないだろう。


「熱いから気を付けて」

 

 おそるおそる肉を齧るアンジェを見ながら、自分も頬張ろうと口を開けたその時・・・


 ズガーン!


 凄まじい爆発音が轟いた。


 見上げた先に、なんだが真っ黒い丸のようなものが…浮かんでいる?

空に?

あれは、悲鳴?

中央公園の方だ。


 そう思った時には、走り出していた。


「レイリア!」


 アンジェの慌てた声にいったん振り返って、叫ぶ。


「ちょっと見てくる。アンジェはここにいて!」


 パニックになって逃げてくる人々を器用に裂けながら、レイリアは騒ぎの中心へと駆けた。


 ようやくたどり着いた帝都中央公園で目にしたのは、思いもかけない光景だった。


 済んだ秋空に開いた真っ黒な穴。そして、地上には…

 あれは、何だろう?狼?


(いや、狼にしては、でかすぎる。口からはみ出ほどの牙、額に角まであるなんて。絶対、狼じゃない)


 逃げ惑う人々に咆哮を上げて襲いかかる奇怪な狼に似た獣たち。制服姿の衛兵たちが人々を誘導している。騎士が数人、必死に剣を振るっているのが見える。


 その中心で戦っているのは、真っ白いマントを纏った長身の男。

 レイリアの目から見ても、見事な太刀筋で獣を屠っている。

 獣の爪を躱した拍子に、男が被っていた頭巾フードがぽろりと脱げた。

 

 黒髪黒目の精悍な容貌が露になる。


 あれは王室騎士団のエドワード・エクセル副団長だ。


 レイリアは身体強化の術を自らに施すと、抜刀して、獣の前に躍り出た。

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