3 彼女の約束

 彼女の後をついていくと、すぐに校庭に出た。

 先程おいたバッグを取って、そのまま道へ向かって歩く。


「案内する」


 彼女は俺の横を歩き出した。道はわかっているけれど、礼は言っておく。


「ありがとう」


 同年齢くらいの女子と会話するなんて、3年ぶりくらいだ。

 だからこうやって一緒に歩いてくれるだけで結構嬉しかったりする。

 服装はアレだけれど、可愛いことは可愛いし。

 俺の気分としては、そういう意味での礼だ。


 ただ、そんな時間もそう長くは続かない。

 ここから見えるうち手前側の建物が、学園総合受付がある建物だろう。

 ここからは道も平坦だし、すぐだ。


「灰夜紺音。灰色の灰に、よる。紺色に音楽の音。高等部1年」


 彼女は前置き無く、名前の説明と学年を口にした。

 言葉が色々足りないけれど、きっと自己紹介だろう。

 なら俺も自己紹介しておいた方がいい。


「伊座薙大翔。高校1年に編入するため、埼玉から来てさっきついたところ」


「編入生?」 


 俺は頷く。


「そう」


 女子と会話した経験が少なすぎて、簡単な返答しか出来ない。


「試験は特例?」


 試験? トクレイ? 何だろう。

 試験関係でトクレイと言って思いつく単語は、特例くらい。

 しかしそんな試験種別、募集要項には載っていなかった。


「普通だと思う。特例があるとは知らなかった」


「さっきの戦闘、神の力を使っていた。具体的には未来予測、最適化、強制身体制御。力の源泉はおそらくOrryx。なら特例編入が出来る筈」


 常識外の言葉が、彼女からも出てきてしまった。

 勿論俺に、そんなのと関わった覚えはない。


 それでもすぐに否定できないのは、思い当たる節があるからだ。


 思い当たる節とは、俺の異常な戦闘能力。未来予測、最適化、強制身体制御といった要素にわけると説明しやすい。

 何の訓練もしないのに使える事も、自動的に身体が動いてしまうのも、神という自分ではない存在の関与と言われれば頷ける。


 彼女の言葉は更に続く。


「試験以外の特例と一般の違いは、奨学金の有無。特例ならば、奨学金が出る。一般編入は出ない」


 俺は奨学金を申し込んだし、学校からも支給するという返答を受けている。

 しかし特例についてはまったく記憶にないし、記憶とも大分違っている。


「奨学金は申し込んだし支給されると書類にあった。ただ特例だという話は書いていなかった。それに特例については、申し込み時のパンフレットにも書いてなかったと思う。Webの説明にも」


「ならそれは特例用のパンフ。それに学校の情報がWebで出せるのは特例対象者だけ。魔法的にアクセス制御されている」


 更に常識から外れた、日常では絶対使用しない単語が出てきてしまった。


「魔法って、実在するのか?」


「使える人は使える。こんな感じ」


 彼女は何でもない口調でそう言って、歩きながらすっと右手を前に伸ばした。

 

「闇の顕現」


 声と同時に、周囲が真っ暗になった。

 何も見えなくなった俺は、立ち止まって周囲を見回す。


 真っ暗というか真っ黒というか。瞼を閉じても開いても変化はない。

 ただし視覚以外の感覚は今まで通り。たとえばバッグを持った手の感触は、そのままだ。


「解除」


 彼女の声。

 景色がふっと先程と全く同じ路上の風景に戻った。

 光が眩しく感じる以外、暗闇の痕跡は一切無い。 


「魔法の実例」


 頭が混乱しかけるけれど、これは認めるしか無いだろう。

 彼女は魔法を使えて、此処ではそれが特別ということではないらしいという事が。


 俺の15年間生きていた常識が全否定される事実だ。

 しかし現に今、体験した事を否定は出来ない。


「理解した。間違いなく特例コース。実力もある。でも知識が足りない。今のままでは危険」


「危険って、どういうことだ?」


「この学校にいる勢力は、それぞれ敵対している。先程のように襲撃に遭うこともある。実力があってもそれなりの知識は必要」


 それなりの知識というのは……


「神とか、そういった存在に対する知識か」


 ここまで来たら、認めるしかない。

 彼女は頷いた。


「あとは魔法や神力等についての知識と、そういった力に対する対処法。普通は属している教団や結社等が教える。所属はある?」


 そんな物はない。俺は無宗教だ。祖父の葬式の時が寺だったから、家は仏教の曹洞宗なんだろうけれど。

 俺は首を横に振る。


「わかった。なら私が何とかする。ただ今は受付がある。だから後で」


 彼女は何とか出来るような力があるのだろうか。

 でも魔法を使えるし、何も知らない俺よりはましだろう。


 ただ、もうすぐ受付の建物だ。


「終わったらSNSか何かで連絡しようか?」


 正直、不安たっぷりだ。先程から続く常識で説明できない色々で。

 格好は地雷系っぽいけれど、今のところこの学校で知っているのは彼女しかいない。


 名居がいれば別だけれど、奴の到着は明後日の夕方。

 それまで何事もなく過ぎるという保証はない。

 そうでなくとも、俺は不幸というか面倒事に出会いやすい体質なのだ。

 ここは少しでも用心した方がいい。


「大丈夫。寮の部屋についたらわかる」


 どういう事だろう。

 あたりまえだけれど、男子寮と女子寮は別の建物だ。

 だから寮の部屋そのものは個室だけれど、異性を連れ込むなんて事は出来ないし、見つかったら校則違反で最低でも停学。 


 なんて考えたところで、彼女が足を止めた。

 建物の玄関前だ。

香妥州かだす学園』という青銅製看板と、『学園総合受付』というプラスチック製看板が出ている。


「それじゃ、寮についた後で。あと……」


 何だろう。そう思ったところで、彼女は俺を見て、再び口を開いた。


「さっきはありがとう。嬉しかった。誤解があったとはいえ、他人に守られたのははじめて。

 だから大翔が私より強くなるまでの間、私は大翔を護る。約束」


 えっ。何と返答していいか、とまどった次の瞬間。

 6m幅くらいのアスファルト舗装の道路。3階建ての四角く素っ気ない建物。青銅製とプラスチック製の看板と出入口。


 全く同じ景色の中、彼女の姿だけが消えていた。 

 ここまで一緒に歩いてきて、話もした筈なのに。

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