2 いきなりの戦闘
塀がないから、道路からそのまま校庭へと走り抜ける。
片手でスマホを取り出して録音アプリをONにしたのは、証拠保全のため。散々事案に巻き込まれた経験からの、習慣的自衛行動だ。
校庭の端の先、木々と岩場に隠れた一段低い場所に、砂と岩と背の低い草で出来た、長さ20m位の細い平地があった。
手前側に高校2年か3年に見える男子が3人、5mくらい間をおいて向かい合った形で、やはり高校生くらいの女子が1人。
女子の後ろと右は岩、左は海へと落ちていく崖。
そして男子3人は、それぞれ武器や防具っぽいものを構えている。
「とうとう追い詰めたぞ。邪神の手先め。我ら第6生徒会が神の名において、ここで滅す!」
中央の男子から甲高い声怒鳴り声。
生徒会の第6? 神の名において滅ぼす!?
俺には理解不能だ。
服装や所持品もまともじゃない。
アニメで聖職者が着ているような、黒い詰め襟でコートのような服。
1人は槍、1人は盾、1人は五芒星形の石を手にしている。
「無理」
そう返答した彼女も、変わったスタイルだ。
黒い長髪、黒いフリルたっぷりのブラウスと裾が広がったスカート。銀色のネックレスに黒の厚底靴。
プラスして涙袋ばっちりの人形みたいなメイク。
いわゆる地雷系だろうか。それでも邪神の手先というのはどうかと思うが。
なお彼女は特に恐怖で震えているという感じでない。
無表情、しいて言えばつまらなそうな感じだ。
現実離れしている上、状況が理解不能。自主制作の撮影と言われれば納得したくなる。
しかし残念なことに、俺の戦闘能力は察知してしまうのだ。
このコスプレ男子3人が本気であることを。
本意ではないが見過ごせない。
だから俺は、前方5m程のところにいる男子3人へ呼びかける。
「脅しにしろ何にしろ、此処じゃ危ないだろう。島内じゃ逃げるのは無理だし、俺という目撃者も出た。諦めた方が賢明じゃないか?」
3人揃って俺の方を向く。目が合った瞬間に気づいた。これはヤバい奴だ。目つきが逝っている。
「貴様も邪神の手先か!」
「人類の敵め!」
言葉による説得は難しそうだ。
「俺は奴を防ぐ、その間にハイヤを倒せ」
盾を持った奴が残り2人に指示した。
ここで見過ごしたら間違いなく傷害事件だろう。
仕方ない。
俺はバッグを岩の上に置いた後、軽く足を曲げ、地を蹴った。
4歩目の左足で地を蹴り、右へと進路変更。盾を構えている奴のぎりぎり右側を走り抜け、盾を強く引っ張る。
攻撃を防いで後ろに踏ん張る事が前提の体勢は、これだけで簡単に崩せる。
6歩目で、女子生徒の方へ向かっていた2人の真後ろ。振り向こうとした2人の間に突入し、槍を持った左側を肘打ち。
手の力が緩んだ瞬間に槍を取り上げ、崖下へ放り投げる。慌てて槍を取り戻そうと伸ばした腕を逆方向に捻り、関節を決めた状態で倒す。
更に石を持った奴の足に俺の右足をくっつける。俺から見て手前側に服の袖を引っ張れば、奴は踏ん張れずに倒れる。
更に3歩進んだところで右足を思い切り前に出し、軸にして右ターン。左足を軽く後ろにつければ、地雷系女子をガードしてコスプレ男子3人に向かう体勢が完成だ。
のろのろと立ち上がってきたコスプレ男子どもに告げる。
「これで引き下がってくれないか。俺としても、こんな危険な場所で最後まで安全に手加減出来る自信がない」
ちょっと間違えると崖下へ落ちてしまいそうだ。
そうなれば重傷か下手すれば死亡。
俺にそんな意図はないが、結果としてそうなりかねない。
正直ため息をつきたい気分だ。
結局此処でも、巻き込まれ体質が発動してしまった。
これでいきなり停学になっては、環境一新の為にここに来た意味が無い。
間違って退学にでもなったら、悲しみの高校浪人生活に突入だ。
俺に非がないことは録音で証明出来るだろう。
しかし学校なんてのには事なかれ主義者が多いのだ。
疑わしきは罰せよなんて方針で動かれたら、たまったものじゃない。
だから思い切り本音で、そう申し向けたのだけれど……
コスプレ男子3人は立ち上がり、こっちを向きなおる。
盾を構え、五芒星型の石を抱え直し、槍を失った奴はスタンディングスタートの姿勢をとった。
やる気満々。仕方ないというか、面倒だというか……
待ち受ける俺に、3人が迫ってきた。
ただし遅いし隙だらけで脅威と感じない。
仕方ない、 今度はすぐには立ち上がれない程度に叩きのめそう。
埼玉の自宅を朝4時半に出て、電車に合計5時間近く乗り、更に船に乗り継いで来たのだ。
これ以上疲れることを増やしたくない。
やり過ぎない事を意識しつつ、ほぼ本能に任せて身体を動かす。数秒で3人を倒した。
念のため、ガシガシと何回か踏みつけ攻撃をしておく。
これで10分くらいはこの場から動けないだろう。
そう思った時だった。
斜め上から電動髭剃りのような音が聞こえた。
急速にこっちに近づいてくる。何だろう。
「執行監視ドローン。逃げると面倒」
声の位置は地雷系風女子、ハイヤと呼ばれていた彼女だ。
でも、その何とかというドローンは何なんだ!?
立て続けに発生する不明な状況に、疑問ばかり生じてしまう。
それでも俺としては、これ以上の面倒は避けたい。
だから俺は彼女の言うとおり、それ以上動かないで音が近づくのを待つ。
近づいてきたローンは大きかった。
プロペラが4か所ついていて、横幅が2m以上ある本格的な奴だ。
そのドローンから、中性的な声が流れる。
「こちらは学園総合指揮所。生徒5名と、戦闘を確認。
該当者は、第6生徒会『グリュ=ヴォの戦士』会長佐藤黎久、副会長鈴木蹟樹、初期高梁男力の3名。および
結果は伊座薙大翔による『グリュ=ヴォの戦士』3名の制圧と認定。
戦績により『グリュ=ヴォの戦士』の第6生徒会の地位剥奪を決定。4月7日17時迄に第6生徒会室の退去を要請する。
繰り返す。戦績により……」
まだ受付前なのに、俺まで把握されている。
ところで戦績での判定があるという事は、この戦いは学校公認という事だろうか。
一体何がどうなっている!
そう思ったところで、ドローンから再び俺の名が聞こえた。
「追加の注意。伊座薙大翔は入校・入寮手続きが未了。本日中、出来るだけ早い時間に総合受付に出頭するよう要請。
繰り返す。伊座薙大翔は入校・入寮手続きが未了。本日中、出来るだけ早い時間に総合受付に出頭するよう要請。
以上学園総合指揮所」
告げ終わると同時に羽音が高まった。ドローンが上昇し、上空を左側へと飛び去る。
残ったのは俺と女子1人と、倒れている元第6生徒会の3人。
元第6生徒会の3人は、まだ立ち上がれなそうだ。
学校側が把握済みだから放置してもかまわないだろうが、道に戻るには邪魔。
通れないことはないが、歩行中に下から攻撃されないか不安だ。
そう思ったところで、左後ろ側で何かが動いた物音がした。
俺から2m位離れた、人の気配はない場所だ。
あの地雷系風女子の声がした。
「こっち。案内する」
見ると彼女の脇に、上れそうな段差があった。
先程はそんなの無かったような気がしたが、見落としたのだろうか。
それでも倒れた連中の横を通るのは避けたい。
だから俺は彼女の方へ足を向ける。
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