1 逃れの島
中学生になった頃から、喧嘩とか脅迫とか暴行とかに巻き込まれるようになった。
住んでいるのは埼玉の、通称○○○スタンと呼ばれる治安それなりな地区。
そんな場所であっても異常だという位に巻き込まれた。
俺が何かした訳では無い。毎度毎度そういった現場に偶然出くわしてしまうだけだ。
結果、当事者は俺に対して口封じその他で暴力を振るおうとする。
しかし何故かそういう状況で、俺は負けたことはない。
考えなくても身体が勝手に動き、最小の動きで確実に相手を無力化してしまうのだ。
何故そんな事が出来るのか、自分でもわからない。
道場だのジムだのに通った訳でも、誰かから英才教育を受けたなんて事もないのに。
それでも今は、そういった場合でもある程度、自分の意思で身体をコントロール出来る。
しかし中2夏頃までは、身体の動きを抑えられなかった。
結果、俺を攻撃したほとんどの相手は再起不能。
幸い今の警察は優秀だ。いいかげんな証言にとらわれず、防犯カメラや第三者の目撃者を探して事実関係を捜査してくれる。
捜査の結果、すべての事案で俺の行動は正当防衛と認められた。
それでも歪んだ噂は広まるものだ。
結果、中2になって以降、俺が話せる奴は友人の
その名居が、まもなく中3となる春休みに、こんな情報を持ってきたのがきっかけだ。
「進学先として、こんな学校はどうだ?」
渡されたパンフレットの表紙には、
「山口にある全寮制の学校だから、此処での噂を知っている奴はいないだろう。島一つを学園で占有しているから、此処みたいに治安が悪い事もない」
その場でパンフレットを開いてみた。
『島全体を使って、教育・研究にふさわしい環境を整えました』
その一文に安心感を覚えた。
これなら巻き込まれ事案は起こりにくいだろう。
その後、学校公式以外の情報についてネットで検索。
最近出来た学校だが、米国にあるミスカトニック学園の系属校で、評判はいい。
協賛企業による奨学金が充実していて、公立高校以下の負担で入れる。
もちろん寮での生活費を含めての話だ。
この街から逃げたい俺には、またとない話だった。
ただし中高一貫校で、高校から編入定員はわずか20名。
難易度は埼玉県の高校でいうと、浦高並み。
「俺も受ける。一人暮らしをしたいからさ。試験は東京でも受けられるから一緒にどうだ?」
確かに此処から逃げ出すには、ちょうどいい。
だから試験までの10ヶ月ちょい猛勉強して、名居ともども無事合格。
名居は元々優秀だから当然かもしれない。
しかし俺はもう奇跡の合格だ。
半年で業者テストの偏差値を7上げて、それでも合格可能性2割という状況だったのだから。
◇◇◇
船は左側が島と工業地帯に挟まれた海を進んでいく。
乗船しているのは、俺の他は船長だけ。
島と工業地帯の間は500mくらいだが橋は無い。
自動車運送可能なフェリーとこの40人乗り小船の2隻が、日中2時間おきに徳山港と島の間を往復している。
そう学園案内のWebページには書いてあった。
そして俺が乗った船は、島の海に突き出た素っ気ない桟橋へと近づく。
見えるのは小さい浜と桟橋、プレハブ製の待合室っぽい建物だけ。
見ている間に船は無事到着。
鉄骨についたひもを船長が引けば、立ててあった渡り板が倒れて船の上まで伸びる。
「桟橋を出たら道を左、あとは道なりに上って行けば学園総合受付だ。高等部編入や寮の手続きもそこになる。間違えるような道じゃないが、気をつけてな」
「わかりました。ありがとうございます」
俺は船長に軽く頭を下げた後、渡り板を通って下船。
船の方へ再度頭を下げ、そして言われた通り山側にある道路の方へと向かう。
それにしても、ここまで遠かった。
当初は一緒に来る予定だった名居は、家の都合で別日程になってしまったし。
だから一人で朝5時前の電車に乗り、新幹線に乗り継いで、更に船に乗り継ぎ、ようやくここまで来た訳だ。
待合所と書かれているプレハブの前を通り過ぎ、『香妥州学園・総合受付・事務所』の看板に書かれた矢印方向へ。
そこそこ急な坂を上ると、道は右へと急カーブ。
曲がって少し上ったところで、左側にグラウンド、その先遠くに校舎らしき建物が見えた、
ここが中等部・高等部共同使用のグラウンド。奥に見えるのが中等部・高等部の校舎。
道の先、俺の進行方向に見えるのが、総合受付の建物の筈だ。
今日は受付をした後、寮の自室へ行けば予定終了。
食事は夕方以降に食堂に食べに行けばいい。
後は明日、学校案内と書類作成の時間までフリーだ。
部屋についたら一休みしよう。此処の寮は個室だから、のんびり出来る筈だ。
そんな事を思いながら、受付の建物まであと100mちょいのところを歩いていたところで。
男声の怒鳴り声、そして女子っぽい声が聞こえた。
声が聞こえた方向を確認。校庭の端の先、木々や岩で見えない向こう側のようだ。
入学受付もしていないのに、問題が起こりそうな場所に首を突っ込むんじゃない。
そうやって地元にいられなくなったのを忘れたのか。
そう思いつつも、俺は声の方に走り出してしまう。
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