第五話 『現実臨界』 その6/地獄へ向かうための民主主義


「貧乳だが公安だ。アサルトライフルの輸入先ぐらい、さっさと見つけてくれるだろ」


「そ、そのはずだ」


「あれは、怖いんだぜ。撃たれた実物を見たのは、さすがに初めてだったけど。銃弾の威力ってのは、ゲームのそれより残酷だ。あの警官、胸を撃たれて良かったかも。あれが、もう少し下だったら、肝臓に当たっていた」


「な、内臓か……」


「どうなると思う?」


「つ、貫かれる。ベストも、貫通していた」


「そうだ。おかげで、減速した。だから、たった五百円玉ぐらいの大きさの穴しか開いていない。ああ、弾が入った穴じゃなくて、出ていったときの穴だ」


「……入ってくる穴より、そっちの方が、大きいんだ?」


「ぶっ壊してかき混ぜながら、出ちまうからね。とんでもない運動エネルギーが、あの弾の一発ずつには込められている。あんなものが、内臓に当たったらさ……ああ、フルーツが入った、百円ぐらいで売られてるゼリーあるだろ?」


「あ、ああ。息子も好きだぞ」


「あのゼリーを、拳でぶっ潰してから、逆さまにしてフタを外すんだ。どうなる?」


「ぐちゃぐちゃになったゼリーがこぼれ落ちる」


「そう。それが、アサルトライフルで撃ち抜かれた臓器だ。ぐちゃぐちゃになって、体の内側で飛び散るんだ。救いようのない破滅的な重傷だな。あの警官は、肺が片方、つぶれただけ。一生、呼吸がしにくくなるだろうが……まだ、良かったのかも。片肺でも、トライアスロンをやり遂げる人だっているんだし」


 気の滅入るハナシだった。でも……。


「そんな武器を、『生命の秩序』は手に入れている。『あと何百丁持っているのかね』。一丁でも、厄介だぜ。アメリカみたいに街中で乱射でもされたら、何十人もの体のなかで、クラッシュ・ゼリーが作られちまう。どんな外科医でも、ぐちゃぐちゃになった臓器は、元通りには治せんぞ。近代兵器で、殺し合いなんてするもんじゃない。戦争反対って気持ちに、心からなれるよ」


 戦場だと、あんなもので大勢が撃ちあいをしているのか……悲惨だ。PTSDを発症するのも、当然だろう。ぐちゃぐちゃになった敵とか、味方を見る。そのひとたちも、普通の人生を生きようとしただけの、普通の人たちなのに……「残酷な真実は、ときどき人をやさしくさせるの」。うん、真実は怖いけど、怖さだって、人をやさしい方に導ける―――。


 ……ああ。


 あのけたたましい音が、勅使河原のスマホからまた放たれる。


「警察無線アプリ?」


「い、いや。そっちじゃなくて……これは、クソ……っ。公安のくれる通信アプリって、設定がおかしいぞ!」


「そういうイタズラで、あの貧乳は君をあやつっているのさ。あわてふためいて、振り回されるほど、マゾである君は忠誠心を得ていくんだよ」


 クズ弟の声は聞こえただろうか。勅使河原にとっては、教訓にすべき言葉かもしれない。


「も、もしもし。勅使河原です! え、あ。はい。車で移動中です。水原姉の運転でして。ええ。水原姉弟しか、いませんが……わ、わかりました」


『こんばんは』


 知らない女の声が聞こえる。公安のくれた通信アプリとやらが話すのなら、こいつはくだんの公安か……「日本のスパイだね!」、うん。そのはずだ。


『セクハラしてくる男根くんはいますか?』


 クズ弟のことだとわかるのが、姉としては悲しかった。


「セクハラなんてしてないだろ。オレは常に女子高生の味方なだけだ」


『逃げられましたね』


「何に?」


『『ドクター・バタフライ』に。精神病院に、誰かが放火したようです。死人は出ないボヤですが、おかげで大忙しみたいですね』


「……さとじいが、やった証拠はねえだろ」


『いないみたいなので』


「……ああ、じゃあ。やったのかもしれんな」


 あの老人は、何でもやれるのか……まあ、刑務所じゃないから、逃げ出すことぐらいはやれるのかも。そもそも、普通の人じゃ、ないだろうし。『生命の秩序』の、幹部……「悪の組織の大幹部。ワクワクだね。変身して、蛾の怪物になって、飛んで逃げたのかもね!」。蝶よりは、蛾になりそうな毒々しさはあった。


『まあ、状況が動いてくれたのは、良きこと』


「どんな発想しているのか。スパイ脳ってのは、恐ろしいね」


『何かしてくれれば、追跡はしやすくなる。うちの上司の男根どもも、どうにか動き出すでしょう。何人も辞表出すことになるでしょうが』


「どこにでも『生命の秩序』は紛れていたからね。君の上司の上司にも」


『恥ずべきことです。でも、政府に捜査を妨害されていると思えば、現場はより協力的になるでしょう。頼りにならない『上』を無視して、現場でがんばる。これぞ日本の伝統的なスタイル。無能なエリートを見限って、現場での対応力に頼る。これで、マシになる』


「じゃあ、そうなるように期待しよう。原始的な努力と根性と底辺の仲間意識で、高度な科学と権力を有する邪教どもと戦うんだ!」


「そ、それで。吉永さん。どういったご用で? 情報共有だけ……でしょうか?」


『人手がいるから、さっさと来るように。麻生繭の彫り師の師匠が、偽名で借りていた物件を見つけました。つつきにいきます。蛇が出るかも』


「一般市民の双子と、負傷した不倫警官が、ダークな彫り師の隠れ家なんぞに行って、何の役に立つ? オレが捕まって、ペニスを入れ墨まみれにされたらどーするんだ?」


『さっさとこい。つまらん犯罪をでっちあげて、逮捕するぞ』


「ひ、ひどっ。オレと吉永ちゃんの仲じゃないか」


『ああ。あと。入れ墨まみれにはされないから、安心して。麻生繭の師匠は、とっくに殺されてたから』


「……え」


「……ドン引き情報ばかりだな。公安って、死神なの? 地獄じゃん。死体、死体、また死体。そんなところに、オレたちまで、わざわざ行くのか? おい、姉よ。ここは三人だ。二対一なら民主主義が成立する!」


『くるでしょ?』


 ……うなずくよ。「さすがは、玲於奈!」。藪蛇でも、突っ込むしかない。そもそも、逃げられないんだ。どうすべきかは、わからない。でも、どうにかしないと。繭のためにも、みんなのためにも。こんな地獄は、終わらせないといけない。「うん。玲於奈だけが、やれるよ。だから、弟くんもついてくる。この地獄を、天国に変えられるのは、玲於奈だけって、弟くんは気づいているの」。



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