第五話 『現実臨界』 その5/蜘蛛の糸さえ届かずに


「洗脳だよ。ルールを刻み付けちまったんだ。『赤い天使』に警官が負けちまったこと。「警察は君たち国民を守れないでしょう」。『生命の秩序』が復活して、世の中を攻撃しようとしていること。「さあ、恐怖のテロ教団が日本に戻ってきましたよ!」。『生命の秩序』は、我々の社会のあちこちに根を張っていること。「日本の指導者や権力者、大成功した資本家や芸能人、SNSフォロワー数十万以上の人気者さんたちのなかに、君たち日本国民が大嫌いな邪教徒がたくさんいるんだよ!」……と、信じさせること」


「信じさせる……」


「じゃあ。あ、あのリストは、嘘?」


「半分は嘘じゃないかね。半分は本当だろうけど。たぶん、盛っている部分はある」


「そ、そうだよな。じゃないと、日本……終わりだ」


「でも。たとえ、『嘘』だったとしても、『グランマ』からあたえられたら……」


「そうだ。だから、『鵜呑み』にする。信じたくもなるよ。日本から出た、久しぶりに世界へ誇れる発明品だ。みんなのコンプレックスを克服してくれる権威がある。メジャーリーガーやサッカー選手に金メダリストは、しょせん筋肉ピエロに過ぎんが、ビジネスツールは科学と文明の勝利だ。科学的な威信ってさ、日本じゃ、仏さまやキリストよりも神さまだよね。『それ』を応援して支持していた偉い連中の、たったの数十人だか数百人が『生命の秩序』のガチ信者であるのは、ちょっとした問題だな」


「も、問題大ありだ。日本のリーダーたちが、邪教の手下なんて……どうすれば、いいんだよ」


「あきらめろって」


「そ、そんなカンタンに言うなよ!?」


「いいかね。そもそも、救いが多いハナシじゃねえんだ。オレたちは、いろんなところで負けちまっていた。かなり本気でがんばっているよ。大勢が。オレたちは、とくに。でもさ、誰か、救えたっけ?」


「……熊を殺したわ」


「……ああ。そうだな。あれぐらいだ、いいニュース。だから、それにみんながすがりついている。姉よ、お前だけはヒーローだぜ、タトゥー・ガール」


「そんな実感はないし、そもそも、違う」


「まあね。あのニュースも、敵に利用されるだろうから」


「どういう、意味よ?」


「ヒグマを用意できる。日本最強の肉食獣を、いきなり街中に放てる。その事実の証明になるんだ。ああ、アサルトライフル乱射男とか、トラックで突っ込んで大量殺人する犯人を、教団は手配できる。お前の英雄譚を見ながらも、その事実を刷り込まれていく。怖くなってね、みんな外出しなくなるよ」


「でも、倒した」


「希望は見せたよな。でも、足りない。お前の活躍と、あの悲惨な事件はセットだ。子供たちを学校に通わせたくなる親は続出し、『グランマ』に頼る。在宅教育セットだ。AIが学校に行かずとも、子供たちに授業をしてくれる。在宅ワークも増えて、葛葉は大儲けだなあ。『グランマ』に依存する」


「ど、どう転んでも……」


「今のところ、こっちは負けまくっている。『犯人』がしたかったことは、『生命の秩序』の存在感を示すことだ。昨日まで、みんな忘れていたんだぜ。教祖もいなくなった、大昔のテロ教団のことなんて。でも、今はみんな思い出したし、思い知らされてもいる。連中は強くて、どんな犯罪でもやってのける。警察も勝てないし、そもそも世の中の指導者たちのなかに大勢、信者がいるんだぜ。はあ、完膚なきまで、負けちまっている」


「……繭は、『宣伝』に使われたの?」


「もっと、おぞましいものにも使われているだろうが、宣伝でもある。生贄だ」


「……ちくしょう」


「勅使河原くん。あの熊トラックの犯人について、わかったことがあるかな?」


「あ、ああ。大手証券会社の、社員だった。エリートだよ。親の代から、『生命の秩序』に入っていた……」


「アサルトライフルの密輸経路は?」


「そ、そっちは調査中。だ、だが。吉永さんからの情報では……暴力団関係者に、あやしいのがいるらしい」


「ヤクザね。今さら、驚きもしないのは感覚がマヒしてるからかしら」


「そうかもな。むしろ、ありふれたカンジがしてなつかしい気さえするよ」


 悪人が悪人なのは、納得しやすい。でも、生活に溶け込んだAIだとか、社会を支えるエリートたちが『邪悪なテロ教団の一員』だとすれば、ほんとうに気持ち悪い。知らないうちに、悪に負けていた気持ちになる。戦っても勝てないし、そもそも、戦う前から負けていた。


 あのリストは、たしかに強烈だった。死体とエッチしている大物政治家の映像は、たぶん本物なのかも。あんなゴミが、大臣してたとか……終わってる。それに、繭……「いいよ。怖がってもいいときもある」。うん、ほんと、怖い。『ここ』はどこだろう。私が知っている日本じゃ、ないような気がするんだ。「そだね。真実って、ほんとうに怖いよね」。


 ……そうだ。


 だから、クズ弟は小説なんていう噓が好きなのかもしれない。賢いと、もっと、見えてしまっているんだろう。良かった。勉強しても、偏差値65しかいかなかった脳筋のバカで。「十分、かしこいけどね」。医学部に入れないアホは、運動でもするしかないんだ。「親って、残酷だよね。だから嫌い」。繭……繭がいて欲しいよ、この暗い高速道路をながめながら運転していても、繭が助手席にいたら、幸せだったのに。「ごめんね」。うん、知っていたことを認めなくちゃ。繭は、もう死んでいる。繭の双子も、きっと殺されている。この『犯人』は、どこまでも容赦なく狂暴だから……。



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