第二話 双子探偵 その10/神秘の汚染


 うつくしいんだ。そして、おぞましい。謎もある。


 恐怖であり、神秘。こんなものに、長く接しているほどに、心は、ぶっ壊れてしまう。ヤツに、汚染されちまうんだよ。「こんなの、ありえない。あんたら、全員、ひどい、悪人だ!」。そうだ。そんな『まっとうな主張』をぶつけられたら、警官たちの心に芽吹いちまう。


 自分の心の……。


 内的な醜さ。


 それを見つめちまう機会だよ。


 だからうめいている。ふらついてもいた。姉のことを、必死に犯人だと思い込もうとしながらも、感情が『間違い』を悟っちまう。こいつら、姉にこのむごたらしく『改造』された死体を見せつけて、リアクションを探ろうとしていたんだよ。どうせ犯人だと思っていたから。ああ。なんて、意地悪だ。正義の味方がすべきことじゃない!


 だが。


 ちがう。


 姉は犯人じゃない。そもそも、やれない。これは、プロフェッショナルの犯行だ。脳筋にやれる仕事じゃない。医者の娘で、医学部に行った弟がいるから疑おうとしたのか。それは、この姉の悲痛な叫びに揺らがないほどの根拠にはなれない。レトロなスラッシャー映画じゃあるまいし、そんなホラーな殺人一家が現実にいてたまるかよ!


 こいつらは。


 決めつけたがっていた。


 さっさと解決して、この邪悪な『箱』を閉ざしてしまいたい。社会的な信用が皆無であるはずの姉を生贄にして、とっとと終わらせたいと願っていた。その事実を、正義感の強いはずの警官たちは見せつけられている。警官たちは間違っていた。罪なき者を、悪人だと思い込もうとしていた。「毛布を、寒い、私じゃない、繭、繭を、あたためてあげて!」。


 罪悪感だ。


 そいつも、悪い。それは、人の心を揺さぶっちまうからだ。警官どもよ。そんな心細そうな顔をするな。反省なんてするんじゃない。せめて冷静な演技ぐらいしろよ。姉の絶望と正しさに呑まれるな。同調するな。ヤツの……『赤い天使』の前で、それはやめろ。


 まずい。


 まずいんだ。


 そうじゃないと……こいつは、広まっちまう。真帆ちゃんが、教えてくれているんだよ。田中もだ。「宗教って、伝染しちゃうんですよね。コロナみたいに」。


「ああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 声にならない。言葉で説明できないような、獣の慟哭だ。泣いて、姉はわめく。暴れてはいないよ。ただ、愛おしそうに、悲しそうに。とても痛ましく。やめてやれ。それは、オレにも効くし、警官どもには、もっと辛いはずだ。


 このおぞましい天使の前から、逃げたくなる。現実から、逃げたくなる。だから、「そういうときは、現実を見つめるんだよ。職業倫理に頼る。プロフェッショナルだけが、どんな状況にもなじめる。さあ、死体を解剖しようじゃないかね!」。うん。恩師のアドバイスに従おうじゃないか。


 小説家だ。


 オレは小説家だ。


 つまり、最低のクズでいい。人間味をオフにしちまえ。


 観察する。


 観察する。


 落ちつくには最強の手法、情報収取モードに全力をするんだ。


 見ろ。


 嗅げ。


 聞け。


 感じろ。


 現実から押し流されないように、ヤツをだ。


 動画では見れなかった角度からも含め。『赤い天使』をじっくりと。動画を投稿した者は、これを『前面』から撮った。だから、それはいい。前からだけなら『過不足』はなかった。だから、背後からだ。とくに、脚と背中が見たい。


 この『翼』は、どうやって作られているんだ?


 胴体の前から横にかけての皮膚を切り裂いて、背後に広げるように伸ばす。それに、背中の筋肉を削いで『縫い付けた』のかよ。ああ、肋骨も何本かない。やっぱり、骨組みにしたんだな。つまり、はがした皮膚と広背筋と肋骨で翼を作った。伸びがいい。人の皮膚って、こんなに伸びたっけ? かなりの張力で引っ張っているから、それもありえるのか。考えたこと、なかったよ。これじゃ、まるで『革製品』…………。


 ……ふむ。


 だが。いくらなんでも。革が伸びたところで、『翼』の肉が、多いような気がする。算数だ。足りないなら、どこからか持ってくればいい。脚も、いじってる。肉はここから取ったのか……「本当かよ、弟子。失望させるなよ」。そうだな。それじゃ、足りない。筋肉量が、足りない。姉に聞きたいことができちまったな―――。


「も、もう。い、いやだあああああああああああああああ!」


 これは姉の叫びじゃない。わめき散らす姉のせいで、ついに心を破壊されてしまった警官だ。人の心は脆い。死や、それに近しい根源的な恐怖と遭遇しちまうと、途方に暮れてしまう。感情的な対処に困り、過度な解決を求めるようになるんだ。この若い警官の場合は、ここからの逃亡だったよ。


 倉庫から彼は飛び出していき、そのままドアをロックしちまいやがった……。


 重たいドアを閉じる音が、響いちまう。


「な、何を!?」


「開けろ! 開けるんだ!」


 まずい。パニック状態になるな。こんなこと。冷静になれれば、何とも思わないさ。他の警官はすぐ外にいるんだから。叫べば開けてくれるはず。冷蔵室のなかでも、すぐに凍死することはない。「理性が健在ならね」。そうだ。普段のメンタルなら、別に何も怖くなかったはずなのに……。


 でもね。ここは『箱』になった。『赤い天使』といっしょに、オレたち全員は『閉じ込められてしまった』んだ。「お前ら、みんな壊れちゃえ!」。



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