第二話 双子探偵 その8/無法者たちはカメラの下で
―――現在、日本のド田舎のセブンイレブン。
「キンキンに冷えた、ビールが最強だよね。おばちゃん、お支払い」
「はいはい」
あきれた顔で、ババアがビールを受け取った。現金払いさ。おこづかいを、ポケットから引きずり出してね。機械にじゃらじゃら食わせていく。ババアはヒマそう。自動化しちまうと、仕事がなくなって良くない。ボケちまうんじゃないかね。
手持無沙汰なババアはボケ防止のためか、外を見た。パトカーが走っていく。ため息だ。憂うのは若きウェルテルくんだけの特権じゃない。ババアだって、世を憂うもんだ。頼りにならねえ若者ばかりだからね。
「思い出すよねえ。あれさ。あれ」
「あれじゃ、わからない」
「隆希くんたちが生まれるより前になるけど。ほら。となり町で、ねえ。私も商売してるんだから、あまり言えないけども。わかっただろ?」
「『宗教ども』は、本当にクズだからな」
「たくさんの事件があったもんだよ。はあ、思い出すと、気持ち悪くなってきちゃった。バタバタ死んじまったからね。あれは、まさに……『ほむらがわ』」
「じゃあ。心を安らかにするために、ビールを飲むといい。オレも、今から飲むんだ」
「はいはい。また買ってね。でも、さっさと就職するんだよ」
「しない」
コンビニのババアから情報収集しつつ、ビールを買った。駐車場に出て、さっそく朝の一本目だ。おお、すばらしい。脳みその回転が、良くなってくるよ。飲酒は、最高だ。多くの悩みを解決してくれる。すぐに一本目を飲み干したよ。
そうしたら、久しぶりに姉と再会する。東京にいるせいで、運転なんて久しぶりなのかもな。荒っぽい停車しやがって。弟を轢き殺しそうだったんだが。感情表現かな。
しかし。SUVか。ヤツを殺した犯人を捕まえたら、運びやすいことこの上ない。殺意が満ちていた。柔道の試合のときの比じゃねえよ。
それに、グラサンかけてやがった。
「悪人ぶってるのか。ただでさえ、首もとからおぞましいタトゥーがはみ出してるってのに。どういうテーマのファッションだよ。この容疑者め!」
「目つきを隠したいだけ。鏡で見たら、殺人鬼みたいだったから」
「だろうね。久しぶり」
「電話で話したばかりだ」
「電話なんかじゃ、この感覚は味わえん。ほーら、ハイタッチだ」
もちろん。してくれない。振り上げた手のひらで、空想上の真帆ちゃんのおっぱいを揉んでみる。
「酒臭い。アル中め」
「そっちは、大麻のにおいをさせちゃいないな。意外だよ」
「マンションにあったのは、ぜんぶ、トイレに流して処分した」
「いい判断だ。あんな罪深い草は、捨てちまえ。科学の産物の白い結晶も。依存するなら、アルコール一択だよ」
「さっさと、乗れ」
「いいや。せっかくだから、コンビニに行って、つまみとビール買ってきてくれ。お金、なくなっちまってね。追加で買ってくれ、お姉ちゃん」
「クズめ」
「あと。店外だけじゃなく、店内の防犯カメラにも、映っておけ。店主のババアにも見られておくんだ。すぐにお前だって、気づいてもらえる。ババアは物理的に顔もでけえが、違う意味でも顔が広い。お前のことを、正しく理解して、広めてくれる」
「……田舎のヒトの受けなんて、悪いはずだけど?」
「ここのババアはね、クズを見慣れている。だから、クズの内面をちゃんと見抜けるんだ。グラサン外していけ。悲しみに泣きあかした眼球を見せてやれよ。それでいい。頼みを聞け。そっちの頼みを、聞いてやってるんだからさ」
いい姉だ。
言うコトを聞いてくれた。ビールじゃなくて、酎ハイだったことは不満だけど。
「女子かよ」
「女だけど」
「ああ、そうだったな」
「あんまり酔っぱらうな。知恵を借りたいんだから」
「だったら、酔った方がいい。まあ、酎ハイでもいいけど。アルコールだからね。差別しないよ」
姉弟らしいハートフルな会話の果てに、車に乗った。サングラスをかけ直した姉は、まるで北米の犯罪者。映画みたいだ。『復讐者』だとか『荒くれ者』になろうと、演じようとしている。覚悟の現れなんて、そんなものだ。はたから見れば、滑稽さもあるってこと。
「ここがアメリカなら、銃とか用意していそうな雰囲気だな、お前」
「そんなものはない」
「刃物があれば、捨てておけ。殺すなよ」
「…………ああ」
「嘘つきめ。まあ、いい。とにかく、行こうぜ」
「……うん」
いいドライブ……とは、言えないものの。アルコールは美味い。缶酎ハイは、相変わらず好きになれなかったけれどね。姉に酎ハイをすすめたら、断られた。タトゥーまみれのくせに、マジメなこと。「飲酒運転だろ」。なにそのツッコミ。
「これから猟奇殺人事件の死体を、見に行くってのに」
「会いに行く、だ」
「はいはい」
じつに神経質なこだわりだ。病気っぽさを感じるよ。
静かなものだ。
昨夜、見ちまった動画についてはお互いに口にしない。かまわないさ。どうせ、もうすぐ、現物と対面しちまう。つらい時間だ。ばあちゃんの葬式会場にいるみたい。酒がすすむ。
港のちかくだ。パトカーと警官たちの群れが見える。姉は、久しぶりに故郷の海への感想を述べた。
「磯臭い」
「そうだな。ベトベトするから、嫌いだよ」
「……あっちみたいだ。あのパトカーにたかられた倉庫に、繭……」
「手でも握ってやろうか」
「他の女にしろ。私には、そういうのはいらない」
「へいへい」
警官たちがやってくる。酒臭いオレに気づいたのか、にらんでくる。両手をあげて主張した。
「オレは運転しちゃいない。いつものように無罪だ」
用があるのは、オレじゃない。姉の方だ。でも、オレも『つきそい』ってことにしてもらう。
「弟にいて欲しいんだ。私だけじゃ、不安だから」
うなずいている。警官たちも、トラウマになっているらしい。それはそうだろう。アレは、あまりにもひどいからだ。オレのように一度見たものを、ずっと覚えていられる青年には、とてつもない苦痛だ。だから、一度しか見ていない。「やーい、弱虫くん」。
くそ。
恥ずべきことに、足がすくんだ。
また、アレに遭うのか。しかも、倉庫だ。倉庫のなか。つまり……。
「保存してやがるってわけだ。あまりにも異常な死体だから。現場で、丸ごと。おい、覚悟しておけ。ヤツは、あのすがたのままだ」
姉は無言だ。
警官をにらんでみたよ。こいつらも、残酷なことをしているという自覚があるんだろう。連中も黙った。まったくもって、アルコールがないと救えない。飲んでてよかった。ちくしょうめ。
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