第二話 双子探偵 その6/契約を紡ぐは愚者の糸
悪霊ごときに罵られても、オレの信仰は揺らがない。
「ほら、いろいろと総合的に判断しよう。想像力の出番だ。キャリアとか、家庭とか。破滅の足音が聞こえてこないか? オレには、君の奥さんの声が聞こえてくるぞ。「雄介くん。私という妻がありながら!」」
「なんで、オレの名前まで」
「義理のパパも鼻息が荒い。太り気味だから血圧が心配だね。慢性的な病気を抱えている男は気が短いぞ。イノシシみたいに鼻息と気性が荒くなる。華々しい警官人生の終盤に、恐ろしいことが起きちまった。彫り師のクソ女のせいで、県警全員がとてつもなく忙しいときに、義理の息子が仕事サボって浮気だってよ。殺したくなるだろうね。離婚に慰謝料に、失業か。経歴を活かして大手の警備会社に入れればいいね。権力つよつよの義理のパパが、妨害するかもしれないけれど。この世の中で、最も大切なものは何か? 答えは、信頼だ。そいつを失えば、何にも残らない」
いい顔をしてくれる。だから、とどめを刺しにかかろう。
「ああ、同僚の刑事たちは慰めてくれるだろう。男どもは君の不倫なんかに興味はないし、連中の何人かは不倫をしているからだよ。当ててやろうか? さっきの部屋には、お前以外の浮気者がいたんだぜ。男は、君に同情する。妻以外の若い女を抱きたいっていう感情が、理解できるからね。でも、女性警官の眼はつめたくなるぞ」
名誉が大事な人物なんだ、この勅使河原くんは。ありふれた誠実な男だよ。周りの評価を気にしている。エリートらしい、ごくありふれた精神構造だ。
エリートってのは、特殊とは真逆の存在でね。ありふれたことを、一般人より上手にするのが得意だから、評価されてきただけ。だから、無能で役立たずのエリートが何処の組織にも生まれるのだよ。
「イケメンに生まれた君にはこたえるだろうね。これから、ずっと。彼女たちの眼は語るんだ。「こんな重大事件の捜査中に浮気なんて」、「最低の夫よね」。彼女たちはクズさを語り継ぐ。いつまでも。女はしつこいんだ。裏切る男のことが、とても嫌いな生き物なんだよ。そして、極めつけは、君の大切なサッカー少年だ。「パパは、そんなことしないよね」」
脅した……わけじゃないよ。「マフィアみたいだね。家族を使って脅すの」。ちがいます。
「ただの、世間話さ。ありふれた一般論。ドラマだけじゃないんだよ。名誉や家庭が、壊れていくなんてことはね。どこのご家庭にも地雷が埋まっているし、開けちゃいけない箱もあるんだ。それを不意に踏んじまえば、かわいそうなコトになるってだけ。『ありふれたハナシ』だから共感できる。そして、ドラマという『誰もが楽しめる商品』になれるんだ。君の人生も、カンタンに壊れちまう。ドラマみたいにね。ありふれたことさ」
強気のイケメンが、ガチ泣きするほどに。
ただの世間話をしてみた。
「どうしろって、言うんだ……っ」
こいつは、心で叫んでる。「たすけて」。無責任にそれを言える、子供のころに戻ってね。警官になるぐらいマジメで、イケメン。きっと、子供のころ、女教師に褒められたことがあるだろうが……まあ、そいつはいい。こいつの初恋がどこの誰かはどうでもいい。
打ち負かされたとき。大人の男でいるのが、つらいときもある。だから、人はちゃんと逃げようとするんだ。子供じみた幼稚さを頼る。それなら、恥ずかしくない。「たすけて」。女教師のようにやさしい声を使おう。「だいじょうぶよ、雄介くん」。
「いやいや。違うよ。雄介くん。そうじゃない。オレこそだ。オレのことを助けてくれよ。そうしたら、破滅はさせない。奥さんにメールなんて送りつけない。助けてくれたら、助けてやれる。秘密は秘密のまま。誰も傷つかない。奥さんもだ。奥さんは、息子ごと君を、若い女教師に奪われて、『自分だけが捨てられる』んじゃないかという自殺したくなるほどの傷を、負わずにすむ。その痛みから、鬼のような怒りを君にぶつけなくていい。なによりも平和的な解決だ。がんばろう。手伝ってくれ。いっしょに真犯人を見つけ出そうじゃないか、勅使河原さん家の雄介くん。君はクズどころか、息子の信じているようなヒーローになれる。マジメで誠実な君と、異常に賢いオレが、立場とつまらん過去を越えてタッグを組むんだから。相棒だ。有能で優雅。正義を達成するヒーロー・コンビ。オレたちは最高のダチになるんだ。助けてくれよ、どうしても君が必要なんだ!」
こうして。
迷える勅使河原くんと、『お友だち』になったよ。「地獄の底に、垂れてきた。細くて揺れてる蜘蛛の糸。悪人は、極悪人に導かれ」。そこは仏さまのポジションだろうが。「ガラじゃないでしょ」。まあね。
「さあ。がんばろう。オレは、わかってる。オレは犯人じゃないが、わかるよ。この事件にはね、『次』がある。チャンスがあるんだ。名誉挽回、汚名返上。正義と平和を勝ち取り、ついでに……君の人生を、いっしょに奪還しようね」
……こうも雄介くんを容易く手下にできちまう理由は、もうひとつある。ヤツの死体動画を見て、雄介くんの心が、すでに壊れてしまっているからだ。女に走る理由も、わかる。オレも真帆ちゃんに走ったからね。「動物みたいだった」。失礼なコトを言うな。
とにかく、あれは何度も見るものじゃない。とくに、現物を見れば、多くの者が心を壊されちまうはず。あれは土足で、心の奥まで踏み込んできて、雄介くんだとか警官たち専門家さえも、おかしくさせちまっているんだ。
だってね。
死体を天使に『改造』するなんて、普通じゃない。ありふれていないモノは、受け入れがたいんだ。でも、警官たちは直視して、追いかけなくちゃならない。みんなのメンタルは、ヤツの死体のせいで、ズタボロにされちまっている。「たすけて」だと?
助けが必要なのは、お前の周りの人々なんだぞ、麻生繭。せめて、静かに死ねばいいのに。「やだね」。ああ、そう言うと思ってはいたのに、言わずにおれんのだ。これだけ心をやられて泣きじゃくる刑事がいるという、地獄みたいな現実を目の当たりにすればな!
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