第二話 双子探偵 その4/裏切りの愛は鼻につく
「彼女が犯人だと、決めつけているわけじゃない。事情を聞きたいだけだ。真実を明らかにして、この事件を解決したい」
はいはい。なるほど。
「いいヤツなんだ。姉とは、ときどきはケンカするけどね。なあ。刑事さんたち。何でも、従順に話すから、どんどん聞いてくれ。オレも犯人を逮捕したい。法の裁きを、ヤツを殺した殺人鬼に下してくれよ」
それから一時間半で解放された。
収穫はあったよ。
「はあ、つかれた……」
警察署全体が張り詰めた空気のままだが、若干の解放感を得る。たまになら、警官に尋問されるのもおもしろいかもしれない。小説を書くための取材にもなるからだよ。
「姉に電話でもしようかね」
……今頃、連中に、こう言われているかも。「あの男、偉そうにしてましたが……」。「推理はぜんぶ、外していたなあ」。「しょせん、医学部に入れるほど勉強ができるからといって、探偵ゴッコをやれるわけもない」。
うん。そうだろうね。
警察署を出る前に、トイレに入った。障碍者用のトイレにね。ここなら、さすがに盗聴器とかないだろう。あったら、闇が深すぎるよね。姉に電話する。
『私だ。レンタカーを借りてる』
「死体を確認しに来いって言われたか?」
『うん。あんたも、来なさい』
「もちろん。色々とわかったから合流しようぜ」
『何がわかったの?』
「『最有力の容疑者は、お前』。『ヤツのスマホは県外にあった』、たぶん東京。だから、お前が疑われている。そして、『犯人につながる情報を、警察はいくつか確保している』。こっちは、オレか穂村川市に関わっているかもな」
バカを演じた方が、警戒されずにいいからね。おかげで、警官さんたちの連絡先もいただけたから、今後も情報収集に役立てたい。「お姉さんのことで何かわかったら、教えてくれ」。口の軽いバカを演じると、いろいろと社交の輪が広がるもんだ。利用できる雑魚だと思い込んでくれる。ヒモをなめるな。どれだけ相手の顔色を観察していると思うんだ?
『警察って、そんなこと教えてくれるんだ?』
「ううん。こっちが探った。ただの推理」
『はあ。当てずっぽうなの?』
「高い確率で外れない当てずっぽうだよ。歴史が積み上げた医学の力と、ヒモの洞察力を信じろ。オレは常に『実戦』で鍛えられている。大人なのに、友人から『おこづかい』をもらえるんだぞ」
『なめてんのか』
「困ったことに、本気だ。それに、あとは……こいつは、直感めいたところもあるんだけど。こいつも、たぶん、当たる」
『何?』
「まだまだ『続き』がありそーだ」
『……どういうこと?』
「ああ、そういう無垢なリアクションは安心する」
『は?』
「いや。なんでもない。あそこの、警察署前のコンビニで合流な。ビール買いたいから。あと、『手下』もひとり作っておく」
柔道場を探す。スマホで数人の人物を検索しながら。SNSはすばらしい。子供の自慢をしたがる奥さまも多いからね。セキュリティが甘いよ、勅使河原くん。これじゃあ、オレみたいなヒモに真実が読み取られちまうぞ。
見つけた。
狙っていた情報もだし、柔道場も。
勅使河原くんは畳の上で正座している。どうやら反省中らしい。マジメだな。そして、無能あつかいされている。顔もいい。なるほど。じつにいいターゲットだ。彼の名前を呼ぶと、嫌な顔をしたが、謝罪しようとしてきやがる。だから、拒んだ。
「そんなことはいいんだ。それより、君に、質問がある」
「なんだ? 事件のことは言えない―――」
「君、浮気しているね」
わかりやすい男だ。刑事には向いていない。あと結婚生活にも。ああ、まったく。もっと嘘つきレベルをあげておかないとダメじゃないか。愛の純度をたもつためには、嘘偽りは修得必須の技術だよ。義務教育で習っただろう。正直さだけじゃ、何でもかんでも救えやしないって。人間は感情的な生き物なんだからね!
「空気でわかったよ。君がいなくなると、においが変わったんだ。『二種類』、減った。消えちまいそうな香りと、まだ新しい生々しさのある香り。あれね、どちらも女物の香水だ。一ミリリットルが二千円以上しちゃう、麻薬みたいに高いやーつ。だから、わずかでも、ピンとくる。ああいうの買わされた記憶は、男には永遠だからね!」
「……浮気なんて、していない」
「うん。ムダだよ。県警本部長の婿養子くん。君は、オレには嘘をつけないんだ。焦っているね。圧力をかけられていた。能力以上の成果を求められているから、つい焦ってオレに手を上げてしまったんだ。君の暴力のせいで、捜査は台無しになるかも」
かわいそうに。
悲しい顔をした。動揺している。きっと、脈拍もあがっているな。イケメンのいいパパなのに、眉間にしわは似合わないよ。ああ、ざまあみろ。
「すくなくとも、君は傷害罪で訴えられるかもしれない。捜査中に協力的な一般市民を殴ったんだ。マスコミは喜んであさりにくるぞ。そんなストレスを抱えると、また昨夜みたいに、家に帰らずに浮気相手の家に泊まりたくなる」
「どうして」
当たったらしい。まあ、しょうがない。仕事のプレッシャーから解放されやすいお家じゃないんだから。
「女って、逃げ場だもんね。最近さ、奥さんを女として見られなくなってるんだろ。「しっかりしろ!」と言われるからさ。夫として、父親として。そのあげくは、警官として。いやなところもある。でも、愛している。重荷だろうけど、必死に嘘をついて関係性を保とうとする。「あれはもう、女というより母親なんだ」」
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