第二話 双子探偵 その3/欺瞞の霧を使う者


 あいつの名前を聞いた。勅使河原。ふむ、いい兆候だ。特定しやすい、珍しい名前していやがる。


「既婚者なんだな。指環してたし。DVとかヨメにしてないか、捜査してやれ。ある日いきなり妻を殺す男もいる。そして、馬力のある大き目の車で山に運んで埋めるんだ。あの男の車を確認しろ。土で汚れていないかを。柔道三段なら、動かん死体を背負うのも、穴を掘る体力だってある」


「安心しろ。普段は腰の低い男だから。嫁さんに頭も上がらん男だよ」


「お偉いさんの婿養子さんか。無能なくせに、取り立ててもらえるとか。で。お子さんはいるの? 児童虐待とかにも気をつけないと。暴力は性癖だ。絶対に繰り返す。

「なんで、こんなこともできないんだ!」、仕事のストレスのはけ口にして、ぶん殴っているかも」


「子煩悩な男だから、安心しろ。子供を殴ったりはしない」


「『家族仲も良好に見える』のか、良きことだね。さて……で。ああ。事情聴取か、何でも聞いてくれ。さっさと犯人を見つけて、みんなで幸せになるためにな!」


「どうして、偉そうなんだ?」


「偉いからだよ。朝から警察に協力している一市民なのに、警官に殴られたんだぞ。でも、訴訟もしないとか最高じゃないか。マスコミには、ちゃんと黙っててやる。なんて、偉い子なんだろうね、隆希くんてば」


 もちろん。嫌な顔をされる、なれている。問題はない。『ミーティング』が始まった。しばらくのあいだオレは真実だけを語る。誠実さが武器だ。矛盾はない。昨日と同じ問いには、同じ答えだ。嘘つきだからこそ、嘘のあつかい方にも長けている。言い回しは違っていても、同じ答えをあたえておいた。これで。客観的に見れば、信用するしかない。


 あちらに質問もしたよ。コミュニケーションは『やり取り』だからね。


「ヤツの……麻生繭の本名はわかったのか?」


 わからないまま。なるほど。つまり、こいつが偽名だと気づいたのは……。


「顔認識から、逆算して、SNSでも掘り当てた。死体の顔でも、探れるもんだな」


 それ以外の『ちゃんとした情報源』があるなら、本名ぐらいは把握できたはず。麻生繭という名前を見つけたあとは、その名前と一致する戸籍でも探ったのか。そうすれば『そんなヤツがいない』とわかる。つまり、偽名だとわかるし、あのレズくさいSNSから、東京の姉にも行きつく。


 たぶん。


 こいつら……。


「意外と、何もわかっていない状況かよ」


「事件が発覚してから、日が経っていない」


「へいへい。それで。ヤツのスマホはさ、どこにあった? まだ見つけられていないのか? どうせ、そこからあの動画を送ってるんじゃないの?」


「捜査中だし、一般人に話せるか」


「見つけられていないんだ。わかるよ。目を見れば。医学部で、習ったんだ」


 ああ。そんなことを教える医学部はない。だが、いいハッタリにはなる。医学部に通ったことのある警官は少ないだろうからね。肩書きは力だ。交渉のための力になる。偉い人には逆らえないものだ。だから、偉そうに堂々としているのも交渉技術ってことさ。


 さて。


 もうちょっと情報をもらおう。


「『あのスマホ、県内にあっただろ』」


「言えない」


「『あったんだ』。基地局から、割り出せる」


「だから、そうとは言っていない」


「目が、教えてくれてる」


 呼吸とか、肩の上がり方でも緊張が読み取れる。色々と、使いこなすんだ。真実はにごらないけど、嘘はだいたい不自然な動作が混じるから、読み解くのは容易い。それに合わせて動けば、オレのためになるし、逆らえば、その逆をやれる。ヒモの技術さ。


「そもそも、ヤツの死体はどこにあったんだよ。ヤツは、いつ殺されたんだ?」


「教える必要はないはずだ」


「知りたいさ。姉はね、柔道で国体選手になったような女だ。マジメで努力家なアスリートなんだ。そいつのパートナーが殺されたんだぞ。せめて、四十九日の法要だとか、諸々の宗教行事で弔ってやりたいだろ。死者のために、生きている者がやれることは少ない。ヤツの死体、すぐに戻してくれるのか? もう、焼かれたの? 死後何日もしたら腐ってるだろ!」


「冷蔵してるから、問題はない」


「冷やしたぐらいで、あんなに損壊がいちじるしい死体がもつのかよ。犯人の手垢とか精液とか唾液とか汗に混じった雑菌が繁殖しまくって、ドロドロの緑のぐちゃぐちゃになっちまう。そんなのにして、恋人の前に出す気か? 人の心とかあるのか?」


「問題はない。大切にあつかっているんだ!」


「どうして?」


 こういう質問に、すぐ切り返せるかどうかが人間性だとか、嘘の度合いを測るためには適していた。思っていたより、遅かったな。ああ、うん。嘘をつくための準備をしている。


「一般論だろ。ご遺体を、大切にあつかうのは」


「なるほど。『犯人につながる唯一の情報』だからね」


「答えんぞ」


「いいよ。わかるから。またオレが、『正しい』らしい」


 ……ある意味で、良かった。警察には、ちゃんと賢いのか、それとも慎重で心配性なヤツもいるようだ。それに、こちらの読み通りなら……上手くすれば、姉は。

「うちの姉は犯人じゃない。『あんたらもそう思ってるだろ』」



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