第二話 双子探偵 その2/悪霊姫の手のひらに…
「やめておけ」
「ああ。やめておくさ」
敵地に入った気分だね。ノルマンディ上陸作戦でもやらされている気分。門の警官ににらまれて、廊下の警官ににらまれる。憎しみと怒りと冷酷さを感じた。彼らが武装していると思うと、ちょっと怖い。疑わしきは罰せず。良かった。そんな価値観が、ちゃんと機能する文明国に生まれて。警官が賄賂で動くような国だったら、縛り首になっていたな。
ああ。いつもは女子ウケいい顔なのに。中学生のときから、隆希くんはモテていたのによ。受付の警官女子まで、にらみつけてくる。スマイルを返すと、避けられたけど。態度が、悪い。オレのせいか、事件のせいか……それとも。
「朝一でさ、偉いヤツが乗りつけて、怒鳴り声の朝礼とかしたのかね。『さっさと事件を解決しろ!』とか。パワハラのせいで、組織の効率が下がるってことも、しっかりとみんなで確認しておいてほしいよ。気合いじゃなく、知性とつつましい根性でこそ、事実を見つけられる。科学って、そうだよね」
「うるさい」
だろうね。知ってる。
取調室に、久しぶりに入った。いかつい顔をしたおじさんたちに囲まれる。
「はあ。物々しい」
「あんな動画が流されちまえば、こうなる……お前が、流したのか?」
「ヤツのSNSのアカウントを乗っ取ったことなんてねえし、そもそも死体があんなことになってるなんて知らなかった」
「お前のレズの姉貴は、何か言っていたか?」
「犯人にブチギレしてるところだろ。部屋中、ぶっ壊してるんじゃないか。怒ると、暴れるんだ」
「なるほど、情緒不安定な女なのか」
「違うね。ご主人様に対して、誰より忠実な『犬』なだけ。ご主人様を殺されて、犯人に怒り、自分にも怒っている。守ってやれなかったからな」
「あの言葉を、そう解釈すると」
「それ以外に、どう聞こえるんだよ。歪んだ色眼鏡かけてると、真実なんて見えねえぞ。しっかり、ちゃんと、捜査するんだ。偏見に操られちまう『印象』なんてものを捨てろ。事実だけを見て、細部まで追求する。いいか、科学をしろ、ボケナスどもめ!」
「口が悪い男だ」
「でも、賢くて正しい言葉を述べている。腹を立てるな。冷静に行こうぜ。適当なヤツを犯人にしちまって、あとで誤認逮捕だー……なんてことになっちまうと、恥をかくぞ、この無能どもめ!」
もちろん、挑発しているよ。
殴ってくれないかな。
そう期待していたんだけど。本当に殴られるとは。
「ぐべえ……」
……ちくしょう。ダサい悲鳴、あげちまった。小動物みたい。
周りの刑事だか警官が、殴った男に組みついてオレから離しちまう。残念だ。もっと、ぶん殴ってくれていたら、リンチを受けたとか、マスコミの前でしゃべりまくってやるのに。
ククク……。
恋愛といっしょ。『加害者にさせる技術』というのも、あるんだよ。もっと意地悪な状況に引きずりこんでやるつもりだったけれど。しょうがない。怒りって、ためこむものだ。発散しちまったせいで、オレはこれ以上の被害者になれない。
だが。
一発は一発だ。貴重な『負債』を、オレにしちまったな。金貸しのシャイロックから、守ってくれるポーシャはいるかな。いたとしても現代医学は血を一滴も流さずに肉を削ぐかもしれんがね。流れた血は肉を取った体に、あとから輸血で戻せばいいじゃない。「好きになれなきゃ殺す、人間ってそんなもの」、「憎けりゃ殺したくなる、それが人間ってもの」。やめなさい、悪霊。不謹慎です。これから演技しないといけないんだから。「ロミジュリのほうが好き」。それは認めよう。
「ああ、くそ。歯で口のなか、切っちまったよ。おお、痛い。すげー、血が出てる。これ、傷害事件ですよね、オマワリさんたち。逮捕しましょうよ、そいつ!」
「……彼は、この場から外す。わかってやってくれないかね。君の態度は、挑発的すぎた」
「わかりませーん」
「彼に、謝罪をさせるから」
「けっこうです。でも、助けてあげるよ。オレはいいヤツだからね。そいつも正義感が暴走しちまってのことだろうから。でも、出て行け。ちゃんとしたプロ以外は、科学がやれない。トイレで顔を洗って深呼吸しろ、柔道三段。署内の道場で正座して、心を落ち着けるのもいい。そうすれば、ちゃんとプロフェッショナルに戻れる。信じているよ」
嫌な顔をされたが、そいつは消えた。うん。これでいい。
「どうして、彼が柔道三段だと?」
「耳が醜くつぶれているから。三段なのは、ただの勘」
あと、ごますり。二段かもしれないが、評価してやれば喜ぶものだ。だいたい、こうしておけば、オレに対して敵じゃなくなる。殴ったという事実も、人質に取れたしね。あいつは、オレに救われたんだ。女子高生のヒモをなめるなよ。『寄生』は得意だ。
「あいつ、仕事できそうにないのに、どうして殺人事件の捜査なんてしてるんだよ」
「……有能な刑事だ」
絶対にそう思っちゃいないね。顔が語る。手も語る。鼻の下に、手を近づけたな。嘘つくとき、少なくない数の人間がそれをする。「我が手よ、語れ」。そうだよ、キャスカ。さっきの彼もおしゃべりな手。「くんくんくん。クズのにおいがするものね。あいつは、あんたと一緒」。お前もかも。おや、だんまりかい悪霊ちゃん。声のほうが、語るもんだ。「あんた嫌い」。同意見だね。
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