第二話 双子探偵 その1/道化の仮面
5月6日。
……真帆ちゃんと快楽の夜をむさぼったから。朝から元気だ。ネットは確認しない。どうせ現実の方が、そのうちやってくる。朝食をつくるよ。セックスと勉強で疲れている思春期の少女には、愛の込められた朝食が必要だろ。
サラダと。
オムレツ。
ああ、愛あるお弁当もつくってあげるんだ。怪しげな新興宗教のせいで失踪しちまった両親から得られなかった愛の不在を、間男みたいな小説家志望が穴埋めしています。
「上手ですよね、料理。隆希さん、コックになればいいのに」
「いやいや。なるのは小説家だけ。ほかの稼ぎは、いらなーい」
「じゃあ。なれなかったら、私が養ってあげますね!」
頼りになる。素晴らしい少女だ。田中家は、本当に善良である。どうして、こんな菩薩のような兄妹がいるのに、両親は邪教の下僕などになったのか。まあ、いいか。お弁当を持たせて、見送った。
「さて。田中が戻るのが早いか、それとも……」
インターホンが鳴らされる。
モニターで確認するまでもなく、わかっていた。田中じゃない。病院での聖なる夜勤業務から疲れ果てて自宅に戻った家主が、呼び鈴などを押すものか。玄関を開けると、警官たちがいる。怒っているような顔をしているが、誤解があるぜ。
「あの女の件だろ。警察署に行けばいいのかな。パトカーに乗れるなら、よろこんで行くよ」
「……ご協力に感謝します」
逮捕じゃないらしい。でも、逮捕しそうな勢いがある。子供の頃に好きだったパトカーに乗れた。意外と高級感があるというか。悪くない車だ。ていうか、良すぎる。
「トヨタのクラウンだもんな。座り心地最高って、犯罪者の皆さんも言わない?」
「うるさい。黙ってろ」
「やだよ。緊張してるんだから。で。悲しい運命に笑顔と努力で抗う女子高生に、愛を込めた朝食を作った男って、どんな罪人なのかな」
「ロリコンめ」
「真帆ちゃん、もう18才だから、問題ありませーん。愛ある技術を、みっちり教え込んでも問題ない」
「そんなことで、連れていくわけないだろう」
「聞きたくないのか? 自供してやるよ。合法的なハナシだ。最近まで処女だった真帆ちゃんが過ごした、ゴールデンウィークのエッチな特訓について。ワクワクのキーワードは、騎乗位だ」
「くたばれ、クズ野郎! どんな事件が起きてると思ってるんだ!」
「はいはい。怒んなよ。朝から警察に連行されて、腹立っているだけなんだ」
こういうのも、テクニックだ。卑猥な言葉や、汚い言葉で、主導権を握りにかかる。シェイクスピアを見るがいい。序列が下でも、相手を操れないとは限らない。こいつらを怒らせながら、煙に巻き、情報収集だ。オレはクズだが、賢くはある。
「あまり乗せられるなよ。こいつは、こう見えて医学部中退だ。賢いクズだってことさ」
パトカーに同乗するベテラン警官が、仏頂面でつぶやいた。オレのことを、かなり調べているらしい。無名な無職だから、経歴なんて誰も知らないはずなのに。しかし、医学部だったことを知られているとなると、やっぱり死ぬほど疑われてるだろうな。
だって。
「あの仏さんは、ひどかったな」
運転している方の警官が口にした。ルームミラーで、こっちをちらりと見ながら。
「ああ。あんなのは、子供も大人も、見るもんじゃないね」
「プロの仕業だろ。人体を、あんな風にするなんて」
「殺人のプロってなんだい? 暗殺者とか、マンガじみたヤツが現代日本にいるの?」
苦笑される。いるのかな? だが、まあ、こいつが言いたかったことはわかる。プロというのは、『職業的な知識』がある……っていうことだ。ヤツの死体を、『加工』できそうな職業人は誰だろうね。
……この医学部中退の隆希くんが犯人じゃないのは、確実だけど。
とにかく。警察ってのは推理なんてしょうもないことはしない。物証から追跡する、夢のない現実的な連中だということか。困ったな。オレの学歴、もっとアホな風に変えられたら疑われなかったのに。行くんじゃなかった、医学部。
「それで。オレも含め、何人、呼んでるの?」
「ゾッとするほどさ」
「取り調べるの大変そうじゃん」
「安心しろ。警官も増員している。県警内も、外からの応援部隊も。山ほど来ているぞ」
「そいつは頼りになるね。ヤツの死体の動画を見て、世の中は動いたか」
「……彼女は、あまりにも悲惨な死を迎えたと思わんか?」
「悲惨だが、周りはどうせ冷たいさ。ネットで叩かれまくってる頃じゃないか。タトゥー彫り師に対しての誹謗中傷の嵐だろう。「タトゥーなんて彫ってるから、ああなるんだ!」とかね」
「被害者までも、悪く言うつもりはないが。『模範的な市民』だと、彼女が思われることはないだろう。この日本ではな」
「言っておくけど。オレと姉は犯人じゃない」
「それを決めるのは……」
「警察じゃなくて、法律だよね。真実と事実と、科学的証拠で、決めてくれ。疑わしいだけで、罰するな。偏見も捨てろ……ああ、おお。思っていた以上に、マスコミが来てる」
テレビ局の中継車両までいた。警察署近くのコンビニの駐車場にね。あそこの経営者のばあさんなら、喜んで駐車場を貸すだろうし、あることないこと話すかも。「コンビニには世の中の変人の全員がくるからねえ。引きこもりさえもやってくる」。ああ、オレのだらしない性遍歴とかも伝えられているのかもしれない。
カメラを構えた連中を避けるようにして、警察署へと入っていく……。
「ああ。クソ犯罪者の気持ちが、ちょっとわかる。報道の方々に、手を振って、からかいたくなるなあ」
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