第一話 天使と獣 その12/愛よ、我に救いをあたえたまえ
『じゃあ、犯人!?』
「新聞記者さんも、警察も、きっと気づいてるだろうなあ。そいつらにこそ、見せつけるためにやったはず」
『私も、見たい。スマホ、切るからね』
「まてよ。オレの予想じゃ、見ない方がいい。どうせ、ショッキングな内容だぞ」
『見る』
「……切られちまった。あーあ。どうせ、ろくでもない動画なのに」
考えられるのは。
殺人事件の証拠。姉の犯行を疑わせるもの。そして……。
「『警察を焦らせるもの』。焦れば、ミスを犯しやすくなる。追い詰められたとき、人はそうなるもんだ。犯罪者も、警察さんも。「とっとと怪しいあの女と、共犯くさい弟を逮捕しちまえ!」……とかね。オレが警察の責任者だったら、そうする。怪しいもん」
動画を再生する。
……………ああ、やっぱりオレは賢いんだとわかった。「あたり」だ。姉に電話をかけるが、出ちゃくれない。だから、あきらめた。作業をつづけるんだよ。なかなかにショッキングな動画だったから、モチベも手に入れられる。オレたち姉弟の無実を証明したくなった。犯人は、本当にろくでもないから。
こっちは関わりたくない。
でも、向こうは違うようだな。
あおっているのか、ドラマよろしくのシリアルキラーを模倣してみたいだけか、本当にどうしようもないクズなのか。とにかく。犯人はオレたちを陥れたいのかもしれん。
「ふたつの意味で、聞こえるからな。「たすけて、玲於奈」。そばにいない姉に助けを呼んでいるのか、あるいは、すぐそばで自分を殺そうとしている姉に慈悲を乞うようにも……社会的信用が足りない暴力女なら、後者が選ばれちまうな」
タトゥーまみれの元・プロレスラーのジャンキーと、医学部中退の無職でアル中の小説家志望が疑われるのは、『正しい』からじゃありません。こういうクズどもが事件を起こすなんてことが『ありふれたこと』だからです。世の中は正しくなくても、ありふれたものを信じます。はい、マジでそう。バカばかりだから困るんだ。
作業した。
あいかわらず姉は連絡を寄越さないし、こっちからの連絡は完全に無視だ。「くそが」、「ぼけなす」、「魔女め」。いつもみたいに、ひとり言しつつの情報収集。こっちも、必死になってるよ。
ネットの知恵袋にたむろしている賢いホモサピエンスどもに質問したくなるね。
現代の賢者たちよ、質問です。
どうすれば、ジャンキーでタトゥーまみれの元・プロレスラーの同性愛者は社会的に信頼される? その恋人が世界一グロイ殺され方をして、しかも、プロレスラーの地元で死体が発見されたときには。
なお弟はクズの無職で、アル中です。グロイ殺し方の助言をできそうな医学部中退。どちらも親から勘当されています。両親の期待を裏切ったこの連中は、もしかしたら社会や秩序に反抗心を抱いているのかもしれません。
つまり、歪んだ自己顕示欲を持っています。
プロレスラーになりたいとか、小説家になりたいとかは、きっと反抗心の現れです。こういう連中は、デストルドー/破滅願望の信者かもしれません。あえて自分たちの犯行をにおわせるような行為をするかもしれませんね。このおかしな双子どもは、安定した職業や人生を目指してもいない連中なのですから。
警察のホワイトボードには、今頃それらがビッシリと書かれていて、こいつらが犯人だと信じこんでいるでしょう。でも証拠がないから、逮捕まではできず、おそらく泳がされている最中です。これから周りへの聞き込みをしていく過程で、どんどんクズ的所業が明らかになる予定です。
質問。
どうすれば、こいつらが信頼されますか?
……賢いハズの脳みそは、今回ばかりは役に立たない。答えのない問題に、論理的思考は向かないものだから。これに答えがあるとすれば、ちゃんと捜査して、真犯人が逮捕されたときだけ。
「それをさせないための、この動画公開だろうが!」
詰んだ……いや、作業の方は終わる。やることはやったし、連絡が欲しいヤツからは、明日になればやたらと連絡されるようになるだろう。警察もくるさ。朝一かも。うなだれる。PCのキーボードに、頭突きしたくなっちまうぜ。新作を書きかけなんだぞ。「誰が文才のない太宰治だ」。悪口にはくわしい。キーボードに顔から着地した。
……そのうち、田中が妹の真帆ちゃんともどってくる。寄生虫らしく、ちゃんと『宿主』に対しては胸襟を正す。あいさつはするよ。
「お帰り。そして、行ってらっしゃい」
田中は去った。看護師の夜勤シフトは大変だな。休憩時間に妹の真帆ちゃんを塾から家に送り届けもしているし。ヤンキーみたいな服装と金髪なのに。いい男だ。
クズな両親が失踪した田中家は、兄貴が妹を育てることになった。大学をあきらめて専門学校に行き、看護師になる。人で不足のハードで長時間労働の病院をわざわざ選んだ。夜勤だって積極的に選ぶのさ。
妹を金のかかる塾に通わせている。いい大学に行かせて、良き人生を送らせてやりたいとか……泣けてくるぜ。ついでに、オレみたいな無職を家に住まわせてくれてもいるんだから。
聖人がいるとすれば、田中だろう。お釈迦様の支配するあの世でも、顔パスで極楽行きさ。オレが推薦状を書いてやるよ。
……そんな善き友人のために。
真帆ちゃんには『やさしく』しているよ。ゴールデンウィーク最終日でもお勉強なんて、健気すぎるよね。お気に入りのクッションを床に敷いて、オレのすぐとなりに座ってくれる。ああ、いい香りだ。癒される。真帆ちゃんが天真爛漫な笑顔で、PCの画面を覗き込んでくる。
「隆希さん、今日も小説書いてるのー?」
「ううん。調べものとか、いろいろと。今日は大変だったんだ。ろくでもない目に遭って」
「お疲れなら、気分転換に。タバコ吸います?」
「いやいや。もっと健康的なことがいい。真帆ちゃんも、塾なんかで疲れただろ」
「はーい。いたわってほしいかも」
「うんうん。いたわってあげるよ」
クズだけど。女子高生にはやさしいんだ。時間をかけて、前戯もちゃんとするし。家庭教師もする。賢いからね。塾のがり勉講師とは違って、ちゃんと魅力的な若い女性に対して肉欲を満たしてもあげられるし。田中家のご両親とは異なり、殴ったりもしなかった。
「あ。ご報告。近くのコンビニに、パトカーとまってました!」
「だろうね。興奮して楽しくなる。今夜も、悪いコトしよう」
「はーい。お風呂入ってきまーす。あ。それとも。いっしょに、入ります?」
「それもいいね」
だって、必要だもん。ろくでもない動画を見てしまったから。あんなもの見ちまったあとは、愛おしい何かで短期記憶を上書きしておきたくなる。じゃないと、眠れない。どうせ、姉も……今頃、暴れてる。薬を打たないでほしいが、気持ちはわかるよ。やればいい。
「今夜は、なぐさめが必要だからね。あるいは、正気でいるために。何かに頼らなくちゃならないんだ。知的なオレは、本能で脳みそをキレイに洗浄するんだよ」
「愛って、すばらしいですね」
「おお。いいね。そういうことを言いたかったんだ!」
神さまよ。
ゆるしてくれるはずだぜ。この世にはびこる悪を人的犠牲で封じさせようとしがちなアブラハムの神さまも、かしこくて慈悲深い平和的なブッダも、あちこちに掃いて捨てるほどうじゃうじゃいる色んな神さまたちも、今夜は許す。
「堕落による救いが必要だもん。悪いコトして、気持ち良くなろうよ」
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