第一話 天使と獣 その11/シリアルキラーの衝動



 さて、インターネットのおかげで悪霊は追い払えた。


 あとは、オレだけの時間だ。ゆっくりネットでも漁ろう。脳みそさんを、クールダウンしながら。ああ、本当に。世の中ってつまらねえ。PCの画面には、罪深くてゴミみたいな人々の主張が、無秩序に垂れ流しになっている。こいつらはどれだけヒマなんだろう。


「……タトゥー彫り師なんて、どうせ悪人あつかいだ。偏見はよくないが、現実は偏見が支配している。正しさよりも、ありふれている現象が権威を持つ。どいつもこいつも、自分より劣った、責めるべき欠点を持った相手を探しているんだ。その労力を、世界平和にでも使ってくれればいいのに。働け、オレ以外の大人ども!」


 ネット社会はあいかわらず不毛である。だが、思った通り。ヤツの事件は、大して検索されてもいないらしい。これなら警察も、じっくりと時間をかけて捜査してくれそうだ。


「ありがたいよ。そうなれば、姉は無罪になる。だって、やっていないんだからな。どれほどオレたち姉弟が疑わしくても。真実と時間は、こちらの味方なんだ」


 ……ならば。どう考えるべきか?


 危機管理の方針は、いつもシンプル。サイアクを想定すればいいだけ。できるだけ、過大に心配するのがコツだ。想定が大きすぎても、困ることはないのだから。小松左京がそうだった。過剰に心配して、創作した。高架の高速道路が横に倒れるとか、建築工学に否定されても、実際に大地震で倒れたもん。先達にならい、過剰な心配してみるか……。


「犯人がびっくりするほどの悪人だったら、『妨害』を仕掛けてくるかもしれない」


 真実をゆがませて、時間を削り落とせばいい。警察を道具として使う方法はある。考えろ、考えろ。もしも、オレが犯人だったら……。


「確かめておくか」


 ヤツの声が聞こえる。「なにを?」。


「姉が、どれだけ狙われているかだ!」


 返事は聞こえない。良かった。しつこい悪霊め。あとで盛り塩でもしておくか。電話をかける。姉にだ。すぐに出やがった。ちゃんと落ち込んでやがる。


『なに?』


「ヤツの死体。見たんだよな?」


『……デリカシーとか、ないの?』


「ないよ。オレだぞ」


『……はあ。見た。まっ白な顔だった……』


「顔だけか?」


『顔だけって、それで十分でしょ。死んでいたとしても、顔を見れば繭だってことは十分にわかる』


「切り刻まれていたか?」


 姉は黙る。肯定の沈黙ではないな。弟歴23年の経験値が教えてくれている。オレの質問に対して怒っていやがるだけ。先んじて、手を打とう。


「犯人がお前をハメたがっているなら、『怨恨』を偽装する。死体をナイフでめった刺しにしておけば、『強い殺意を持った相手』という分析になっちまうんだ。他人には、そんな感情を持ちえない。つまり、同棲相手のお前が、いかにも犯人らしくなってくる」


『……顔はキレイだった』


「ほかは?」


『わからない。見せてくれなかった』


「見たいと思わなかったのかよ」


『思うわけないでしょ。顔だけで、どれだけショックだったのか……っ』


「暴れたと」


『……なんで、わかる』


「医学部にいたから。そして、お前の弟歴が長いから」


『……ちょっとは、暴れた』


 さすがは軽めのジャンキーだ。離脱症状で情緒不安定かよ。そう率直に思ったが、口にはしない。女心は知っているよ。わかってもらえないって不満を持っている割りには、痛ましい事実をつついて欲しくもない。それに、今はどうでもいい。大切なのは……。


「顔以外は、どうして見せなかったのか」


『そんなの、遺族への配慮でしょ』


「遺族ね。じゃあ。ナイフでえぐられてるかもな。ズタズタに」


 呼吸音だ。吸い込む音。ああ、怒ってる。ちょっとは配慮しようか、ヤツの遺族に。


「あるいは……」


『……あるいは?』


「『特殊な殺し方』で、それを知っていると犯人の証拠になりえるとか」


『そんなことって、あるの?』


「普通のクズなら、ナイフでめった刺し。普通じゃないクズなら、もっと特殊なことをする。お前らみたいな『変な連中』を狙う犯人は、そもそも普通じゃない」


『人殺しは、全員アタマおかしいだろ』


「そうとはかぎらん。理由次第だ。誰にでも殺したい相手ぐらいいる」


 姉がスマホの向こう側で、オレを非難していやがるのが聞こえるから。「クズ」、「外道」、「シリアルキラーかよ」。はいはい。無視する。検索のための魔法の言葉を、PCにぶち込んでやらないとな。


「麻生繭、姉の芸名……玲於奈。画像や動画を送りつけるとすれば、こっちか」


『何か検索してるの?』


「あのクズがやってた、レズくさいSNSアカウント。おお、おぞましい。邪悪なタトゥーと、ハレンチなスケベ行為の数々だ。お前らには、羞恥心とかないのかよ」


『ケンカ売ってるの?』


「投稿されるとすれば、そろそろだと思うんだよね」


『は?』


「朝刊の締め切り時間って、いつか知ってるか?」


『朝刊って、新聞のこと?』


「それ以外の朝刊って実在するのかね」


『新聞の締め切り時間なんて、知ってるハズないでしょ』


「だろうな。答えは、夜の十時から、遅くても深夜一時。殺人事件だから深夜一時か。記者ってさ、ちょっとでも読まれたい記事を書きたい生き物だ。殺人事件ネタは、ありふれちゃいるけど。若い女だし。鮮度があればニュースバリュー持てるんじゃないかね」


『何を言っているのか……』


「もうすぐ、夜の十一時。新聞記者さんも、アホじゃねえんだ。殺された女のSNSぐらいチェックはしてるだろ。ネタ漁りに躍起になって」


『……犯人が、誹謗中傷とか書き込みしているかもしれない?』


「もちろん、そっちも。ナイフでズタズタにするぐらい嫌いなら、死んだ後でも悪口を書き込もうとする。だが、もしもオレがヤツを殺した犯人で、お前に罪を着せたいなら」


『サイテーだな』


「ああ、サイテーな発想するよ。だって、人殺しはサイテーなんだろ」


『それは、そうだけど』


「おお……きた!」


『なに?』


「ハハハ。思った通りだ。動画が投稿されたぞ。死んだはずの、ヤツのSNSに!」


『誰かが、繭のアカウントを乗っ取った?』


「もっとシンプルに。ヤツのスマホから」



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