第一話 天使と獣 その10/魔女の召喚
オレたちは、本当に……。
厄介なことに巻き込まれちまった。
魔女みたいな疫病神、あのレズ彫り師のせいで。何もかも壊れ気味だったオレたち双子の人生が、さらに闇方面に落ちていく。サイテーだ。サイテーだ。サイテーだが……。
「……やるしかない」
情報収集を始めるとしよう。姉の情報網も使うさ。若手の警官から、情報をそれとなく盗み取るんだよ。自己保身のために……そっち方面にメッセージの『まき餌』を送っておこう。誰だって身内には甘いから、有利な情報をくれるかもしれない。オレはともかく、姉のためになら……金メダリストさんだって、動いてくれるかもね。
細かい、そして、つまらん作業をする。
ああ。三十分もしないうちに、集中力が切れ始めちまったよ。田中に買ってこさせた缶ビールを冷蔵庫から取り出した。グビグビやっていると、姉からスマホに『協力してくれそうな人たちのリスト』が届いた。「さぼるな」とも。超能力者か。
「……クソめ。彫り師のクズ女なんかのためなら、こんなに努力しねえぞ……」
姉のためだ。そして、自分のためでもある。
「オレも、警察に、泳がされていそうだしな。殺された女の恋人の無職でアル中の弟……ちくしょう。共犯くさいったら、ありゃしない。オレと姉が組んで、アリバイ作りしながら殺人事件をやっちまうとか。警察の会議室のホワイトボードに顔写真とか、貼られていそう。マイナンバーカードの画像かな……」
世の中は推理小説の世界とは違う。『死体の近くにいる、あやしい若い男。無職か貧困で、心身の病気やトラブルを抱えていたりする男』。だいたいの殺人事件で、そいつが犯人だ。ちゃんと新聞を読んでいればわかる。
無職のアル中で小説家志望。医学部中退だから、インテリ。インテリもあやしいんだよ。よく考え過ぎて、病んで、人を殺す。ユナボマー/連続爆弾テロリストのIQは167だぞ。つまり、オレは第一印象だけで、とてもあやしい容疑者だ。オレでも疑う。
「昭和の前半なら、もう完全に逮捕されちまって、警官どもに拷問受けてる最中だよ!」
がんばれ、オレ。オレたちクズを助けてくれるのは、自分しかいない。民主主義め!
「作業、作業、作業。情報収集、情報収集、情報収集……灰色の脳細胞よ、我に力を!」
検索しまくる。ヤツに関わりがありそうな情報を、片っぱしからだ。何でもいい。世の中は、どんなことでも何かしらのつながりを持っているから。ニュース記事、反社っぽい連中の情報、芸術、医学、経済情報、文化人類学的情報、タトゥーの元ネタにしていそうな宗教絵画。何でも調べることにした。
インテリだからね。
一通りの情報は、人様の数倍はアタマのなかの記憶図書館に保管済み。だから、呼び水を与えてやればいい。そうすれば。勝手に、アタマのなかで動き始めてくれる。大切なことは、視点を得ること。そこからは、想像力と空想力、分析と集中のツールをつかって、『もうひとつの世界』をアタマのなかに構築していく。
とどめは、グーグルマップだよ。
オレがいるこの地点を、可能なかぎり拡大する。はい、田中家発見。そこからね、ゆっくりと周囲を思い浮かべていく。マップも同じように広げていきながら、こっちの想像力とリンクさせるんだ。道、家、店、あらゆるランドマーク。人間もね。世界のすべてを、脳みそに反映させていくんだ。ああ、地獄みたいな、創作過程……っ!
鼻血が出そうになる。
小学三年生のとき、辞書の丸暗記に挑んだけど。あのときの数十倍のキモチ悪さだった。子供のころと違ってね、情報を素直に鵜呑みにできない。『裏』とか『つながり』まで考えちゃうんだ。つまり、あのときより脳は強くなっているけれど、おかげでより多く考えちまうってこと。ほんと。成長って、損だな。
「ビール飲んでなかったら、死んでた気がする」
こんなに脳みそさんを酷使するなんて、健康に悪い。だが、一応は……完成した。麻生繭のためだけに、知性を使い尽くす脳内ワールドがね。ほんと、脳みそのなかに、ヤツを寄生させちまった気分だ。「よろしく、弟くん」。死にやがれ。ああ、もう、死んでるのか。
「なんで、オレがこんな目に遭うんだ……クソめ……」
殺されたヤツのためでは、絶対にない。自分のためだ。あと、姉のためか。わかっているな、麻生繭。貴様は、本当に疫病神のクズだ。誰が貴様のために、働くか。オレも、警察も。「ゆがんだシスコンだね。でも、玲於奈は私だけのもの」。うるせえ。ちくしょう!
「お前みたいなクズのために、姉以外は本気になるもんかよ……貴様なんぞに、価値はねえんだよ!」
悪霊退治だ。ノートPCに検索ワードを打ち込んでいく。
悲しい現実を、はっきりと見せつけてやるために。「自分で呼び出してくれたのにねえ、冷たいんだ」。
「殺人、今日……はい、出た。『若い女性の死体が発見され、死後数日経過している。殺人の疑いあり。東京都在住、タトゥー彫り師、自称・麻生繭さん、二十代』、と……夕方に見たときと変化がない。こんなのはシンプルだ。つまらん!」
殺人事件なんてありふれている。珍しくもない。
「ほら見ろ。ネット民の反応も弱い。それが、お前の価値なんだよ」
タトゥー彫り師と、自称ってトコロが、うさんくさくてツッコミがいがあるから、それについては少し受けているかもしれん。だが、それは『いじめているだけ』だ。
みんな『いじめる相手』をいつも探しているんだから。ネットにいつもいるような連中はとくに。「じゃあね」。都合が悪くなると、ヤツは逃げちまう。いいさ。そのために、やったんだから。あまり、リアルに人格を再現すべきじゃない。心を病んじゃうからね!
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