第一話 天使と獣 その9/星の双子


「あれは運命だ」


『運命よりは、ずっと具体的な理由になる。地元出身者を検索していたら、女子プロレスラーとしてデビューしたお前がいて、興味を持ったとかな。お前は出身地をプロフィールに載せていやがった。すこしでも興味を持ってくれる客を求めて』


「繭は地元のハナシなんてしなかったよ。たぶん、地元が大嫌いだ。それが穂村川か、どこか別のとこかは知らないけど。仮に、そうだったとして……大嫌いなものを、わざわざ探すとか、ありえない」


『ありえるぜ。『警戒していた』なら。殺されたんだぞ?』


 黙りこくってしまった。


 繭はどれくらい前から、犯人に殺意を持たれていたのだろうか。私たちが出会うよりも、ずっと前から……?


『敵は身近に置けともいう』


「私は敵じゃない」


『知ってるよ。とにかく。ヤツは、こっちで殺されたんだ。ヤツの敵は、こっちにいる。だから―――』


「戻る」


『その逆を言おうとしたんだがな。殺人事件だとか、偽名つかっているレズ彫り師になんて、関わるべきじゃねえんだよ! ちょうどいいじゃねえか。死んでくれたんだからな! とっとと忘れちまえ!』


「もう遅いって、知ってるだろ」


『……クソが。ボケナスめ。オレが……故人を、死んだあの女を、ヤツとか、レズ彫り師だとか罵ってる理由がわかるか?』


「予想はつく」


『お前が、あいつを巻き込んだんじゃない。あいつが、お前を巻き込んで、お前の人生をぶっ壊しやがったから、怒ってるんだ! 夢も奪って……入れ墨だらけにして……そのあげく、こんな物騒なことに! あいつは、疫病神で、あいつこそが、お前の敵なんだ!』


 反論はできない。


 弟の言いたいことも、今ならわかるからだ。どれだけ、多くを捧げたのか。こんなに大好きで、愛しているのに。死なれてしまった。私に、とてつもない痛みをともなう孤独を押しつけて消えてしまったのだ。


『サイテーの魔女だよ、あのクソ女はよお! オレの姉の人生、どこまでぶっ壊していくんだ!!』


 私のために怒って泣いてくれる双子の叫びは、力をあたえてくれる。すこしだけ、さみしさがやわらいだ。このろくでもない双子の片割れはいつでも私を知っていた。私の代わりに、感情を吐き出してくれている。


 こいつが悲しんでくれるから。


 やるべきことを選べた。


 星の見えない都会の空を、にらみつけよう。「玲於奈は強い」。そのとおり。強くて恐ろしい、最強の獣だよ。


 生まれる前からいっしょの弟が、ようやく静かになった。酒をすする音だけが聞こえる。通話を切らないのが、双子の絆の尊さかもしれない。


「……して欲しいことがある」


『愚痴なら聞くぞ』


「いらない。繭を殺したヤツを探すのを手伝え」


『やだね』


「見つけたら、私が殺す」


『だから、やらん』


「たのむよ」


『殺人なんて、させられるかよ』


「わかった。殺さないから、探すのを手伝ってくれ」


『警察の仕事だ』


「何かしてやりたい。何もしてやれないままなんて、ありえない」


『………お前だけで動くな』


「ありがとう。すぐに、そっちに戻る。それまでに、情報を集めて。あんた、警官口説いたことある?」


『口説くまでもない。お前の筋肉系母校の先輩たちには、たんまりいるだろ』


「たしかに」


『探ってやるよ。ベテランの警官は、口が堅いだろうが。若手はお前に同情してくれる』


「同情されるのは、あんたの得意分野だ」


『それもテクニック。上質な心理学の応用に過ぎん。善人と優秀なやつほど、頼られると、断りにくいものだ』


「クズめ」


『そうだよ。だから、手伝う。まともな大人は、犯罪捜査に首突っ込んだりしないもんだ。それって、つまり警察や司法制度を信用していないのと同じだぞ。リンチ刑や仇討ちが許されたのは、二世紀も前のハナシだ』


 つまり。我々は、意外と古風なアウトローらしい。


「頼りになる弟よ、調べておいて」


『まかせろ。さっさと戻れ。できるだけ一人でいるな。アリバイが証明できるように行動しておけ。一人でいたいなら、防犯カメラに映っておくのを心がけろ!』


「だから、犯人じゃない……ああ、そうか」


『『犯人にさせられる』。ヤツを殺した犯人はいるんだ。そいつが罪を逃れようとするとき、お前のせいにするのが、いちばんカンタンだ』


「……私の地元で殺されたなら、そうだよね。まるで、私が殺したみたいだ」


『汝、自身を知れ。タトゥーまみれの元・プロレスラーの女が、警察や世間からどれほど信用されると思うのか。そいつの地元で恋人が殺された。考えるまでもない。誰もが納得する。お前が犯人だったと言えば、事件は解決だ。証拠がないなら、自白させればいいだけだしな。おい、今日から、ちゃんと薬物も断て。メンタルがやられていれば、尋問されたとき自白を誘導されちまう。裁判になれば、あやしすぎるお前は負ける。あと、尿検査でも出ないようにしろ!』


「繭がいなくなってからは、してない」


『薬物中毒者の言葉を信じると思うのか?』


「信じろ。私は軽めのジャンキーだ」


『そんな発言も、つつしむように。まともな人間だったときの真似をしろ』


「己を客観視しながら、行動する。ありがとう。じゃあ、またすぐに」


『おう。気をつけて戻ってこい』


 ……戻る。


 そうだ。それは故郷について使ってもいい言葉だということを久しぶりに認識した。ずっと、繭のいるマンションの部屋が戻るべき場所だったのに。おかしな感覚だ。でも、これまでと同じか。


「繭のいる場所に、戻るわけでもある」


 繭を求めていた。


 私たちのあいだに横たわる、死という境界線がどれほど大きなものかも想像つかないうちに。いや。ちょっとちがうか。『繭の居場所』を特定したから、安心しているのかもしれない……。


『自殺するな、そういう意味でもあるからな』


 小説家にすらなれないくせに、それなりには賢いときた。勉強もろくにせずに、医学部入試に受かるようなアタマを持って生まれただけはある。ああ、まったく。才能の無駄遣いだ。もっとマトモな生き方をすれば良かったのに。無理か。私たち双子は、どこかおかしいんだから。たぶん、先天的なものだ。


 きっと。


 最初から壊れてる。




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