第一話 天使と獣 その6/名前は秘密の闇の中


 警察に着くと、VIP対応された。


 下っ端の警官だけじゃなく、刑事みたいなヤツもいた。「あんた誰だ?」と訊くと、「刑事だよ」と言われた。ドラマと同じく、制服じゃなくてスーツだった。私は彼らにミーティング用の広い部屋に通された。取調室じゃない。私は今のところ『お客さん』ってことらしい。


「それで、水原さん。何をしに来たんだ?」


「……繭の捜索の件。SNSで既読がつかなくなった。さすがにおかしい。捨てられるようなことした記憶はないし。あの子に、何かあったのかもしれない。探して欲しいんだ」


「君自身は探したの?」


「近くはね。いつも繭が寄る場所には、行ってる」


「遠くは? 彼女の実家には?」


「繭は東京生まれだ。でも、あの子の実家の住所は知らないし、連絡先も知らない」


「君はずっと東京にいたんだね」


「そうだよ。出かけちゃいない。自宅のマンションにずっといた。仕事場とマンションを往復するだけ。飲みにもいかずに、繭を待ってた。だって。いつ帰ってくるか、わからないだろ」


「そうか」


「……そうかって、何だ? こっちは、恋人が行方不明になってるんだぞ!」


「ああ。悪かった。そう怒鳴るな。その……まずは、落ち着きなさい。こちらの質問にちゃんと答えてくれ」


 深呼吸をした。イライラしても、たしかにしょうがない。刑事もこの場にいてくれるなら、繭の捜索を本気でしてくれるつもりなのかもしれない。まずは、彼らの質問に答えてやるべきなのだろうか。警官に逆らうなんて、ろくでもないヤツのすることだし。


「落ち着いたかな?」


「……ええ。それで、何を聞きたいんだ?」


「この十日間、君が何をしていたにか。それを証明してくれる人がいるかい」


「バーのマスターと店員たち。あとは、マンションとバーとのあいだにあるコンビニには、いつも通ってた。いつもメシはそこで買う。時間帯は、ド深夜」


「正確な時間は?」


「三時とか二時半過ぎ」


「早朝とも呼べる時間帯だね。コンビニの客は少なそうだ。店員も少ない」


「いつも同じ中年男がいる。私のタトゥーをジロジロといやらしい目で見てくる」


「じゃあ。彼は君を覚えていそうだ。バーの同僚たちとはちがって、君の友人でもないなら嘘をつかない。それに、防カメにも映っている」


「でしょうね」


「他にはない?」


「ないよ。さっきも言ったとおり、繭の帰りを待っていたから」


「彼女の『言いつけ』どおりに、『同じパターンで暮らしていた』と」


「……あの子は、嫉妬深いんだ。ちょっと、束縛したがるところがあるっていうか」


「逆らえない相手か。虐待されていた? DVは?」


「私が? プロレスラーだったんだよ、私」


「体力だけで、支配関係は決まらないだろ」


 なるほど。「まるで犬だ」とクズ弟に言われたこともある。土佐犬みたいに狂暴な犬でも、飼い主には従順だ。おそらく、私は犬以上に。だって、与えられた生き方をずっと繰り返していた。繭のために。でも、それは窮屈じゃなくて、私に安心感を与えることだ。媚びたいんだよ、愛しい繭に。


「彼女が主導権をにぎっていたんだね。いつでも、君は彼女の言いなり」


「……言われたとおりに、したいだけ。でも。まあ。たしかに、繭は私のボスだ」


「ずいぶんと、好きなんだね」


「ちがう。もっと、露骨なヤツ。愛してるんだ」


「今も?」


「当たり前だ。それは……捨てられたのかもしれないけど。そうじゃないかも。どこかで事故に遭ってるかもしれない。ほら、アーティストって、放浪癖とか、おかしな場所に入り込むことだってある。取材のために、危ない場所に」


「ヤクザは?」


「だから。そういうトラブルだけは、絶対に避けるって。繭は、そういうのわかってる」


 繰り返し。繰り返し。繰り返し。同じような質問をされる。男女の警官と、男の刑事ひとりから。ああ、マジで。イライラしてくる。深呼吸をする回数が増えた。タバコをすすめられたから、吸う。気が利いているけど、警官たちの眼はするどくて疑り深く見えた。


 どれだけ時間が経ったのだろうか……一時間か、二時間? 灰皿がどんどん埋まっていく。不健全だ。これは、尋問なのだろうか。私は従順にしゃべり過ぎているかもしれない。海外ドラマの犯罪者みたく、弁護士を呼ぶべきなのか……?


「矛盾のない答えばかりだ。ちゃんと一貫性がある。彼女についてはね」


「適当な返事をしているつもりはない。繭を、捜索して欲しいってだけ」


 連中はうなずきながら目配せをし合う。刑事が、私の正面に座った。今度はこいつから質問をされるのだろうか。また、同じような質問を……。


「聞いて欲しいことがあるんだ」


「どうぞ。どんな質問にも、マジメに答えるよ」


「……麻生繭。彼女はそう名乗っていたけれど、あれは本名じゃない」


「そうなんだ」


「知っていた?」


「芸名みたいなもんでしょ。アーティストは、名乗りたい名前をつかう」


「じゃあ。彼女の本名を知っていると?」


「知らない。繭が教えたくないなら、こっちも聞かない。誰にだって、秘密にしたいことぐらいあるでしょ」



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