序章 洗礼その8/ドクター・バタフライ
おかげで。
この教団から距離を取れなかった。やがて連中のために、働くようになった。援助をしてもらえたしな。高校と大学、その学費をぜんぶだ。ワシは賢かったから、使える手駒になると連中は考えていたんだよ。事実、連中に多くの貢献をした。
闇医者まがいのこともしたし、教団に殺された被害者が警察に怪しまれないために遺体を『改造』してやったこともある。教団に殺人事件の捜査が及ばないように、罪をかぶってやったことさえも。
ワシは二度も死んでいることになっている。一度は首吊り。腐乱死体で発見。二度目は車で海中に突っ込んだ。こちらは魚に喰われて白骨化。問題ない。どちらも死ぬ前に、ちゃんと歯科医療を施して、ワシの歯科診療記録と一致するように『改造』していたからね。酸とやすりで虫歯の再現遊びもした。あれは芸術的な作業だよ。
公的記録のなかでは、二度もあの世行き。でも、その度に別人の戸籍をもらえた。教団は悪の組織だし、こちらを利用してくるものの……逆に、利用してもやれる。
変えられちまったワシは、かなりの悪人だったよ。仮面ライダーからは、最も遠い。あの夜が明けて、家に帰る直前だ。『蝶』を、もらった。安心しろ。誰のかはわからんが、大人のサイズだ。聖女は9才の子供に、それを手渡した。朝陽のなかで、角度を選びながら。
「ほら。ここ。ここから見ると、まるで蝶みたいでしょ」
人の頭のまんなかには、その『蝶』が棲んでいる。燃やすと巨大熊からも出るが、あれよりは現実的だ。
頭蓋骨を構成する23個の骨パズル。そのなかの中心。それは『蝶形骨』という。蝶のように魅力的な形状の骨だ。こいつは最高にうつくしい。取り出して拝むには知識と技術がいるがね。あと、ひとりは殺さないといけない。とにかく。死から取り出せる、最高の美だ。死者の頭という繭から孵化する蝶。聖女いわく復活の象徴……。
そいつを。
コレクションするのが、好きなんだよ。彼女も、このワシも。
もらってしまったあの日から、毎晩、指でさわったものだ。プラスチックで固定された本物の骨標本は、子供の好奇心にさわられまくっても耐えてくれる。
どんどん、命が創り出したそのデザインの虜になっていく。「どうしてこんな形に?」。三十路のガンは怖いよ。教えてくれる博学の親父はいない。いや、もしかしたらさわっていたかも。命は不思議だね。ああ、ワシが解剖学者になるのは運命だったのさ。
好き好んで、その道を進む。
おぞましいショッカーどもの一員になることも、もう気にならない。この蝶を、もっと集めたいと思ってしまったらね。他のことは、あまりどうでもよくなる。あのクソババアこと、母親といっしょさ。変えられていたんだよ。ワシもね。
君たちも知っているハズだ。
繭のなかにはさなぎがいる。さなぎのなかで、細胞はドロドロに融け合い、まったくの新しい形に変わっちまう。ワシもああいう目に遭ったのさ。もう、まともなヤツじゃいられなくなっていたよ。外見と中身が不一致の、おそろしい生き物に。外から見れば人の形だが、中身はね、ちょっと違う……『改造人間』さ。
……さあて。
そろそろワシの昔語りは十分だろう。
今のワシは、もう悪さができない。精神科病棟で治療中という名の監禁状態にある。ここでは誰もワシの言葉に耳を貸さない。聞きたくない世の中の闇について、本当のことを告げてしまうからだ。嫌われているんだよ。
国会議員も、知事も、県警本部長も。
言われたくないことがある。このワシの頭のなかには、たくさんあるんだよ。閉じ込められたままでいるべき、罰せられていない罪の群れが、うじゃうじゃと。ワシの狩った『蝶』は、いつでも誰かの敵だった。
どいつともこいつとも、接着剤でぴったりとくっついてる。離れられない『ちょうちょ』さんだよ。大きな羽ばたきは、ひとりじゃできない。仲間がいるんだ。
闇は、恐ろしい。誰の心のなかにも、ちゃんとまんなかに君臨している。いつかどこかで、タイミングさえ合えば。かならず羽化して生まれてくる。どんなヤツだって、悪人に改造されちまうんだよ。そして、どの『蝶』もうつくしく羽ばたくものだ。
だいじょうぶ。
怖がらなくていい。ワシは閉じ込められた古い悪霊さ。この箱を開けてくれるような者はいない。白くて清潔な病棟で、刺激的な事件は黒塗りするか排除された、毒抜き済みの間抜けな新聞でも読みながら時間をつぶすだけの、かわいそうなおじいちゃんさ。こんなワシの日常は、もはやつまらん。
だから。
聞かせてもらうとしよう、間抜けな姉弟よ。疫病去りし現代に、また姿をあらわした魔女についてだ……ああ、魔女とはいっても、女であるとは限らん。男でもないかも。生者ではなく死者が犯人かもしれない。魔女は魔法をつかうし、人の心はだまされやすい。
とにかく。
ヒマつぶしが欲しいんだよ。刺激的な『蝶』の採集を……ああ、外科的な意味じゃなくて、精神的にしたい!
聞かせてくれ。
ワシの提供した思い出は、お前らを救うことになるだろう。してやった分は、こっちにもしてもらわなくちゃな。それが人間同士のまっとうな付き合い方だよ。
この『ドクター・バタフライ』と呼ばれた、『無実ではなく無罪の殺人鬼』に教えてくれたまえ。いったい、何が起きたのか。どうして、ワシなんぞに会うために、やってきたのかを。
たのしく話そう。お茶を出してやりたいところだが、看護師さんの許可がいるからね。おもしろいことにコップで自殺をしたヤツもいるんだ、ここには。世間より、ちょっと不思議な場所なんだよ。ウサギを追いかけるアリスの落っこちた穴のなかの同類だ。
知りたいねえ。
ここじゃない現実のこと。
……弟くんの方は、まあ、だいたい知っているからね。そっちはいい。まずは……姉の方からだ。君のすがたは、とても印象的だね。うつくしいよ。顔周りの整形はともかく、もうひとつの『改造』の方は見事だ。
同病だか、あるいは同類らしく。この聖なる救いの場、精神病院のまんなかで。たっぷりと語り合うとしようじゃないか、『改造人間』諸君! 悪の物語を始めよう!
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