ナンセンスサンタ

@akahara_rin

ナンセンスサンタ

「……あれ?」

「どうしたんだい、トナカイくん」


 声を掛けられて、ふと我に返る。


「いや、何でもないです」


 ふくよかな身体つきをした、白髪白髭のおじさん。

 サンタさんにそう返し、俺は作業を続ける。


 俺の仕事はプレゼントの箱詰めだ。

 世界中の子供達に配るプレゼントを、一つ一つ丁寧に箱に納めていく。

 明らかに人力でやる規模を超えているのだが、仕事なんだから仕方がない。


 そう自分を納得させながら仕事を続けていると、妙なものが目に入った。


「サンタさん、これ……」

「ん、どうしたんだい?」

「いや、今時すごろくなんて頼む子がいるんですか?」


 しかも、特別マス毎のイベントがあるわけでもない古風なやつ。


「あぁ、それはね。お手紙に欲しい物が書いていなかった子の分だね」

「つまり?」

「わたしがセンスで選んだプレゼントだ」

「ちょっとジジイ過ぎますね」

「えっ」


 いくら何でも古臭すぎる。今令和ぞ。


「いやいやいや、トナカイくん。そんな筈ないよ。すごろくは日本では大人気ゲームの筈だ」

「今はボードゲーム自体流行ってないですよ」

「そんなばかな」


 愕然とするサンタさん。

 やはり長生きしていると最近の流行りには追いつけなくなるものなのだろうか。

 だって説によっては四世紀頃から生きてるもんな。サンタさん。


「ボードゲームでも、せめて人生なんちゃらの方が良いんじゃないですか?」

「ふーむ、確かに。子供達に喜ばれないと意味ないからね」

「そうですよ」

「ベーゴマとかが良いかな」

「おー、絶妙に現代に届かない」


 それは昭和だ。

 残念ながら元号二つ分届かない。


「というか、こんなにプレゼントを用意してるんですから、今何が流行ってるかは大体知ってるでしょう?」

「そりゃあ、テレビゲームが流行ってることくらいは知ってるさ。でも、何も頼まなかった子がそれを望んでいるとは限らないだろう? 二つ目があっても困るだろうし」

「それは確かに」

「それに、そういうのはメーカーさんに頼まないと手に入らないから高くつくんだよ」

「外注なんだ。サンタさんのプレゼントって」

「当たり前だろう。わたしは同じものを用意できるけどね。流石にコピー品を作っちゃ駄目だから」

「不法侵入するのにモラルはあるんですね」

「サンタさんのことを犯罪者か何かだと思ってる?」


 しかし確かに。

 特許や商標があるものを無断で使用するわけにはいかない。であれば、すごろくやベーゴマはサンタさん的には楽なのだろう。


「いやでも、がっかりプレゼントが届いた時の悲しみは半端じゃないですよ」

「そうなんだよね。何だかんだ言っても既製品の方が喜ばれるからなぁ……」


 うんうんと唸るサンタさんを置いて、俺はプレゼントの梱包を続ける。

 センスが微妙なプレゼントは一旦横に置いておこう。


「でも、そうだね。全部を既製品にするのは難しいから、ぬいぐるみとかにしようか」

「おー、女の子ならその方が良いですよ」

「こらこらトナカイくん。女の子だからってぬいぐるみが好き、みたいなのは良くないよ」

「思想だけは先進的ですね」

「トナカイくん、わたし一応きみの上司」


 おっといけない。

 ついつい毒が漏れてしまった。


「大体、わたしだっていつまでも昔気分なわけじゃないさ。確かに昔は勝手に子供の部屋に入ってたけどね。最近はもっぱら宅配で……」


 そんなサンタさんの文句を聞いて、ふと。


「俺って、いつからここで働いてるんでしたっけ」


 そんなことを思った。


「……トナカイくん?」

「いつ、いつから……? 昨日は……あれ、何してたんだっけ……」


 意識してみれば、自分の記憶は恐ろしいほどに曖昧だった。

 昨日の記憶どころか自分の名前すらも、輪郭がぼやけたまま出てこない。


「俺は……」

「そうか。なら、きみはここまでだな」

「……サンタさん?」


 寂しげな声色が聞こえたと同時に、俺は強烈な眠気に襲われる。


「おやすみ。トナカイくん。また、クリスマスに会おう」


 ぷつん、と何かが千切れた音がして、俺は意識を失った。




 ◆




「――っていう夢を見たんだよ」

「メルヘン過ぎだろ」


 翌日。

 別に何も思い出せないなんてことはなく、俺はハッキリとあの夢を覚えていた。


「でも、夢にしてはマジでリアルだったんだよ」

「確かに夢のない夢ではあるけどな。プレゼントが外注とか」

「いやそうなんだけど、そっちじゃなくてさ」


 しかし、自分が見た夢の感覚など、他人に理解してもらえる筈もない。

 はいはいと適当に流され、友人は彼女とのデートとやらに出掛けて行った。




 そうして、夢を見てから一ヶ月ばかり。

 十二月二十五日。夢の記憶が朧げになった頃。


「ちわーす。宅配便でーす」


 頼んだ覚えのない宅配が届いた。


「送り主は……」


 外国語だ。読めない。

 しかし、宛名は間違いなく俺になっている。


 もしかしたら、詐欺かもしれない。


 そんな思いはあるが、奇妙な直感がこれは自分宛てだと告げていた。

 小さな小箱を閉じるガムテープを剥がし、俺は中身を取り出す。


 出てきたのは、見覚えのある包装。

 それは間違いなく、あの夢の中で見たそれだ。

 何も言わず、俺は包装を開く。その中身は。


「帽子と、付け髭?」


 真っ赤なナイトキャップと、もじゃもじゃの真っ白な付け髭。それは、あの夢で見たサンタさんのそれと酷似している。


「……コスプレグッズじゃねえか」


 期待通りのような、あるいは期待外れのがっかりのような。

 しかし確かに、が用意したのだろう、ということに納得を覚えるチョイスだ。


 そんな風に苦笑していると、帽子の中から一枚の紙がはらりとこぼれ落ちた。


『メリークリスマス!


 トナカイくん。先日は手伝ってくれてありがとう!

 別の子の助けもあり、無事に梱包は済んだよ。

 同封したプレゼントは、お礼であり、

 良い子のきみへのプレゼントだ。

 大事に使ってくれるとうれしい。


 ps.すごろくとベーゴマはやめておいた。別の子にも指摘を受けたからね。代わりに選んだのは、きみへのプレゼントと同じものだよ』


「ははっ」


 サンタなんて、来なくなって久しい。

 そりゃあそうだ。

 誰だって、いつまでも子供じゃないのだから。


 けれど、もし貴方の元へナンセンスなプレゼントが届いたのなら。

 それはきっと、彼からのお礼だ。

 がっかりしても、形くらいは喜んであげて欲しい。

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