第3話
「おいおい嘘だろ……!」
楽し気なお祭りの雰囲気が一変し、通りに緊張感が駆け抜ける。
メドハギは右手で左肩を触った。
(くっそ、こんな時に限ってマントは無いし!)
魔法のマントがあれば簡単だ。上空に飛んで女性を抱きかかえ、ゆっくりと降下して着陸するだけで済む。元プロ選手のメドハギにかかれば、赤子の手をひねるようなものだ。
だがこんな時に限って自前のマントが無い。
今日のレースは大会側が用意したマントを使用する条件だった為、彼の私物のマントは宿に置きっぱなしになっていた。
「誰か、誰かマント! 飛行用のマントを持っている人はいねぇか!」
道行く人に声をかけるも、彼らは辺りを見回すだけだ。
(警察ならマントは標準装備だけど、そんな時間は……。あのネェちゃん、もう持たねぇぞ!)
高所から落下する人を救出する方法。
メドハギは昔見たアクション映画を思い出した。
子供がビルから転落するのを下にいた人たちが大きな布を張って落下の衝撃を吸収して救うという方法だ。
だが辺りに都合の良い大きな布は無く、彼女はおそらく成人女性の体格だ。衝撃を受けきれる保証はない。唯一浮かんだマシなアイデアは役に立ちそうもなかった。
残された手段は一つだけだ。
「離れろぉっ!」
メドハギの右手には20センチほどの杖が握りこまれている。それを一振りすると、ズバン! と火薬を炸裂させたような轟音が響いた。
「肉体強化、我が身を守れ!」
ビル内の階段を使っていては間に合わない。
魔法で全身を強化した彼自身が飛び上って直接救出する他ない。
爆音と青白い閃光がメドハギを包んだ。
「待ってろ! 今行く!」
街灯に足をかけ、ビル一階のカフェテラスのサンシェードの骨組みに飛び移る。
思い切り腕を伸ばすと、ギリギリのところで屋上から伸びる排水パイプに指がかかる。即座に身体を引き寄せ、駆け足の速さでビルを登り始める。
まるでサーカスの登り棒。猿の如き軽業でメドハギは屋上を目指す。
だが、彼女の限界が近そうだ。
紐を握りこんでいた指が徐々に離れ始めている。
「くっそ、ここから飛ぶしかねぇか!」
メドハギはまだ3階部分で6階に相当する屋上までは距離があった。
メドハギは口に咥えた杖を右手に持ち換え、彼女の方へ先を向ける。
「浮上、杖の示す方向へ!」
唱えた瞬間、体が弾かれ、杖の先が示す上空へ飛び上がった。
(よし、強さは十分。このままあの人を掴んで屋上に着地すれば———は)
瞬間、黒い影が視界を遮った。
(カ、ラス———?)
否、もっと大きい。
両翼を広げたカラスに見えたそれは、
黒いマント。
メドハギの僅か先、上空に女の子が飛んでいた。
太陽を遮った逆光の中、少女の銀色に輝く瞳がサングラス越しのメドハギの瞳と交錯した。
ゴッ‼
骨と骨が衝突する凄絶な音がした。
「あ」
少女の形の良い小さな鼻にメドハギの額が直撃。
少女は溢れ出る鮮血を顔面に被った。
「あぁっ!」
悲鳴混じりの絶叫が下の方から発せられた。
血まみれのカラス少女越しに上空を見ると、力尽きた女性が落下し始めていた。
「クソ! 死ぬよりはマシだ! 許せよネェちゃん!」
メドハギは杖をビルの方へ向けた。
落下する女性の体と杖の先が重なるタイミングで叫ぶ。
「衝撃!」
杖の先が光った直後。
ビル四階の全ての窓ガラスが粉々に砕け散った。
女性は自由落下の方向を変え、見えない力によって室内に叩きこまれる。
ついでにカラス少女も巻き込まれたようで女性の下敷きになった。
窓枠の端に掴まったメドハギは室内の惨状に青ざめる。
「お、おーい……だ、大丈夫だよな~? 飛行用マントは衝撃緩和の術式があるし、生きてるよね~?」
やがて女性の方が先に起き上がった。
「な、なにがどうなって……あ、私生きてる……」
すぐに座り込んでしまったがとりあえず平気なようでメドハギは一応安心した。
数秒後、カラス少女も起き上がった。
よく見ると、彼女の黒いマントの下の衣服に見覚えがあった。
髪と服の間からパラパラとガラス片や建築資材の欠片が落ちる。
こちらはあまり無事ではないようだ。
「……」
無言の少女は顔を上げてメドハギを見据える。鼻から血を流し、顔面の半分が赤く染まっていた。血液に張り付いた長い黒髪と、銀色の珍しい虹彩も相まって軽くホラー風味だ。
メドハギは声を上ずらせながら。
「よ、よぉ! お前も無事みたいだな! 駄目だぜ? 飛行には細心の注意を払わなきゃ。横断歩道を渡るのとはわけが違うんだからな。左右の確認と上下の確認もしなくちゃ! これに懲りたなら今度からはもっと気を付け———ちょ、お嬢ちゃん⁉ 杖を仕舞え! 何で俺に向けるの⁉ そりゃ2パーセントくらいは俺にも非はあるかもしれないけ———」
「衝撃!」
メドハギの体が道路のある真後ろに吹き飛ばされた。
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