第11話 それぞれの渇望
テツこと、風間哲は変わらないカヅキを見て実は羨ましかった。カヅキはカヅキだった。
「僕は誰だ?」
野球を辞めてから目まぐるしく環境が変わる。
小学生以来に会ったヤマは何一つ変わっていなかった。
カヅキも不器用ながら変わらずに頑張っているようだった。
対して僕は…変わった。
中学まで僕の全てだった野球を辞めた。
新しく始めたDJ
中学の友達や高校の野球部の関係から離れて居心地のいい場所を見つけた。
でも変わったから手に入れたものもある。
ナオに出会えたのも自分が変わったから。
僕は高校に入って変わった。
でも変わらない人が今も変わらず羨ましい。
変わらない強さを身につけたい。
今度こそ変わらない強さを身につける。
僕はそれを常に渇望し続ける。
—————
変わったテツを見て桐島和希ことカヅキはテツが羨ましかった。
カヅキにはテツが輝いて見えた。
テツは野球を辞めて自分の道を探している。
あれだけ才能があったのに高校3年間頑張ればプロにもなれる。カヅキはそう感じていた。
テツを始めてみた時、プロになる人はきっとこういう人なんだろうなと思った。
テツが守ればボールが自然とテツのグラブに吸い込まれていく。打てば難しい内角の球でも綺麗に簡単に捌く。誰もが羨む才能だった。
そんな野球の才能を簡単に捨てて新しいチャレンジをしている。自分のやりたい事に素直に正直に自分が表現できるテツがカヅキは羨ましかった。
テツのように自分に正直に生きたい。
カヅキはそう思った。
僕は自分を変えられない。
高校では友達も誰もいない。
自分に正直に変わっていくテツを見て、自分は普通ではないのかもしれないと思い始める。絶望と孤独にカヅキは打ちのめされた。
自分に正直に生きたい。
それをカヅキは渇望した。
———
美園菜穂ことナオは小学生の頃から明るく社交的な女の子だった。その性格もあってナオは男子から人気があった。しかし、それをよく思わない女子からいじめを受けたりした。それがきっかけで中学から男子がいない女子校を選び目立たない事を選んでいた。
もともと社交的で活発なナオには自分を出せない事が辛かった。
ナオは目立つ容姿で街を歩くとすぐにナンパされる。それもナオは嫌だった。
「私のことはほっておいて。」そういつも思っていた。
ある日テツ達はナンパしてみようぜ。という話になった。テツは乗り気になれなかった。知らない人に声をかけるほど怖い事はないし、怖い人の彼女に声をかけて東京湾に沈められる。そんな話も聞いた事がある。
そんなテツを他所目に、ナオに声をかけたのはクリとジュンだった。
坊主姿のテツは後ろに隠れてぎこちない笑顔を見せていた。
額に汗をかきながら必死に喋るテツの姿を見てナオはなんて正直な人なんだろう。初めはそう思った。
そのテツの姿を見て、自分を重ね合わせた。
何度もナンパされるうちに声をかけてくる男が嫌なものにナオの目には映る。そうしてるうちに本来の自分ではなく嫌な女を演じるようになっていた。
テツを見てこの人は必死に頑張ってるんだな。
必死に演じてるんだ。
と思うと自然と警戒心が解けた。
その時ナオはテツに聞いた。
「君は何でナンパをするの?」
少し黙ってから、セリフを思いついたようにテツが
「か、かわいい子を見つけたら声をかけるのは男の責任だろ!」って言った。
ナオは思わず笑ってしまった。
「そっか、君名前は?」
「俺はテツ。君は?」
「私はナオ。よろしくね」
そこからテツ達とナオとの関係が始まった。
ナオはテツと話す時だけ1番好きな自分でいられる。そう感じていた。
テツの不器用さや変わろうと頑張っている姿を見るのが楽しかった。自然とリラックスしていられた。
私にはテツしかいない。いつしかそう思うようになっていった。ナオはそれで人生で初めて自分の気持ちを他人に打ち明けた。「私と付き合ってください。」
心臓が口から飛び出るほど緊張した。
結果はOKだった。ホッとした。これからもテツとなら自然な自分でいられ続ける。
野球を辞めたのは驚いたけどテツの変化を見るのも楽しかった。自分の気持ちに正直にやりたい事を努力するそんなテツと一緒にいるのが幸せだった。
私は今の私から変わりたくない。
自分に正直なテツと一緒にいると私も正直になれる。
変わらない自分をナオは渇望した。
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