第9話
カヅキは夏の大会に向けて練習を続けていた。
僕がチームを勝たせる。そうすれば今の環境を変える事ができる。中学の時の最初の試合での成功体験がカヅキを縛りつけた。
でも周りはカヅキが何のために頑張るのかさっぱりわからなかった。中学の強豪校からたまたま来た4番選手がただ一人頑張っている。自分たちは野球は好きだけどカヅキのようには頑張りたくない。
カヅキはチームとの対話も拒否しているように見えてしまっていた。ただ俺に従えと黙々と練習する姿を見せつけてくる。そう周りに印象付けてしまった事が周りのメンバーと更に溝を深くした。
でもカヅキは別に勝ちたいわけではなかった。チームに居場所を作るために結果を見せる事が必要だと思っていたからだ。
「僕にはこの方法しかないんだ」
中学の頃の練習試合、エースのヒカルから打った一打が僕に居場所を与えてくれた。それを高校でも実現する。そう決意していただけだった。
「みんなに一勝する喜びを味合わせてあげたい。それができれば、高校でも僕は中学と同じように仲間達と楽しく過ごす事ができるはずだ。僕がこのチームを勝たせる。」
夏の県大会の一回戦。
カヅキはチームを勝たせる事ができなかった。
チャンスは1-0で負けている5回裏だった。
カヅキは3番に入っていた。
戦闘打者がヒットで塁に出て、サードゴロの間にセカンドに進む。2アウトで回ってきたのがカヅキ。
その打席カヅキは三振した。
絶対に打つ。ここが変えるチャンスだ。
しかしその気持ちがカヅキを力ませた。簡単に見極められたはずのボール球を振ってしまったのだった。
結局ノーヒットでカヅキはその試合を終えた。
「あんなに練習してもノーヒットとはね」
どこからかそんな声が聞こえてきた。その声に賛同するみんなの目線がカヅキに集まったような気がした。
カヅキは下を向いて一言も喋る事ができなかった。
中学校の時は一打で自分の居場所を作る事ができた。今回はそのチャンスだった。カヅキはそのチャンスを生かす事ができなかった。
「僕の高校生活は終わった」
カヅキはそう思った。
「僕はどうすればいいんだろう」
帰り道もそれをずっと考えていた。
答えは出なかった。高校に入ってから何もかもがうまくいかない。カヅキ自身は変わっていないのに中学のように上手くできていなかった。
自然と涙が溢れてきた。「(僕は一人だ)」
そしてその帰り道。試合の帰り道カヅキは中学時代の同級生の姿を見つけた。テツだった。
「あっ、もしかしてカヅキ?久しぶりじゃん。」
久しぶりに会ったテツは更に変わっていた。
中学と違うファッション、髪型。
しかも隣に可愛い女の子を連れていた。
カヅキにはテツが光って見えた。
テツが羨ましかった。
「…あっテツ。久しぶりだね。もしかして彼女?」
「そうなんだよ。ナオって言うんだ。」
「そうなんだ。はじめましてナオさん。テツは中学生の頃の野球部の連中と会ったりしてるの?」
「いや全然。カヅキは野球続けているみたいだな!俺は最近DJを始めたんだ!今度バトルに出るんだぜ。」
「そうなんだ…。また中学校のみんなで会いたいね。最近みんなどうしてるか知ってる?」
「いや、俺も全然会ってなくてさ。じゃあなカヅキ野球頑張れよ」
離れて行くテツの後ろ姿が変わらないカヅキと変わって行くテツを象徴しているかのように感じた。
中学卒業からそれほど時間は経ってないはずなのにカヅキとテツの差をとてつもなく大きく感じた。
「僕が変わらなきゃいけないのかな」
カヅキはそう思った。
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