第5話 初めての告白
「おい、テツ!そこ汚れてるぞ!もっと気合い入れて掃除しろよ!」
職員室の掃除をしている僕に、教師が声をかけてくる。いや、正確には掃除を“させられている”と言うべきだ。
今月の遅刻回数が5回を超えたせいで、朝7時に来て学校の掃除をする罰が課せられたのだ。このルール、本当にひどいと思う。昭和みたいだ。
掃除を終え、教室に着くと、まだ人はまばらだった。いつもより20分も早い。ジュンもクリもいない静かな教室は、僕にとって少し居心地が悪い空間だった。
鞄からスマホを取り出して音楽を流す。でも、それだけでは時間が潰れず、窓の外をぼんやり眺める。こんなとき、妙に周囲の視線が気になる。
「(今の僕って、みんなにはどう映ってるんだろう…)」
ジュンとクリがいないと、僕は自分を上手く表現できない。二人がいることで成り立つ自分。そんな自分にどこか違和感を感じながらも、それが「いつもの自分」になっている。
やがて、朝礼ギリギリになってジュンとクリが教室にやってくる。
「おっ、テツ!掃除どうだった?」
「おせーよ、お前ら!最悪だったよ。これからは遅刻なんて絶対しない…たぶんな。」
いつものやり取りが始まる。ジュンとクリがいると、やっと僕らしい自分でいられる。
放課後、授業が終わる頃には、僕は心が躍っていた。今日は待ちに待った日。横浜でついにターンテーブルを買う日だ。
「今日も横浜行こうぜ」とクリを誘う。ジュンも乗り気だ。でも今日はいつもの日常とは違う。僕には目的があった。
クリがサーフィン、ジュンがバンドやスケボー。僕も二人に並べる何かが欲しかった。ターンテーブルは、そんな僕の第一歩になる気がしていた。
横浜に着くと、ジョイナスを抜けて楽器屋へ向かう。その店には、僕らの憧れが詰まっていた。ギターやドラム、そしてDJ機器が並ぶ店内。そこには、僕らに音楽の楽しさを教えてくれた「ナベくん」がいる。
横浜に着くと、いつものように、ジョイナスを抜ける。
そして、西口の楽器屋に向かう。まだ横浜に来たてのころ、毎日のようにここに通っていた。
初めはジュンの付き添いだった。
でも、元々ヒップホップが好きだったクリと僕は、そこにあるDJ機器に目を奪われた。
「何?キミ達こういうのに興味あったりするの?いいよ触らせてあげる。」
そこで働いている店員さんに声をかけられた。
「結構、君らくらいの子が最近よく見に来るんだよ。でも結構するからねぇ。なかなか買えないよね。」
僕らは時間が経つのを忘れて、店員さんに教わりながら触り続けた。
「俺、これ欲しいかも。」
その時初めて思った。
そこから、横浜に来るたびにこの楽器屋によるようになった。
その店員さんもプロのDJとして活躍している。店員さんのことをナベくんと僕らは呼んだ。
ナベくんから僕らは音楽のことや、ヒップホップの深さを教えてもらった。
ここの楽器屋で初めてターンテーブルを触って、DJとして活躍している人も結構いるらしい。
「ナベくん!買いに来たよ。準備出来てる?」
「おっテツ来たな。揃えといたぜ。テクニクスのターンテーブル2台とヘッドホン、ミキサー、それと針。とりあえずこれだけあったら大丈夫。あとはこのソフト。」
「でもテツ。ミキサーこれでいいのか?こっちにしといたら、2万円位安くなるよ。つなぎメインだったらこっちの方が使いやすいかもよ。」
「大丈夫。あとで後悔すんのやだから。」
「そうか。あっそうだ、テツレコードないだろ!うちの社長が付けてやれって言ってたから、5枚選んどいた。まずこれで練習しときな。ほぼBPM同じもので選んどいたから、つなぎの練習になると思う。」
「えー!本当に?ナベくんありがとう。」
「お礼言うんだったら社長」
ナベくんがギターコーナーにいる社長を指差す。
「社長ありがとう。」
後ろを向いていた社長は軽くてを挙げてくれた。
「じゃあお届けは明日だから、楽しみにしとけよ。」
明日からの自分が楽しみでしかたがない。
ターンテーブルを買っただけ、だけど大袈裟かもしれないが、自分の人生が変わるようなそんな気がした。自然に笑みがこぼれる。
「さぁこれから、どーする?」
その時クリの携帯が鳴った。
「ハーイ。おっナオ。……うん今横浜。…いるよ。うんジュンも一緒。………テツの買い物に付き合っててね、……そうそうターンテーブル。そうなんだよテツ超ゴキゲン。……えっ決めたの?…うん、うん分かった。……全然いいよ応援してる。じゃあ。うん後で」
「何?ナオ?」
ナオがクリに電話をするのは、珍しかった。
いつもは、僕にかけてくることが多い。
「おう。今から横浜来るってさー。」
ナオと遊ぶのは楽しかった。
ナオ達の他にも、遊びに行くグループはいくつかあったが、僕はナオと遊ぶのが一番好きだった。
ターンテーブルを買った嬉しさが、さらにその気持ちを増幅させる。
ナオは栗色の綺麗な髪の毛をしていて、その髪の毛は僕の顔が映るんじゃないかと思うほど、艶があって、風が吹くと柔らかい匂いがいつも僕の鼻をくすぐった。
急いで西口に戻ると、ナオが独りで待っていた。
「あっテツ。なにターンテーブル買ったんだって。ずっーと欲しがってたもんね。」
ナオと会った瞬間。ナオが言葉を発したその瞬間、胸の当たりが締め付けられ、鼓動が速くなる。
「ナオ今日はどうしたの?」
「んっとね。たまたま今日暇になっちゃって…。」
僕がナオと話しているところからちょっと離れた場所で、ジュンとクリとがコソコソなにやら話している。
話していたクリが、こっちに近づいてきた。
「ごめん、俺サーフィンの友達と、これから遊ぶ約束してたんだわ。」
するとジュンも
「あっ忘れてた。俺もこれからバンドの練習あったんだ」
「えっ…。何?そんなこと言ってなかったじゃん。ジュンなんてギターも持ってないし」
「テツわりぃ。とにかく、俺ら帰んなきゃ行けねぇから、ナオとどっか行っといてよ。」
二人がいなくなると、途端にいつもの自分じゃなくなる気がした。
ナオと二人の空間。いきなり訪れた初めて経験する空間は、僕を戸惑らせた。
「ナオどーする?とりあえずなんか食べる?」
初めて経験する空間は、僕をドキドキさせ、考えながらでないと、言葉を発することもできない。
「ねー。みんな行っちゃったね。そうだね。何か食べようか。」
再び、ジョイナスを抜け西口のマックに向かう。
僕とナオは周りからはどう見られているのだろう?
付き合っていると思われたりして。
僕はこの二人の空間を望んでいた。憧れていた空間だった。
でもマックに向かう間、なぜか言葉を発することができない。
もっと楽しい空間を想像していた。
いつもの自分と、ヤックンとクリと一緒にいる時の自分と今の自分は、明らかに違う。
今の自分をナオはどう思っているのだろう?
そんなことを考えている間に、いつもよりも長く感じるジョイナスを抜ける。マックに着くまで僕は一言もしゃべることができなかった。
マックに着いて一通りの注文を済ますと、次の僕の仕事は、この沈黙を破ることだ。でも、いつもの自分だったらとか考えれば考えるほど言葉が見つからない。
「ナオ、ごめん。なんか俺いつものようにしゃべることができない。」
一言を絞り出すと、自然に言葉が出てきた。
「俺さぁ。なんか分かんないんだけど、学校でもジュンとクリがいるときの自分と、一人でいるときと全然違くて…。ジュンとクリがいないと学校でもこんな感じ。」
ナオは僕のことを優しい顔でみている。
「中学の頃でも、部活の自分とクラスでいる時の自分とが全く違うし、塾行ってた時なんかその2つとも違ったんだ。なんかその環境によって自分が変わる。たまにどれが本当の自分か分からなくなる。」
なんでナオにこんな話をしたのか分からない。言い訳のつもりなのかも…。でも自然に言葉が溢れ出す。
「ジュンやクリといるときの自分は結構好きで、あいつらといると、面白い話もいっぱい頭に浮かんでくるし、ナオだって笑わせることができる。でもなんか今は無理。普通の話もできない。」
「テツ。私もおんなじだよ。私もうまくテツとしゃべれない。いつもだったら、ずっーと笑ってられるのにね。」
「でもジュンやクリといるときのテツと今のテツは、私には同じテツに見えるよ。」
「でもなんか分かんないんだけど、部活の時と学校でいる時と変わらないヤツっているじゃん。俺そういうヤツが羨ましくって…。」
「テツきっとそれは外から見てるからだよ。それは色んな姿の、その人を見て理解しているから変わらなく見えるだけだと思う。
それに自分のことは、自分が一番よく知っているから、自分の変化に自分が一番最初に気づくんだと思う。他人をそこまで理解するのは難しいよきっと。だから他人はいつも変わらなく映るんじゃないかな。」
ナオの言葉で僕の中の世界が広がる。
「でも、良かった。テツって自分をあんまり出さないっていうか…。なんか初めて、テツの本音を聞いた。野球を辞めたときも理由言ってくれなかったじゃん。」
野球を辞めた理由。
辞めた時は理由なんかないと思っていた。
でも、自分をさらけ出して気付いた。
「野球を辞めた理由か…。その時はただ『なんとなく』だと思っていたんだけど…。でもたぶん、環境によって自分を変えるのに疲れたんだ。常に変わらない自分でいたかったんだ。
野球を辞めたら、ヤックンやクリといるときの自分で常にいられると思ったんだきっと…。」
ナオが僕の殻をバリバリ破る。
「でも、環境が変わってもテツはテツだからね。また環境が変わったらテツ、悩んじゃうよきっと。」
笑顔で少し、小馬鹿にした感じ…。でも逆にそれが僕を癒してくれる。
「今日ね、実はヤックンとクリに頼んでテツと二人きりにしてもらったんだ。テツの悩み相談の為じゃないよ。」
いつの間にか、いつもの僕らに戻っていた。
「前からヤックンには相談してたんだけど、私、テツと付き合って欲しいと思って…。」
突然だった。
頭の中が整理される前に、ナオの言葉が続く。
「あのね。私今まで、誰かと付き合ったことって、実はないんだ。こう見えても。」
「えっそうなの?でもナオってカワイイから、今まで告られたこともあるでしょ?」
「うん…。なんかね。今までなんか逃げてたんだ。それで自分が好きだった人との、チャンスも逃してた。だから、今回はね、自分から言おうと…。なんか、テツって優柔不断ぽいし…。でもこれで断られたら、超ショック。立ち直れないかも。」
「私はそのままのテツの事が好き。君がどんなに変わろうとしても私はキミを見てる。変わらないよ。」
「俺もナオのことが好き。実は前からナオがいると胸が締め付けられるくらい痛くて。今日もクリに電話した時は嫉妬した。ごめん。優柔不断で…。」
「ホントだよ。全く。」
これからナオと過ごす時間が数少ない自分が自分でいられる時間になっていく。そう思えた。
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