第4話 中学の頃

中学一年の頃、僕の身長はクラスで前から数えたほうが早いくらいだった。三年生はまるで大人のように見えたし、二年後に自分がそうなるなんて想像もできなかった。


体も心も、まだ成長途中。僕は小学生の延長線上にいるような感覚で、制服を着ているだけで「中学生」らしいところなんて足の速さと野球くらいしかなかった。


それに比べて、周りの同級生たちは早くも異性を意識し始めていた。でも僕は、それを避けるように「子供」を装っていた。自信がなかったんだ。女の子と話すときも、無邪気さを演じて「かわいい」と言われることでしか、関わりを持てなかった。自分で子供を演じておきながら、「子供」としてしか見られないことが我慢できない。そんな矛盾に気づいても、どうすることもできなかった。


野球部では、僕のようにリトルリーグ経験者が多かったが、中には中学から野球を始めたメンバーもいた。30人もの同級生がいる中で自然とグループができる。リトルリーグ出身のエリート集団、馴染めない者たち、そして初心者の集団。


その中に、背が高くて目立つ存在なのに、人見知りでいつも小さなグループでいるカヅキがいた。彼はすでに173センチもあったけれど、自分の居場所を探しているように見えた。


僕は自然とエリート集団に馴染んだ。野球が得意だったし、そこでならリーダーシップも発揮できた。でも、学校生活では騒ぎ回る「子供」を演じる僕がいた。どちらが本当の自分なのか、僕にはわからなかった。ただ一つわかっていたのは、どちらの自分にも違和感があったということだ。


日曜日の午後、僕ら一年生だけの紅白戦があった。三年生が引退し、新しいチーム作りのための試合だ。リトルリーグ出身の僕らは、エースのヒカルと別のチームに分けられ、僕はカヅキと同じチームになった。


ヒカルは小学校の頃からのライバルで、彼の存在はいつも僕にプレッシャーを与えてきた。ヒカルはどんな場所でも変わらない強さを持っていた。チームでも学校でも、彼は常に同じでいられる。僕が本当になりたかった姿だった。


試合はヒカルの圧倒的なピッチングで進み、3回を終えて0-3で負けていた。僕が放ったポテンヒット一本だけが唯一のヒットだった。


7回、試合終盤。僕はヒカルの球をセンター前に弾き返し、一塁から二塁への盗塁も決めた。ノーアウト二塁のチャンス。しかしその後、ヒカルは簡単に二つのアウトを取り、迎えたのはカヅキの打席。


「期待できないな…」


ベンチの空気がそんなムードだった。カヅキもこれまでほとんど凡退ばかりだったからだ。


でも、その時だった。2ストライクからの5球目、カヅキのバットが放った打球はライトの頭を大きく越えた。校庭のフェンスのないエリアで、ボールはどこまでも転がっていく。カヅキの一打で1点を返し、チームは湧き立った。


その後、僕らは逆転勝ちを収めたが、あの日の試合は僕にとっても、カヅキにとっても忘れられないものとなった。


カヅキは、あの一打で自らの居場所を作り上げたのだ。たった一度のヒットが彼の立場を、そして僕たちとの関係を変えた。カヅキが「仲間」として迎えられた瞬間だった。


試合が終わり、帰り道のコンビニで僕らは紅白戦の話で盛り上がった。話題の中心はもちろん、カヅキだった。


「カヅキ、本当にすごかったよな。あの打球、普通の球場ならフェンス直撃だっただろ!」


「いや、たまたまだよ。ヒカルの球の勢いで飛んだだけだよ。」


「それでもあんな打球、そうそう打てないよ!」


カヅキは控えめに笑っていたが、少し誇らしげにも見えた。そしてふと、こんなことを口にした。


「俺さ、小学校の時から本当は野球がやりたかったんだ。でも…いろいろあってできなくて。だから、中学では辞めたくないんだ。」


その言葉に、僕はカヅキの気持ちが少しわかるような気がした。やりたいけど、できない。自分を表現したいけど、できない。その葛藤は、僕も同じだった。


ただ一つ違うのは、カヅキは自分の気持ちを素直に表現できること。僕は彼のように「自分」を貫けない。僕は周囲に合わせて自分を変えることで、居場所を確保してきたからだ。


カヅキの打球があの瞬間、彼自身の環境を変えたように、僕にも何か「きっかけ」が必要だった。でも、それを見つける勇気が僕にはなかった。


コンビニで笑い合う仲間たちの中にいながらも、僕はどこかで孤独を感じていた。この場にいる自分が本当の自分ではない気がしてならなかった。

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